第14話 楽しく優しく温かく

 三色村の学校では、毎月第一・第三土曜は半日授業だ。朝8時から授業が始まって、四時限目が終わる12時には放課ということになる。

 なので、登校するための時間も加味すると、僕が家を出なければいけないのは7時45分で……僕が大好きな現在放送中の特撮ドラマ「ブライトマンクロス」は毎週土曜朝8時から放送しているため、帰宅してから某有名動画配信サイトの公式チャンネルか、あるいは録画したものを見ることになる。

 今まではリアルタイム視聴にそこまでこだわりがあるわけではなかったけれど、今作の『クロス』は近年のブライトマンシリーズでも屈指の出来の良さで……主人公だけでなく魅力的なレギュラーメンバー、今のところ中だるみのないストーリー、撮影スタッフからの巨大怪獣たちへの愛が伝わる造形・ギミック……どれをとっても第二・第四土曜は早起きして観る価値が十二分にあることもあって、半日授業がある第一・第三土曜は少しだけ授業に恨めしい気持ちを含みながら登校……するのだけど!


「つくも、今さっき学校から連絡あったわよ。今日は雪もひどくて危ないから、学校はお休みらしいわ」

「ほんとに!? じゃあごはん食べながらブライトマン見てもいい!?」

「いいわよ。でも、居間にごはん持っていくのはダメ。ちゃんと食卓から見るか、先に食べてから居間に行くこと」

「わかった! なら僕、すぐに着替えて配膳手伝うよ!」


 実は昨日から天気予報では雪の予報があったのだけれど、ニュースの天気予報ではこんな小さな村の天気をピンポイントで説明してくれるはずもないので、三色村の天気を確認する時はもっぱらインターネットで調べるか、雲を見ればなんとなく翌日までの天気がわかる「お天気おばあちゃん」的な人が何人かいるので、その人たちに聞くことになる。それで、昨日の時点で相当どんよりした雲だったので、さすがに僕でも今日くらいは雪が降るだろうってことはわかってたんだけど、下校中にお天気おばあちゃんに聞いてみたら「明日はえらい雪が降る」と言っていたので「もしかしたら」くらいに期待していたところ……この結果だ。

 僕が清く正しい学生だとすれば「学生なら勉強が本分、本来の役目を全うできないことを期待するとは何事だ」みたいなことを言うべきなのかもしれないけれど、そんな人がこの現代にどれだけいるんだろう。少なくとも僕はお目に掛かったことがないし、聞いたこともない。それを免罪符にするわけじゃないけれど、ともあれ僕はこの豪雪に感謝しながら、第三土曜のブライトマンXを気持ちよくリアルタイム視聴するために、紫織さんのお手伝いをすることにした。


 元々は半日とはいえ登校日なので、今の時間は6時45分。いつもだいたいこの時間に起きて、ごはん・歯磨き・着替え・カバンの中身の確認をしてから登校ということになる。

 7時からお仕事の橙花さんは、ついさっき玄関を飛び出していく音が聞こえたので、もう家にはいないだろう。僕に少し遅れるくらいの時間に起きてくるのが紅葉さんだ。

 紅葉さんはつい先日、郵便局の正社員の人から「アルバイトじゃなくて正局員にならないか」と勧誘されたみたいだけど、年末年始の正局員の仕事内容を覚えていたから断ったらしい。やっぱりという思いもあるにはあるけれど、「そんなに大変なんだ、年末年始って……」という驚きがないわけじゃない。


「おはよー……。外真っ白でびっくりしたよ……」

「おはよう紅葉さん。そういえば、こんな雪でもバイク配達なの?」

「あー、うん。一応バイトだから室内作業を増やしてもらったけど、それでも外出ないわけにはいかないし……」

「気をつけなさいよ。雪の中で転倒したら怪我じゃすまないでしょう?」

「転倒なら怪我で済むかもしれないけど、スリップしたら死ぬかもって感じはする」


 それはそうだろうと思う。隣町の七ツ川市は道そのものは整備されているけれど、高低差の大きい場所もそれなりにあって、下り坂ではスピードが出すぎることもある……と、紅葉さんが言っていた。将来的に、紅葉さんのNinja400KRT Editionシノブくんみたいなカッコいいバイクに乗れたらいいな、とは思うけれど、この時期にこういう話を聞くとちょっとだけ怖い感じもする。紅葉さん曰く、「その怖さを忘れるのが一番怖い」らしい。その時の僕が「怖いまま走るのって危なくないの?」って訊ねると、「バイクに限らないけど、人っていうのは怖いと思ってるうちは危ないことをしようと思わない。むしろ自分は大丈夫と思って恐怖を忘れた瞬間、取り返しのつかないミスをするものだよ」と言われてなるほどと思ったよ。

