第26話 家族会議

「第16回DOドロップアウト家族会議を開催します」


 いつも唐突に始まる家族会議だけれど、今日は全員が揃っている夕食後。あたしと紫織の脳裏には嫌な予想が過ぎっていた。

 前にも言ったかもしれないけれど、先日ついに村崎家へご挨拶に伺ったことで目前に差し迫った問題として、これからのドロップアウト家における橙花の立ち位置だ。

 これまでは「3人の親友と、そのうちの1人の子供」ということで3人の立場は平等だったわけだけど、あたしと紫織が将来を見据えた関係ということになって、橙花のポジションが今までよりも明確に揺らいだ。なぜなら、あたしと紫織とつくもは明確に「婦妻と子供」という形に落ち着くわけだけど、橙花はこの家のメンバーの中で唯一、この関係から省かれてしまうからだ。とはいっても、あたしも紫織も、橙花をハブろうなんてつもりは一切ないし、つくもだって橙花がうちに居ることに違和感なんてないだろう。むしろ、居なくなられたらそっちの方が違和感がすごい。だけど、こればっかりは本人が強い意志で「出ていく」と言えば、あたしたちにそれを止める術がないことも事実。だからこそ、家族会議という単語が出て即座に反応したのは紫織だった。


「橙花をうちから追い出す気は一切ないから閉廷、解散」

「はい集合。わたしも出ていく気はないから、今はその件じゃないよ」


 けれど、あたしと紫織の不安は一瞬に一蹴されて、橙花によれば今回の議題はそれではないし、なんなら出ていく気はさらさら無いという。

 深掘りしてみれば、何度かあたしたちのためにこの家を出るという選択肢自体は思いついたことがあるが、そうした時に橙花自信が耐えられないだろうということと、自分がいなくなったらあたしと紫織だって同じように耐えられないだろうと察していたという。こういうところでちゃんと自分の価値をわかってるところが橙花のすごいところだよね。

 つくもにはさすがに半々だったみたい。もしかすると親子水入らずを邪魔してしまうから疎まれるかもしれないし、そもそもそんなことを気にしたりしないかもしれない。どちらの可能性も、橙花の予想の中ではありえたことだったみたい。まぁ、つくもは「僕の信用がなさすぎる」と不満げだったけど、すぐに和解した。

 

「橙花が買ってきた数量限定プリンを食べたのはごめんと思ってる」

「その件でもないから大じょ……いや別方向から剛速球のデッドボールきたな。後でお説教だからね?」


 しかし、そうなると一気に極大の不安が取り除かれたことになる。ということは、手元に残ったであろう問題はせいぜい先日ごまかしたプリン事件くらいしか……藪蛇だったかぁ。

 

「こないだ橙花さんの買ってきた漫画を先に開封して読んじゃったのは本当にごめん」

「そういうナチュラルに図々しいところ、最近くーちゃんに似てきたなとは思ってたよ」


 先週起きた『橙花の買ってきた漫画先読み事件(犯人:つくも)』は穏やかな終結を迎えられて本当によかったよ。あれをあたしがやってたらたぶんもっと怒ってたでしょ。

 なんだかんだ、あたしたちみんなつくもには甘いからなぁ。橙花も叱りはしたけど怒ってはいなかったし、その後すぐ一緒にゲームしてたしなぁ……。


「じゃあ今日のお昼ご飯に橙花の嫌いなにんじんのグラッセを入れたのを怒って……」

「いつの話してるんだよぉ! にんじんは嫌いだけどさすがにグラッセくらいならもう食べられるよ! わたしこれでも25歳ぞ!?」


 よし、まずはボケも一巡したことだし、真面目に橙花の話を聞いてあげよっか。目配せすると、二人も何も言わず頷いた。

 ツッコミに疲れてか肩で息をしながら「この仲良しどもめ……」と悪態をつくのを微笑みで返すと、ほっぺを膨らませてテーブルに直る。


「まぁ、とはいってもちょっとマジな話でもあるんだけど……車、欲しくない?」

「「「ああ~……」」」


 なるほど、これは確かにマジめの家族会議だ。主に金銭面で。

 実際、今のドロップアウト家で遠出ができるのはバイクを持っているあたしだけだ。紫織と橙花は普通自動車免許を持ってるけど、実家住みだった頃は親の車を使っていたこともあって、今では身分証明書くらいの役割しか果たしていない。このままじゃ、四人で出かけようとした時に徒歩・バス・電車しかないから、どうしても移動に割く時間が多くなる。しかも電車なんて、ここからバイクで40分以上かかるし、そもそもバスなんて一日に朝8時、昼13時、夕方6時のたった3便しかない。

