第11話 結婚
私がその家に連れて来られて、2週間後くらい経った頃、水島さんがやって来た。見慣れた顔に安堵する。彼は私の部屋に置いてあった物をすべて持って来てくれたのだ。もともと散らかった部屋にさらに物が置かれて足の踏み場もない。
しかし、嬉しかったのは、富山時代から大切にしていた、オランウータンのぬいぐるみがあったことだ。私は思わず抱きしめた。
「部屋解約して、会社にも急病で辞めるって伝えておいたから」
水島さんが待田に話していた。
「いろいろ、ありがとうございます」
私はお礼を言った。今ではその人が素敵に見える。待田は最悪だ。だらしなくて、不潔で、暴力を振るう。最近は水島さんの存在が私の唯一の救いになっていた。
私は水島さんに小声でこっそり言った。
「お願いします。助けてください」
「無理」
彼は冷たく言った。
「俺、もう来ないから。元気でな」
「お願いします。行かないで」
「俺は金で雇われてるから、これっきりになると思う。いいじゃん、これからは家もあるし、働かなくていいし」
「水島さん、好き。お願いです。なんでもします」
「ハハ・・・ブスな面して」
水島さんは、私を軽蔑したような目で見つめた。私はもう何を言われても傷つかない。もう、今の状況で何を言われても響かない。肉体的な暴力に比べたら、言葉で何を言われても、痛くもかゆくもないのだ。
そして、水島さんは去って行った。もう戻ってこない気がした。
私はまた無になった。
何も考えないようにする。
いつの間にか、勝手に婚姻届けを出されていた。
私の保険証の名前も違っていて、待田のりえになっている。
今妊娠しているけど、病院に連れて行ってもらえないから、自宅で出産する予定だ。何かあったらどうしようと考えると怖い。もう、おなかが大きくなっていて、赤ちゃんが動いているのがわかる。誰も望まない妊娠と出産。生まれてきた子どもを愛するのは無理だ。
私はそのうち、解離性同一性障害というのになってしまった。
私は富山から出て来て何をしてたんだろうか。派遣で働いてたのは現実なのかと悩む。
同じマンションに水島さんという人が本当にいたのかもわからない。もしかしたら、私はずっとこの家にいたのかもしれない。婚活でいろいろな男性と出会って、ホテルに行ったのも現実ではないのかもしれない。最初から待田にしか会っていない気がしてくる。
私は今日は独身の派遣OLだ。
35歳。
今日も、婚活サイトでサラリーマンの人に自分から申し込みをする。
「仕事と会社の往復の生活で、なかなか出会いがありません。趣味は読書です。もしよかったらお返事ください」
正直言って、暴力を振るわない人なら誰でもいい。
婚活 連喜 @toushikibu
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