第18話 それぞれの休日
春を象徴する薄桃色の花びらが三色村の風を彩る四月。今日は第二土曜なので半日授業もなく、久しぶりに四人で集まれることもあって朝から少しテンションが高かった。
それはここのところ緑郎くんや美桜さんと絡んでいなかった金萌さんも同じ気持ちだったようで、集合地点の学校に向かう途中で金萌さんと合流した時、既に彼女はちょっとハイになっていた。けれどそれは僕にとってなんの不都合も理不尽もなく、ただただ明るく楽しい空気だった……のになぁ。
二人でおしゃべりしながら学校に着くと、既に緑郎くんと美桜さんは二人で僕らの到着を待つ形になっていて、僕らは軽く「遅れてごめん」と謝りながら、久々の四人でのお出かけはどこに向かおうかとバス停へと歩き始めた時だ。
「ロックとミオちん、なんか距離近くね?」
「うん。というか、美桜さんが積極的に近づいてるね」
「ミオちんがんばれ~!」
小声でやりとりする僕と金萌さんには気づかないまま、前を歩く二人の歩幅が揃っていくのが見てとれた。緑郎君と美桜さんだと、歩幅は緑郎くんの方が広いけれど、歩く速さは美桜さんの方が足早だ。だけれど、そんなバラバラな二人のペースがまったく乱れることなく揃い合っているのは、決して美桜さんだけが意識しているからじゃないんだろう。僕は四人の中では一番歩幅が狭くてペースも遅い。そんな僕が金萌さんの隣を歩けるのは、間違いなく彼女の気遣いのおかげだってことを知っている。
僕と金萌さんが二人をにまにまと見守っていると、不意に振り向いた二人が、何やら僕らと同じようににやにやとしながらこちらに声をかける。
「なんだお前ら、そんなに顔寄せ合って。隠れてキスでもしてたのか?」
「えっ? ああ、いやそういうわけじゃ――」
「バッ……そそそそんなわけないじゃん! バーカ! ロックのバーカ! デリカシー欠乏症!」
「慌ててるところが怪しいわね。ねぇつくも、ホントはどうだったの?」
「いやホントに何もないよ。というか何もないのに金萌さんはなんでそんなに慌ててるの」
わざわざシロをクロにするような墓穴ぶりにこっちが困惑する。いや、そもそも根拠もなければ事実もないから墓穴にすらならないはずなのに。
とはいえ、このまま放っておいていじられっぱなしというのも少し可哀想だったので、そろそろ助け船を出そう。
「はいはい、二人ともあんまり金萌さんをからかわない。金萌さんもう真っ赤だから。おーよちよち、大丈夫だよー。いじめっこ桜餅いないいないしたよー?」
「いやこの状況で一番からかってるのお前だろ」
「なんで金萌もちょっとまんざらじゃなさそうなの……?」
「いや……なんかアタシもうシロちんの赤ちゃんだったかもしれない……」
「つくも君ストップ! この子マジでヤバいとこに片足つっこんでる!!」
ウソでしょ。こんな適当な演技で赤ちゃんになるのはちょっと金萌さんチョロすぎない? よくこれでギャルやれてるなこの人……。いや、感受性が高いからギャルやってるのかな。
少なくとも感受性が低い子はオシャレにめちゃくちゃ熱狂して親の反対を跳ねのけてギャルになったりしないし……。根っこの真面目なところは変わらなかったみたいだけど。
「あっぶな……シロちんの包容力と母性にでろでろに蕩かされるとこだった……」
「いや半分くらい蕩けてたろお前」
「包容力はともかく母性呼ばわりはやめてくれない? 僕こんな見た目でもちゃんと男だよ?」
「でもつくも君から洩れてるそれが母性か父性かと言われたら母性よね……」
「洩れてるの!?」
言われてみれば、父性と母性というのは、父性が「正しい未来へと子を導く心」で、母性が「今の子供が正しいと信じる心」だと紫織さんから聞いたことがあるようなないような。
つまり子供が何かのアクションを起こしたとき、その行為の正しさを精査して褒めるか叱るかを判断するのが父性で、その行為が誰の目から見ても明らかな悪でなければ善であると信じて肯定するのが母性ってことかな。確かにそう考えるなら、基本的に相手の悪いところから目を背けていいところだけを肯定する僕の基本スタンスは良くも
