第12話 学校での日常

 僕が通う三色中学校は一・二年が複式学級で、僕含め19人。三年生はたったの8人だから、全校生徒は計27人。

 そんな小規模な学校で、なおかつ他県からの転校生なものだから、転校には慣れているはずの僕でもさすがに緊張を隠しきれなかった。狭いコミュニティに限られたグループ、後から入るには随分と高いハードルに思えたけれど、せめて嫌われることだけは避けたかった。最初は転校生という物珍しさから積極的に話しかけてくれる子も多かったけれど、それも長くは続かないとわかっていたから。

 けれど、周りの様子は僕の予想を遥かに超えて、転校した一学期の終わりから夏休みを挟んで二学期になってなお、みんな僕のことを受け入れてくれた。誰かが野球をしようと言い出した時、僕が何を言うまでもなく、近くに居た子が「つくもも行こうぜ!」なんて声をかけてくれた。それはその子が特別なんじゃなくて……みんながみんな、ただ「近くにいたから」「暇そうだから」「クラスメイトだから」なんてありふれた理由で僕を連れまわしてくれた。

 時には「今度つくもんに遊びに行ってもいい?」なんて聞いてくれる子までいた。その頃には僕もずいぶんクラスに馴染んでいたと思ったけれど……僕はとにかくそれが嬉しくて、帰ってすぐに紫織さんにそれを話した。紫織さんは「いいけれど、それ紅葉と橙花にも話してあげてね」と言ってすぐ頷いてくれて、僕は嬉しくて、うれしくて……なんでかわからないけれど、思わず泣いていた。あの時どうしてあんなにも涙が出たのか、今でもわからない。

 とにかく、僕はこの学校で、この三色村で……色んなものを得た。家族も、友達も、優しい村のみんなも。僕が欲しくてたまらなかったものに囲まれていて……不意に怖くなる。

 僕はこの村のみんなに報いてあげられるのだろうか。今はまだこんな小さな体だし、お小遣いだって多くはない。年齢的にアルバイトもできないし、ただの中学生だから立場だって高くない。わかってる、これから頑張って努力して……立派な大人になってみんなに報いればいいんだってこと。それはわかってる。

 だけど、みんなとにかく優しくて……その優しさに甘えている現状いまに焦りを感じてしまう。ただの中学生がそんな焦りを感じたってどうしようもないのに、それは止まらない。


「次、真城」

「はっ、はい! えっと……『弟は死にました。暗い電気の下で、小さな小さな口に、綿にふくませた水を飲ませた夜を、僕は忘れられません』……」


 手元の教科書に描かれた物語を声に上げていたら、その物語の凄惨さと書き手の憤りが伝わってきて、僕は思わず声を震わせてしまった。

 隣の席で同じように教科書を見ていた緑郎君が、心配そうに僕を見上げて、「せんせー、暇だから続きオレが読んでもいいー?」なんて手を挙げてくれた。先生は心配そうに僕を見ると、緑郎くんの提案を受け入れて、僕に着席を促した。緑郎君とは僕をはさんで反対側に座る金萌さんが、なぜか僕よりも泣きそうな顔で「シロちん大丈夫?」と訊ねてくるものだから、思わず「金萌さんこそ」と少し笑ってしまって、金萌さんにそっぽを向かれた。

 ちなみに僕が金萌さんから「シロちん」と呼ばれているのは苗字の「真城」からとったらしくて、名前の「つくも」から「シロくん」と呼んでくれている紫織さんとは由来が違ったりする。

 

 緑郎くんと金萌さんは、僕と特に仲良くしてくれる友達だ。

 緑郎くんはこの村で唯一の飲食店「みどり食堂」の家の子で、僕も何度か紅葉さんたちに連れて行ってもらったことがある。というか、緑郎くんと仲良くなったのは学校の委員会が一緒だったからだけど、初対面は転校前にみどり食堂で済ませてたりもする。委員会で声をかけてきてくれたのも、その時のことがあったからかもしれない、と今になって思う。

 金萌さんは派手な見た目にまず目がいく人だけど、授業にはまじめに取り組んでいるし、友人関係は女子が中心ではあるけれど、男子との交流もかなり広い人だった。人を見た目で判断してはいけない、という金言を証明するような人だと思う。事実、僕も金萌さんには何度も助けられていて、特に僕の苦手な理数系の学科では彼女を頼ることが多い。逆に、文系は僕が教えてあげられるから、ギブアンドテイクだよね。


