第27話 足りなかった「1」を埋めるもの
『……で、相談って?』
電話口で明らかに「めんどくさい」という雰囲気を隠しもせず受け答えしてくれる彼――緑郎君に対して、僕は初めて有難さのあまり頭突きをしてやりたくなったけど、受話器に向かって何をしても自分が痛い(二重の意味)だけなのは判り切っているので、素直に彼の質問に答え始めた。
といっても、さほど深刻な悩みというわけじゃない。夏休みも既に後半。あと一週間と少しで二学期も始まるという頃合い。普段のノリがちょっとアレだけど、ぷらちな桜餅(クラスメイト曰く春夏秋冬組)の四人は全員揃って真面目な方だから、終わってない課題はもうほとんど残ってないだろう。特に美桜さんは前半で終わらせられるものはちゃっちゃと片付けるタイプらしいし、緑郎くんと僕は毎日のペース配分をきちんと決めているタイプ、金萌さんは遊ぶ日と勉強する日を決めてメリハリをつけながらこなすタイプと、やり方に違いはあれど最終日に慌てるタイプではないことは共通している。だから、少なくともそういう「相談」ではない。
僕の相談というのは――、
『……アホくさ。電話切っていい?』
「なんでさ! 僕ちゃんと真面目に相談してるのに!」
『五日くらい金萌と喋ってないくらいで「嫌われてないか不安」はもうストーカーかメンヘラ女子だろ!』
「男子だよ! あと別にストーカーでもメンヘラでもないよ!! 今までほぼ毎日おしゃべりしてたのにピタっと止まったから不安なだけだよ!」
『ストーカーでもメンヘラでもねぇやつは付き合ってもない女と数日喋らねぇだけで不安にならねーんだよ!』
「じゃあ緑郎くんは美桜さんが同じことしても大丈夫なの!?」
『オレらは付き合ってるからセーフなんだよ!』
「そんな理屈が……ん? えっ、ちょっと待って?」
『あっやべ……』
「ぷらちな桜餅のグループ通話に移動しよっか」
という経緯で、金萌さんと美桜さんにも声をかけて久方ぶりのぷらちな桜餅オンライン全員集合。授業がある時と違って、夏休みにみんなで集まるとなると、普通に誰かしらの家でやるからオンラインで集まるというのは一学期最終日ぶりとなる。……けれど、そんな「これ久しぶりだね」みたいな会話もそこそこに、僕は今回の議題を早々に切り出す。
「美桜さん、緑郎くんといつから付き合ってたの?」
『緑郎、後で覚えときなさいよ……』
『いや、マジで悪かったって……』
僕のそんな一言から全てを察した様子の美桜さんは、速攻で緑郎くんを威圧していた。その反応を見て、僕としては「ああ、マジなんだ」という感想だったわけだけど、ここで意外な反応をしていたのは金萌さんだった。いや、厳密に言うと意外な反応はしていない。というか、これといった反応自体をしていないことが、僕にとっては意外だったわけだ。こういう話題には一番食いつきそうなのに。
「金萌さん、驚かないね」
『え? あー、まぁ知ってたし。あれっしょ、今年の春になんかミオちんがけっこー張り切ってロックににぢり寄ってた時あったじゃん。あれじゃね?』
『なんで知っ……いや知ってたのは仕方ないにしてもなんで言うかな!? あとにじり寄るって言い方やめて!』
『いや、アタシからしたらなんであれで隠してた気になってたのってくらいわかりやすかったし、普段あんなに察しのいいシロちんがなんでわかんないのかなって思ってたよ』
ぅゎ金萌さんっょぃ。
え、そんなに誰から見てもわかる感じだったの? と訊ねると、金萌さんは「少なくともクラスの大半は知ってる」と答えてくれた。大半……!? え、じゃあ僕はこの二人のマブなダチだと思ってたけど、この二人の恋愛的なアレコレに関する理解度はクラスの大半未満ってこと? 嘘でしょ? 泣くよ?