とはいえ、さすがに金萌さんを赤ちゃん役にしておままごとをするつもりはない。いや、金萌さんがそういう遊びをしたいなら付き合うだろうけど、さすがに絵面がよくない。小柄な男子中学生に膝枕されて「ママー!」と言いながら赤ちゃん扱いされるギャルはもう背徳的とかそういうレベルじゃない。何より金萌さんの尊厳が破壊されかねない。ここで下手に「ギャルやめて僕にオギャる?」とか言ったら間違いなく金萌さんは赤ちゃん堕ちするし桜餅の二人がドン引きするのはわかる。賢いので。
「ほら、バカやってないで行くわよ三人とも」
「え、そのバカに僕も含まれてるの?」
「そりゃまぁこのバカなやりとりの中心お前と金萌だからな」
「さすがにバカバカ言いすぎじゃない!?」
◆
「つっくん、だいぶ楽しみにしてたね」
「最近は金萌ちゃんと遊ぶ機会は増えたけど、四人で集まることが減ってたって嘆いてたからね。別に仲が悪くなったわけじゃないみたいだから心配はしていなかったけど、また四人で遊べるようになってよかったよ」
今日は珍しく、あたしと橙花の二人だけでのお昼ごはんだ。紫織は今やっている翻訳の作業が大詰めで、今日中に提出したいからと朝から部屋に籠もっていて、つくもはお友達とお出かけ中。あたしと橙花はバイトの休みが被って、久しぶりの組み合わせでカップラーメンを啜っている。紫織ほどではないけれど、あたしもそれなりに料理はできる方だというのにカップラーメンとは何事かというと、単にジャンクなものが食べたかっただけだ。普段から健康的で美味しい紫織の料理を食べている分、ふとした時にこういう健康にもよくない雑なものを食べたくなる気持ちは誰にでもあると思う。
「最近は外もやっと温かくなってきて、ライダーさんをちらほら見かけることも増えてきたね」
「シーズンほどじゃないけどね。夏は街に出ようとすれば片道10人くらい見かけるよ」
ライダーのクライマックスシーズンといえば夏。けれど、春・秋の行楽シーズンも旅目的のライダーからは人気だし、冬に走れなかった分を早く走りたいなんていう生粋の「乗り専」なんかは、春ともなればほんのちょっとの距離だってバイクに乗りたくてたまらないはずだ。かく言うあたしも、郵便用のバイクにはほとんど毎日乗っているものの、Ninja400KRT Editionには通勤と必需品の買い物でしか乗れていない。
個人的には、せっかくのお花見シーズンだし少し遠出して行楽気分というのも味わってみたいけれど、そうなると畑の世話を一日まるっと放っておくことになるし、何より来客の対応が大変だ。三色村は良くも悪くもご近所付き合いというか村民同士の距離感が近い。一日まるっと誰も家に来ないなんてのはよっぽどないし、あたしも出来た野菜を持っておしゃべりに行ったりする。人によっては面倒だと感じることもある過疎コミュニティ特有の距離感だけれど、あたしはあんまり嫌じゃない。むしろ、暇な時におしゃべりする相手に困らないのは嬉しいし、来るたびに野菜をもらえるのは台所事情的にもすごく助かる。「もらったらお返しする」という文化に馴染みのない都会の人にはちょっと慣れないかもしれないけど、あたし子供の頃からこの村で大人同士がそれをしてるのを見てたから違和感もない。
ただ、村の人であっても男性に苦手意識のある紫織には、少しつらい距離感だ。だから普段は主に橙花が、たまにあたしがお客さんの対応をしているんだけど、あたしが遠出をしてしまうとその負担が橙花一人にかかってしまうし、橙花が出かけている時は紫織が出ないわけにはいかなくなってしまう。つくもなら精神的には大人びているし、ある程度のやりとりは可能だろうけれど、向こうはあたしか橙花が出てくるものだと思っているので話題が畑事情が村のゴシップくらいで、それを長話として楽しめるだけのキャパシティは、さすがのつくもにもないだろうと思う。
「桜が散る前にお花見とかしたいよね」
「あー、いいねー! しおしおのお弁当を食べて、くーちゃんと遊んで、つっくんを抱き枕にして、桜を見上げながらお昼寝! いいんじゃない?」
「まぁもう散り始めてるんだけどね」
「今から計画立ててたら来年になるもんね……。まぁ桜は無理でも連休にピクニックとかはできるんじゃない?」
「土日祝日は郵便局の仕事ないからいいけど……橙花はいけるの?」
「年末年始と春祭りとゴールデンウィークが神社の繁忙期だよ」
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