「もー! さっきのシロちんが泣きそうになったからアタシまで泣いちゃったじゃーん!」

「いやほんと僕より泣いててびっくりしたよ……」


 国語の授業を終えると、真っ先に僕に声をかけてきたのは、やはり金萌さんだった。

 金萌さんはとても感受性の高い人で、聞けば僕が朗読する前から物語の凄惨さや物悲しさにだいぶやられていたみたいだけど、僕が泣き始めてしまったのでとうとうつられて泣いてしまったらしい。この人、たぶん目の前で泣いてる人がいると同じように泣いて、笑ってる人がいたら何が面白いのかわからなくても笑っちゃうタイプなんだろうな。


「お前ら片方が泣くともう片方も泣くから席離しとけよ」

「え、やだ。ロックにシロちんの隣は譲らないから」

「譲るまでもなく隣なんだよね……」

 

 金萌さんにロック、と呼ばれているのは僕に変わって朗読してくれた緑郎くんだった。彼の言う通り、今回は僕が先ではあったけれど、正直僕らが授業中に泣くのは今回が初めてではなかった。三学期になってからは今回が初めてだけど、二学期の頃は6回くらいあったと思う。それは主に国語とか道徳の授業だったりするのだけど、時には体育で怪我をした僕を見て金萌さんが泣いて、それを見て怪我の痛みとかは特にないのに僕も泣く、ということもあった。


「はいはい、緑郎も金萌もケンカしない。あんたたちがケンカしたらまたつくもが泣くよ? この子そういうのが一番つらくなっちゃうんだから」


 一触即発、とは程遠い仲良しケンカが勃発しかけたところで、それを止めてくれたのは緑郎君の隣の席の美桜さんだった。緑郎くんや金萌さんと同じく、僕と特に仲良くしてくれている一人で、緑郎くんと家が近い……っていうか隣同士なんだっけ? で、昔からずっと仲良しの子らしい。さっぱりとした雰囲気と気配り上手な性格が男子から人気で、生徒の絶対数が少ないこの学校では、僕と緑郎くん以外の男子は全員とっくに玉砕済みらしい。……美桜さんも男子も、どっちも大変そうだなぁ。

 僕を含めたこの四人が、いわゆる「いつメン」ということになるんだろう。時々、僕らを指して「四季組」なんて呼んでる人もいる。聞けば、美桜さんが春で、緑郎君が夏で、金萌さんが秋らしい。となると、僕は冬ということになるはずだけど、なんでそうなったのかは知らない。見た目の印象で言ったら褐色の金萌さんのほうがよほど夏らしいけど。

 

「わぁーったよ。別にオレもケンカしたいわけじゃねーし」

「だね。ほらほら、シロちん笑え笑えーっ! シロちんが楽しそうな顔してた方がアタシらも楽しいぞぉー?」

「わかっ……わかったからくすぐろうとしないで! わかったわかった! ストップ! 大丈夫だから! 笑顔はもう間に合ってま――あはははははははは!」

「バカやってないで体育館いくよ。今日つくもの得意なバドミントンでしょ」


 美桜さんの制止のおかげで窮地を脱した僕は、さっさと先に行ってしまおうとする緑郎くんの背を追いかけるように駆け出した。そんな僕を追い越して、美桜さんが緑郎くんの隣に追いつくと、二人の後ろを歩く僕の横に金萌さんがやってくる。これが、僕らのいつものフォーメーションだ。


「シロちん、今日のバドもアタシとやろ! こないだのリベンジまだだったっしょ!」

「いいよ。僕も金萌さんとやるの楽しいし」

「えっ、なになに、告白かー!?」

「金萌さんどんなにいいとこに返してあげてもわけわかんない方に打ち返してくるからたくさん動けて楽しい」

「急にケンカ売ってくるじゃん」


 売ってないよ。なんか変なこと言い出してたから具体的に何がどう楽しいか説明しただけだよ。


「でも打ち返してくる方向はともかく、金萌さんって手足が長いし体力もそれなりにあるから羨ましいよ。僕ももう少しリーチがあったらなぁ……」

「シロちんはちっさくてもスタミナとすばしっこさがエグいからイーブンじゃん?」

「まぁサッカーとかと比べるとコート狭いし、頑張れば端から端まで二秒いらないもんね」

「そりゃそうだけど、フツーはその全力疾走を一試合もたせらんないんから」


 そうかなぁ。紅葉さんも同じことできると思うけどなぁ。だって僕に「1500mがダメな時は400mを連続四試合やってるって考えたらいけるよ」って言ったの紅葉さんだし……。

 それを緑郎くんに言ったらめちゃくちゃバカにされたし、紅葉さんと同じ陸上女子の美桜さんなんかは愕然としてたけど。


「一試合分の時間を全力疾走してたんじゃなくて、全力疾走を繰り返してたら一試合分の時間になってただけだから普通でしょ」

「もっとヤバくなったけど大丈夫? 自覚ある?」

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