第4章

第28話 思い出せば思い出すほど

 夏休みも終わって、僕らの二学期は騒々しく始まった。

 最初は「まぁ言いふらすようなことでもないし、訊かれなかったら言わない方針で」ってことだったのに、僕ら――ぷらちな組が付き合いだしたことは登校直後に速攻でバレた。原因はと言われれば、まぁ間違いなく僕だろう。気が抜けていたというべきなのか、あるいはそれが当たり前になりすぎていて、当然の帰結だったと言うべきだったのかもしれない。

 ともあれ、僕が一学期ぶりに自分のクラスに入り、僕たちが各々の席につき、カバンの中身を机に入れてカバンをしまい、さていつものようにおしゃべりを――というところで、僕の口が洩らしたうっかりとは……。


「かなちゃん、見て見て。これ昨日撮ったやつ。すごくない?」

「これシロの作った茄子やつ? え、すご。でっか。これどうやって食べんの?」


 いや……みんな耳聡いというか、察しがよいというのか。僕とかなちゃんがあれ以来お互いに呼び方が変わっていたことをすっかり失念していたけれど、クラスメイトの誰もがそれを聞き逃してはくれなかった。君らゴシップ記者とかストーカーとかになったら一番厄介なタイプでしょ。

 僕らの不注意は一度すっと棚に上げて心の中で舌打ちをひとつ吐くと、まるで濁流のような質問責めに遭った。さてはこの濁流の中の男子生徒の何割かはかなちゃんにワンチャン感じてたな? かなちゃん見た目がギャルだからアレだけど、そもそも根明で誰にでも対等に接してくれるから言っちゃ悪いけど男子的には初恋テロなんだよね。僕も若干それを警戒してギリギリまで自覚できなかったとこあるし。まぁ? だからといって? かなちゃんが他の誰に好かれてたとしても? 渡す気は微塵もないんですけどね!

 とはいえ、救いといえばこのクラスに限らずこの学校の生徒数が少なかったことか。これが普通の学校なら、もっと大量の人間におしくらまんじゅうされてたわけだから。

 最初はほとんどが僕の方に来ていたけれど、途中から緑郎君と美桜さんの誘導で女子はかなちゃんの方に行ったし、男子も周りのテンションに同調してただけで本気で興味あるタイプの子以外はさっさと各々の用事に戻っていったから、最終的にはだいぶ楽になった。それでも朝のホームルーム直前までかかったけど。


 で、ぷらちな桜餅(あるいは春夏秋冬組)はぷらちな組と桜餅組に――という僕らの危惧は、予想よりもはるかにあっさりと「いや別に相変わらずぷらちな桜餅だろ」という緑郎くんの一言に簡潔にまとめられたような気がする。なぜなら、僕らはともかく桜餅はけっこう前から付き合っていたことがわかってしまったし、むしろ二人からすれば「あいつらいつになればくっつくんだ」みたいになっていたらしくて、特に美桜さんからは「つくも君があたしの恋路を応援してた時は本当に頭が痛かったからね? 自分の恋心も自覚してないやつが何言ってんだ、って感じだったから」みたいなことを言われた。いや……それについては本当に申し訳なかった……。


「――なので、この文章における「夕方の寂しさは秋の様子のごとく」は「AはBのようだ」という表現なので直喩というわけですね。では、その後の「夕日の零す水たまりが揺らぐ」は直喩・隠喩のどちらか。それが何を示すのかを……真城くんに問いてもらいましょう」

「はい。えっと……文の前後に「~のような」みたいに比較するものがないので、少なくとも直喩ではないです。なので……夕日の零す、水たまり、揺らぐ、がなんらかの喩えとなっているので、たぶん陽炎かな。……うん、陽炎のことを喩えた隠喩だと思います」

「よろしい。いい分析です。真城くんの言う通り、これは夕日によってできた陽炎を水たまりに喩えた隠喩ということですね。陽炎というのは暑い日に遠くの道路を見ると水たまりみたいに揺らいでいるように見えるアレのことですね。喩えというものは総じて読み手の「察する力」を要求しますから、今の文章が陽炎を指していることに気付けた人は、文章から書き手の想いや主張を読み取り、察する力に優れている、ということですね。そうした力は日常生活でもメールやチャット、手紙や資料作成といった場面で活かされる力なので、今のうちに磨いておいて損はありませんよ」


 ――と、国語の授業で担当の先生は言ってくれたけれど。


「シロに察する力があるならアタシの恋心にもっと早く気付いてくれたと思うんですけどー!」

「文章限定! 文章限定なのでセーフ!」

「いや、グループチャットでけっこうガッツリ好き好きオーラ出してたでしょこの子」

「あれ第三者として見てる側からするとかなりウザい上にキツかったよな」

 