 今までは遠出する用事もなかったし、つくもが出かけたい時にはつくものお友達のお父さんやお母さんが車を出してくれていたけれど、いつまでもそれに甘え続けるわけにもいかない。


「車っていくらくらいするんだっけ?」

「車種にもよるし、ピンキリじゃないかしら?」

「安いのは軽だけど……旅行とかするならミニバンとかほしいよね」

「僕もせっかくなら大きいのに乗りたい」


 ミニバン……新車だとだいたい300万~400万だっけ? 中古でも200~300はすると思う。三人の給料から生活費をマイナスして、あたしと紫織はさらに結婚資金も溜めないといけないから……。めちゃくちゃ時間が掛かるな……。どう足掻いても年単位で計画を立てるしかない。少なくとも一年や二年でどうにかなる感じではない。


「あたしとしてはローン組むよりは一括で終わらせたいんだけど」

「わたしもパパッと片づけたい気持ちはあるよね」

「でも、車の調達そのものが遅れるよりはローンを組んででも早く手元に置いた方がいいわ」


 軽ならだいたい新車価格80ちょい~230くらいだし、中古なら3人で出せば一括もできるけど……。

 機能性はやっぱりミニバンの方がいいと思う。ただ、価格や取り回しのよさは軽自動車が圧倒的に上だ。実際、この3人でミニバンを運転した経験ありそうなのあたしだけだし。実際、紫織の家の車は軽自動車だったし、橙花の家のは軽ボックスだった覚えがある。あたしは前の会社の社用車がミニバンだったから慣れているからいいけど、二人も運転することを考えれば、中古の軽を買った方がいいような気もする。

 

「中古で軽を購入するなら、新車を買うよりも安くて納車も早いよ」

「ああ、そうね……納車待ちがあったわね……」

「え、新品の納車ってけっこう時間かかったりするの?」

「あー……ここらへん歴史の授業の話になるんだけどさ……」


 あたしたちの親の世代くらいの話だよね。世界的に流行した感染症があって、そのせいで半導体の流通が著しく滞った時期があって、今はもうすっかりなんともないわけだけど、いろんな「不便」が何年も続いたって授業で習った覚えがある。その感染症自体はもうバッチリ収束してるけれど、未だに尾を引いている部分はないわけじゃなくて、新車の納車が遅れる原因となった半導体の他にも、とにかく海外との流通に関してはどこの国も警戒心を高めたままなんだよね。

 日本なんてありとあらゆる物資を輸入品に頼ってるから、まぁー不便なこと。もっとも、そのおかげなのかそうでないのか、当時の海外からはその感染症に対するケアが最も有効的だった国とも言われてたみたいだけどね。実際のところはどうか知らないけど。だってあたしが小学校に上がる頃には収束してたし。


「――ってことで、需要に対して供給が間に合ってないんだよね。当時は早くて半年、なんて頃もあったみたいだから、今はだいぶよくなった方だけどさ」

「橙花さんのそういう博識なところ、いつ見ても普段の言動とのギャップがすごいよね」

「本当にくーちゃんに似てきたねぇつっくん!」

「あたしは橙花が博識なことに対してギャップはないからあたしのせいじゃないよ」

「本人の前で悪態づく肝の据わりっぷりがそっくりなんだよ!」


 橙花は運がないのと天然でやらかすところ以外は博識で聡明な子だってことくらい、あたしと紫織はわかってるよ。

 ただ、たぶんギャップがあるのは不運とかやらかしが多いことよりも、普段の言動があまりにもアホのそれだからじゃないかな。いや、アホはアホでもアホかわいいってやつだと思うからそれはそれで美点なのかもしれないけど。少なくとも賢そうな人は男子中学生の悪態に対してこんな反応はしないでしょ。

 とはいえ、実際の知性の高さに反してめちゃくちゃ親しみやすいのはいいことだよね。知識量が多いから誰がどんな話題を振ってもたいがい反応できるし。ああいうのはさすが「コミュニケーションおばけ」だなって思うよ。羨む気にはならないけど。


「じゃあ投票制にしましょう。メモを渡すから、ミニバンと軽、中古と新車。ここまでの話を聞いた上でどっちに乗りたいかを書いて、半分に折る。それを私が集計して結果だけ言う。誰が何を選んだかは言わない。いいわね?」

「「「意義なし」」」


 ――中古のミニバンになった。

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