第4話 自筆のエピローグ
思いついた手はある。ひとつしか思いつかないけど。
あたしは颯太くんを除いたあづまやの四人に顔を寄せた。
「己子ちゃんは本当に颯太くんのことを好きなの?」
「間違いないよ。絶対」
「なんで絶対?」
「なんでって、そんなの二人を見てればわかるよ。それに颯太がプレゼントした万年筆をいつも持ってる」
なるほど。でもそれで絶対ってのはちと弱いかもしれないな。
…万年筆か。
『世界はひとつだけだよ。見えない壁なんてありやしない。見えないならそんなものは無いんだ』
その万年筆で彼女はこのセリフを書いた。ならば、
――よし。
お節介、発動!
「『見えない壁』を読んでない人、手を挙げて」
きょとんとした顔を見合わせつつ、ひとりの女の子が手を挙げた。
「奈々ちゃん、だったよね。奈々ちゃんは読んでない?」
「アニメは見たけど本は読んでないです」
「よろしい。ではこれから病室に戻って己子ちゃんから『見えぬ壁』を貸してもらってきて。みんなと話してたら急に読みたくなっちゃってーとか言って。もしかしたら己子ちゃんは渋るかもしれないけど、そこはちょっと強引にでも貸してもらって。貸してもらえるか否かがこの作戦の肝だから。重要任務よ」
「だったらあたしも一緒に行きます」
美鈴ちゃんが決死の面持ちで名乗りを上げた。
「ダーメ。複数で行くと貸してくれないかもしれない。奈々ちゃん、あなた己子ちゃんの親友よね?」
「はい。あたしはそう思ってます」
「よし。任せた。行っといで」
「はい!」
なんだこれ?みんなそんな顔をしてる。あたしだって伸るか反るか、そんな気持ちだよ。
* * *
奈々ちゃんは約束を前提に己子ちゃんから本を借りてきた。
他の人には見せないこと。
それが己子ちゃんとの約束だ。
「奈々ちゃん、ごめん。約束は破るよ」
奈々ちゃんから本を受け取るとあたしはそう言った。
「え?」
四人の顔が固まる。
「大丈夫。あたしが独断でやることだから怒られるのはあたし。心配しないで」
「いや、でも」
「颯太くん」
あたしはあづまやを離れ、ベンチに佇む颯太くんに話しかけた。
「颯太くん、キミ、『見えない壁』ってもう読んだ?」
「はい? ええ、読みましたけど?」
「そう、なら話が早いわ。これ、読んで」
「え、えーとだからもう読みましたけど」
「これは己子ちゃんの『見えない壁』」
「己子の?」
「そう。裏表紙の内側にある『終章』をキミに読んで欲しいの」
「終章…?」
颯太くんは裏表紙を開くと、そこに手書きの文章が綴られているのに気付いたようだ。あたしは不安そうにしている四人の元に戻り颯太くんを見守った。
己子ちゃんの書いた『終章』を読んで颯太くん、キミはどう思う。
あたしはキミの気持ち次第だと思う。
キミの心の中にある壁を壊すのも、
己子ちゃんの心の中にある壁を溶かしてあげられるのも。
颯太くんが立ち上がり、あたしの前まで来て立ち止まった。
「読んだ?」
「はい」
「じゃあ、あたしが返しに行こうか、その本」
「いえ、オレが行きます」
颯太くんはキッパリそう言うと頬を緩め、はにかんだ。
「よし、行ってこい!」
この公園から病室までが約3分。
5分後にはきっと、二人の想いは通じ合ってるはずだ。
(了)
※2020年『5分で読書・想いが通じる5分前』のレギュレーションで書いた物語を、一部改稿して再掲載させていただきました。
自筆のエピローグ 乃々沢亮 @ettsugu361
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