 うっちゃい! と言って美桜さんにデコピン、緑郎くんにローキックをするかなちゃんだけど、僕はそれを止めることよりも「え、この子そんなにわかりやすい感じだったの!?」って感想が大きすぎて何もできなかった。嘘でしょ……と思ってスマホで付き合う前のチャットのやりとりを確認したら……。


『シロちんが! 麦わら帽子!! 被せてくれた!!!!』

『麦わらシロちん見てると白ワンピ着せたい欲望に駆られる』

『ロック! シロちん女装させよう!!』

『ごめんなさいもうしません。……嘘ですまだちょっとワンチャンないか考えてます』

 

 いやこの文章から察するの無理じゃない? ここから察せられるのはかなちゃんが僕に女装させて麦わら白ワンピース着せようとしてる変質者に片足つっこんでることだけだよね?

 そしてどうして緑郎くんまで僕の女装計画に巻き込まれてるの。なんで美桜さんじゃないの。……いや美桜さんにこれ言ったらバチバチに怒られるの簡単に予想つくしなぁ。

 ちなみに僕は夜中にこの会議が行われてたのを翌朝ログを遡って見たけど、その日の午前中は金萌さんのことを「古鐘さん」呼びして溜飲を下げたよ。


『急募:シロちんの好きなお弁当のおかず』

『前もって言うけど「メインディッシュはあ・た・し」は恥ずかしいから却下』

 

 これ二人でピクニックいった時のやつだ。もちろん直後に二人から「バカじゃねーの」「恥ずかしい以前に候補に入れた時点でバカ」とめためたにツッコミを入れられてた。僕は昼寝中だったので起きて早々ログを確認して「バカじゃないの?」と打ちかけて心のチャットに留めた。僕えらい。えらいけど次のバレンタインでこれの再来が起きないかと心配でたまらない。

 まぁかなちゃんって料理もお菓子作りも上手だし、食べ物で遊ぶようなタイプじゃないから大丈夫だとは思うんだけど、一応ね?


『さっきシロちんからキーホルダーもらったんだけど、これって丸いとこを薬指に嵌めて「結婚してください」的な意味だったりする!?』

『オレももらったから安心しろ』

『ウチももらった。紅葉さんと一緒に温泉街行ったんだって』

『紅葉さんとお風呂入ったの!?』

『金萌さんは僕のことをなんだと思ってるの?』


 これはあれだ、紅葉さんとツーリングついでに温泉行った帰りに買ったのをあげた時のやつだ。かなちゃんの中の僕かなりろくでもないな。

 当然だけどしばらく「古鐘さん」呼びした。なんならこの時が最長だった。


「……いや、言うほど好き好きオーラ出てなくない?」

「あのねつくも君。普通の女子は好きでもない相手の女装目的で自分の服を貸そうとしたりしないし、お弁当のメインディッシュ候補を自分にしないし、お土産をもらってキーホルダーの丸いとこが結婚指輪だと勘違いしたりしないから」

「いやそれ好き云々の前にかなちゃんがバカなだけじゃ……」

「……どうしよう、言い返しづらくなったわ」

「そこまで言ったんなら論破するまで言い返して! あとシロは後でおせっきょーだからね!」


 ちなみにこの会話の後、放課後になるまで僕はお説教がいつ始まるか待ってたけど、結局かなちゃんは全然思い出す様子もなく授業が終わって放課後になって一緒に帰路について別々の道になって帰宅して宿題やってお風呂入って夜のグループ通話の終盤でやっと思い出して「なんかもういいや」ってなったらしい。そんなんだからみんなからバカバカ言われながら可愛がられるんだよ。……まぁ、かなちゃんバカではあるけど頭が悪いわけじゃないからいっか。将来的にも特に困らないでしょ。なんだかんだああいう愛されキャラのままで行くと思う。

 そこまで考えて、もしかして学生時代の橙花さんがこういう感じだったのかなと思い、翌日ちょっと早く起きてごはんを食べながら紅葉さんに聞いたら、「まぁだいたいそんな感じだったね」と言われた。ちなみにどこらへんが「だいたい」かというと、少なくとも橙花さんはどの教科でも平均80点以上はとってたくらいに頭がよかったらしい。道理で……。

 ついでに聞いたら紅葉さんが平均90点台後半で、紫織さんは調子が悪くなかったら常に100点だったらしい。もしかして橙花さんがああいうキャラになった原因の一端はこの二人なんじゃ……?

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