いや、そもそも二人とも友達が多い方だし、クラスメイトを下に見てるわけじゃないんだよ? でもさ、こう……大好きな友達との友情に関しては個人的に負けたくない気持ちってあるじゃん? 実際に二人が僕のことをどう思ってくれてるかはわからないけれど、少なくともこうして「ぷらちな桜餅」グループを作るくらいには特別大事な友達として扱ってくれてると僕は思ってるよ。なのに……なんで僕ぜんぜん気付かなかったんだろ……。
『いやまぁこいつ恋愛ヘタクソっつーか、自分の恋心も自覚してないタイプだしなぁ』
「自覚してないんじゃなくて初恋がまだ来てないだけですー」
『そうよ緑郎。つくも君だって自覚くらいあるわよ。わかるわよ、人に知られるのって恥ずかしいわよね』
『えっ!? シロちん好きな子いるの!?』
え、いないけど? いや友達としての好きな相手ならいっぱいいるというか、このグループで集まるのは凄く楽しいから君ら3人のことはめちゃくちゃ好きだけど、そういう話じゃないじゃん今は。恋愛って意味なら別にそういう相手は……いない、はず。……いないよね? たぶんいない。なんかみんながあんまり言うから不安になってきたな。
『お前さっき俺になんて言ってきたかここで言ってみろ』
「えー、本人いるしそれは恥ずくない? 」
『本人……? え、ミオちんさすがにモテすぎでは?』
『この流れでウチだったらシロくんの心臓エグいことになるわよ』
いや、別に恋愛とかじゃないし告白とかでもないからいいんだけどね。いや、まぁ悩みを「打ち明ける」という意味なら告白には違いないけど。
僕は「さっき緑郎くんにも話したんだけど」と前置きして、もう一度さっきの話を、今度は本人もいる前で話し始めた。
「夏休み入ってから四人で出かける頻度も一時期より戻ってきたのは嬉しいんだけどさ、その「一時期」が僕と金萌さん、緑郎くんと美桜さんで分かれてたでしょ? だからその時期はとにかく金萌さんに頼り切りだったっていうか、金萌さんだけがってわけじゃないけど、家族とか抜いたら一番そういう心の支えにしてたのは金萌さんだったんだよね」
『うんうん』
『はいはい』
『ちょっと待って、雲行きが怪しい』
雲行きどころか昨日からずっと雨だよ。ていうかそうじゃなかったらオンラインでなんて言わないよ。
「で、まぁ夏休み入ってからも四人で遊べない時とかは僕と金萌さん二人で遊んだりしてたし、なんならけっこう前から夜はお風呂あがったら一時間くらいおしゃべりして「おやすみー」って感じだったのに、今週もう金曜日なのにまだ一度もやってないし、もしかして金萌さんに嫌われるような話とかしちゃったかなって思って……「寂しいなぁ」「会いたいなぁ」って思ってたまーに眠れない時があるんだよね、ってだけの話から恋愛とかは関係なくない?」
『ガチ恋なんだよなぁ』
『これで恋愛関係ないは無理があるでしょ』
またまたー、さっき自分たちがちょっと揶揄われたからって、このくらいで僕を金萌さんに片思いしてる身の丈ドントノウボーイだと思われるのは遺憾の意。
「いやいや、仮に僕がそうだとしても金萌さんみたいな可愛くて気配りができて誰かが泣いてたら自分まで泣いちゃうくらい他人の気持ちに共感できて歩幅の合わないような子にもしっかり合わせながらニコニコ笑ってくれて誰に対しても分け隔てなく優しくしてあげられるような太陽みたいな素敵な子に照らされてばっかりで照らし返してもあげられない月みたいな僕がそんな気持ち寄せてたら迷惑がられるだけでしょ」
『「仮に」のあたりから一呼吸で全部言いやがった……』
『大丈夫? これ言われてその太陽ほかの子を照らせそう?』
『マヂ無理……こんなん月しか照らせなくなる……』
またー、金萌さんったらすぐそうやって謙遜するー。
とはいえ、ついつい早口になってしまったのはちょっと気持ち悪かったかもしれない。ちゃんと誠意ある対応をしなきゃ。
「大丈夫だよ金萌さん。金萌さんの温かさはいつだって周りのみんなのことをちゃんと照らしてるし、僕のことなんて全然そういう意識しなくたって、僕が君のことを大好きな気持ちは一切まったく変わったりは……え?」
『……やっとかぁ』
『このタイミングで?』
『ごめんもう頭バグりすぎてなんもわかんない』
え? ……え。……えっ?
「……僕、今なんて?」
『唐突に記憶を失うな』
『なかったことにするな』
本当に勢いのままに滑り落ちていくかのごとく、その言葉はするりと言葉となって声に出た。
いやごめん、ちょっと待って。いやもう本当に色々待って。いやいやそんなわけなくない? だって金萌さんは僕のクラスメイトで、いつも席が近くで、大事な友達で、ぷらちな桜餅のぷらちな組で、それで……それで……。
『シロちん……それ、本気でゆってる?』
「え……あっ……いや、その……これは……」
嘘でしょ。これが「自覚」? 単なる「勘違い」とかじゃなく? これが……緑郎くんたちが言ってたこと?
いやいや。いやいやいや。さすがにない。ないないない。それはない、ありえない、絶対ない、100%ない。
だって金萌さんは本当に素敵な人で、笑ってる顔が優しくて、怒ってる顔も可愛くて、泣いてる顔には胸が締め付けられて……いつも、僕の隣でニコニコしてくれて……そんな子が、僕のこんな想いに応えてくれるはずがないし、そうしてもらえるような理由もない。僕はいつでも金萌さんから色んなものをもらってばかりで、仮にこれが「そういう気持ち」なんだとしたら、これは彼女にあげられるものじゃなくて、彼女からもらったものなんだ。
「僕、は……金萌さんとは……」
『シロちん』
さっきまでの迷いや戸惑いのある声じゃなくて、いつもの優しさの中に、研ぎ澄まされた芯を込めたような声で、彼女は僕を呼ぶ。
『アタシは、シロちんの本音だけを聞きたい。他の言葉は、なんもいらないから。綺麗な言葉じゃなくていいから、シロちんの「ホント」をアタシにちょーだい』
「…………」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
こんなハズじゃなかった。最初にどこで間違ったんだ。最初は桜餅の二人がどうのこうのって……いや、それ以前にただ僕が金萌さんと――。
ふと、そこで思考が止まった。そして、僕の口はそれをまたも声を零す。それを零したら、もう戻れないと知っていたのに。
「金萌さんじゃないと埋まらない溝があるんだ」
『うん……』
「金萌さんが一緒じゃないと不安だ」
『うん……』
「金萌さんが一緒じゃないと寂しい」
『うん……』
「金萌さんと、ずっと一緒に居たい」
『アタシも、それがいい』
この後、夕飯の時間になって紫織さんに声をかけられるまで、僕はスマホを握りしめたままぼーっとしていたらしい。
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