 それは紫織さんも同意見だったようで、「恐怖は人を委縮させて「できること」をできなくさせるけれど、同時に「できない」ことを無理にさせようとしない。恐怖は乗り越えるものじゃなくて、うまく付き合っていくものよ」と含蓄がんちくある意見を聞かせてもらった。僕の好きな特撮ヒーロー作品や、少年漫画のストーリーなどでは、多くの場合「恐怖」は負の感情として描かれているけれど、実際に紅葉さんと紫織さんが意見を重ねているところを見るに、恐怖そのものが必ずしも良くない感情というわけではないみたいだ。恐怖を心の中に飼わせてうまく付き合うこと、共生していくことが、いざという時にブレーキとして自分を制御してくれることもあるんだね。


「まぁ、普段以上に安全運転に気を遣うことにするよ。いただきまーす」

「いただきます」


 あっけらかんとした態度を崩さず朝ごはんに意識を向けた紅葉さんに倣って、僕も手を合わせてお味噌汁に口をつけた後、テレビの電源を入れた。


「先週の次回予告で前々作のブライトマングレイスが映ってたからすごく楽しみなんだよねー」

「あたしが昔お父さんとみてたのはラッドだったなぁ」

「えっ、ブライトマンラッド? あれをリアルタイム視聴してたの?」

「え、うん。たぶんラッドであってるよね、あの青と紫のやつ」

「間違いなくラッドだ……。令和ブライトマンの最高傑作と名高い作品をリアルタイムで観れたなんてめちゃめちゃ羨ましい。それブライトマンファンには全力で自慢できるやつだよ紅葉さん……」

「そ、そうなんだ……」


 ブライトマンは昭和時代から放送されてて、何度か空白期間を開けてるとはいえ80年以上続く日本を代表するヒーロー作品のひとつだから、メインターゲットは小学生以下の子供なんだろうけれど、僕みたいに中学生になっても離れられないファンもいるし、一度離れたけど大人になって戻ってくる人もいる。そんなこんなで、親世代はもちろん祖父・曽祖父の世代でも何かしらのブライトマンシリーズ作品を知ってるくらいだ。

 だけど……それでも、ファンそれぞれに「自分にとって最高のブライトマン」というものがあるにせよ、多数の意見をひとまとめにした時に「これがこの世代の最高傑作」と言われたら頷くことしかできない作品というものは存在する。紅葉さんの言う「ブライトマンラッド」は、令和におけるそれとして「好き・嫌いを超越して『納得』しかできない」と名高い。


「紅葉さん、今度いっしょにラッド観ようよ。紅葉さんが時間大丈夫な時に」

「いいよー。来週の土日なら仕事も休みだから。たぶん橙花も誘えばノリノリで一緒に観ると思うけど、紫織はどうする?」

「日曜日なら大丈夫よ。土曜日は今のところ大丈夫だけど、今やってる翻訳が遅れたらもつれ込みそうだから、当日にまた聞いてくれる?」

「やった! ありがとう紅葉さん! 紫織さん!」


 僕がこの家に来てから、僕は少しワガママになった気がする。少なくとも、この家に来たばかりの頃なら、この二人の予定を潰してまで僕の趣味に付き合わせようとは考えなかっただろう。だけど、紅葉さんも紫織さんも橙花さんも、僕の家族は本当にいい人ばっかりで、僕が好きなものやしたいことを否定したりしないってわかってからは、こんな風についつい甘えてしまうことも増えてしまった。もしかすれば迷惑をかけているだけなのかもしれないけれど……それでも、僕はこの温かさを突き放せない。


「あっ、始まっ……何その姿、僕知らないんだけど……」





 ブライトマンの視聴と食事を同時に終えて、洗い桶に溜まった四人分の食器を洗い始める。普段は紫織さんがやってくれているけれど、土日は僕に予定がなければ僕がやっている。

 最初の頃は紫織さんがやってくれていたけれど、この家のみんなに慣れ始めるとほぼ同時期に僕から提案したことだ。三人それぞれがアルバイトと並行して畑仕事・家事・近所付き合いを分担しながら頑張っているのに対して、僕は三人にお金を出してもらいながら学校に通っている。だから、せめて少しでも三人を楽にさせてあげようと思って始めたのが、それぞれのお手伝いだった。

 学校・課題・友達付き合いは最優先で、なおかつ僕に予定がない時という前提で『朝ごはんを食べた後は食器の片づけをすること』『お昼過ぎからおやつの時間まで畑仕事を手伝うこと』『橙花さんの夕方のお散歩に付き合うこと』が僕の役目。実はこの中で、一番重要度が高いのが三つめだったりする。何せ橙花さんは村の内外に関係なく友達や知り合いがとにかく多いコミュニケーションお化け(紅葉さん談)で、橙花さんと一緒にお散歩をしていればほんの30分で50人以上の人に声をかけられるし、橙花さんはその全てにしっかり相手をしている。

 僕はそれについていって、村の人と顔を覚え合ったり、僕がドロップアウト家の一員だと知ってもらったり、お菓子をもらったりする。

 

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