第2章
第10話 新生活
幼馴染3人が集まっただけのドロップアウト家につくもが正式加入というか、ちゃんとした形で「家族」になってから半年が経った。
季節は正月を過ぎて、冬の
つくもはあれ以来、本当に楽しそうに学校に通っている。その柔らかい態度や可愛らしい見た目のおかげで、同級生だけでなく上級生にも男女問わず可愛がられている。
以前、つくもが「○○くんとケンカしちゃった」と悲しそうな顔で言ってきた時はさすがに少し肝が冷えたけれど、詳しく聞けば聞くほど「それ本当にケンカだった?」という感じで、つくもはとにかく言い返しもしなければやり返しもしなかった。紫織からは「暴力はよくないから、何かあったら言葉でやり返しなさい」と言われて口喧嘩のノウハウを叩き込まれているはずなので、少なくとも同じくらいの年齢の子に口喧嘩で負けるはずがないし、仮に向こうが手を上げたとしても、あたしが「さすがに自衛くらいはできたほうがいい」と思って日本拳法を教えたので、いざ殴り合いのケンカになってもやり返すくらいの力はあるはずなんだけど、つくもはとにかく「そうだね、ごめんね」「僕が悪かったよ」「もうしないよ」を延々言い続けたらしい。それ、つくもがひたすら大人の対応をするから相手がみじめになって引くに引けなくなったやつじゃないの? とは敢えて言わずに、どうにか仲直りまで扱ぎ付けさせるには随分と苦労した。
ともあれ、色んな苦労やトラブルを経て、今現在は一月の末!
「すみませーん、日本郵便ですー! お届け物にあがりましたー!」
「はいはーい! ……あら紅葉ちゃんじゃないの! 荷物ありがとうねぇ」
「いえいえ、これがお仕事ですから。こちらにお名前をお願いします」
「はいよ。……はい、これでいいかい? お仕事がんばってね」
「はい、ありがとうございます!」
さすがに三色村の郵便局は村自体が小さいおかげで手が足りているみたいで、ここは隣町の七ツ川市。三色村と本当に隣同士なのかと思う程度にはそれなりに栄えている街だから配達員の顔なんてそうそう覚えられたりしないでしょって思ってたんだけど、けっこうな数の家であたしの顔と名前は知られてるみたいで、早いとこだと3回目の配達で「紅葉ちゃん」と呼ばれるようになった。そんなに覚えやすい顔してるっけあたし……。
ま、まぁでも悪い理由で覚えられてるわけじゃないと思うし、荷物や手紙を持っていくたびに「これを待ってたんだよー!」みたいな顔をしてくれたりする人もいたりして、最初はバイクに乗りながらやれる仕事ならなんでもいいかな、くらいの気持ちで始めたバイトだけど、今となっては荷物だけじゃなくて笑顔や幸せも運んであげられるこの仕事がそれなりに、と言うには少々入れ込んでしまう程度には、誇らしく思っている。
(次のとこが終わったらコンビニに行って荷物を預かって……天気もいいし、ペースも早すぎず遅すぎずって感じ。……さっきから気になってたけど、もうすぐお昼時だからかあっちこっちからいい匂いが漂ってくる……。配達のお仕事はこれがツラいなぁ。あぁー……あたしもはやくお弁当食べたーい!)
それでも、バイクという不安定な乗り物で配達をするからには法定速度遵守は当然だし、普段以上に安全運転には気を遣わなきゃいけない。配達ペースだって早けりゃいいわけじゃないし、荷物を預かりに行くときはその時間もだいたい一律に「このあたりの時間で回収に行きます」ってなってるから、お昼ごはんの時間だって一定だ。それは言い換えれば一定のペースで一定の仕事をすれば必ず食事をとれる、という意味でもあるんだけど、学生に「早弁」という文化があるように、美味しいものに早くありつきたいと思うのは仕方のないこと……だよね?
とにもかくにも、午前の配達と荷物の回収を済ませて局に戻ると、預かった荷物に洩れがないかチェックして、それを仕分け担当のところに持っていく。
食事休憩は一時間。ただ、一時間かけてのんびり食べることなんてほとんどなくて、ゆっくり味わっても30分あれば食べ終えてしまう。まして、紫織の作ってくれるお弁当はどのおかずもみんな美味しくて、ちゃんと味わって食べなきゃ、と思っても気づいたら無くなっている。おかしい、さっきまでみっちり詰まっていた中身はいったいどこへ……?
早めに片付いてしまった食事に一抹の寂寞感を抱えながらも、箸と弁当箱をカバンにしまって午後の集配内容を確認し、仕分けされた内容が本当に他の地区が紛れてないかチェックして再度出発。年始の地獄を経験した今なら、本来のペースに戻った今の配達がいかに気楽なものか。まぁ、場所によっては雪が残ってたり凍ってたりする道もあるから怖いことは怖いんだけどね。
◆
あたしが家に帰ると、既に帰ってきていた橙花がつくもの課題を手伝っていた。
三学期が始まってもうそれなりに経っていて、二月には学年末テストがあるからと、最近は家の手伝いを断って勉強を頑張っているつくもを見て、あたしが中学の時もここまで真面目だったかと振り返る。別に不真面目な生徒ではなかった。なんならそこそこ優等生だったはずだ。三年間無遅刻無欠席、授業も部活も真面目に取り組んでたと思う。課題も全て提出していた。ただ、こんなに一生懸命だったかと言われれば、ちょっと怪しい。自分で言うのもなんだけど、勉強であれスポーツであれ要領がよく呑み込みも早い方だったあたしは、必死になって何かを学ぶ、というのはあまり経験が多くない。もちろん手を抜いたりしてたわけじゃないんだけど、自分にできる精一杯はもちろんやるんだけど、そうするとすぐに「できる」ようになってしまうから、失敗を繰り返しながら必死に何かを学ぼうとするつくもの姿は、あたしにはあまりにも眩しい。
「方程式ってようは問題の式のことだよね?」
「そうだね」
「解って答えだよね?」
「そうだね」
「なんで言い方が違うの?」
「方程式はxみたいな文字を使った式のことで、解っていうのは方程式を解いた場合の答えが何かを指す言葉だからだよ。普通にテストに出るよ」
「うわ……ありがと、橙花お姉ちゃん」
橙花の勤務先である
とはいえ田舎の神社に参拝者なんてほとんど来ないし、地元でも需要のあるお守りとかお札とかを買いに来るお客さんも、よっぽどしょっちゅう来るわけじゃない。だからアルバイト……じゃなくて助勤っていうんだっけ? それが一人いれば一日回せるっていうんだから、あとはのんびりお茶でも飲みながら正月に余ったお餅を焼いてのんびりしているそうだ。
じゃあなんで橙花がこんなにも眠そうにしているのかというと、あまりにもやることがない時とかはいっそ昼寝もできるほどなんだけど、さすがにいつ参拝客が来るかわからない状況で巫女が寝るわけにもいかず、退屈と眠気はいくらでも供給されるのに寝るのはダメ、という状況と心境の二律背反に苦しんだ結果、帰ってくる頃にはめちゃくちゃ眠くなってるらしい。
まぁそれでもちゃんとつくもの質問に答えられるくらいには地頭がいいのがすごいよね橙花って。
「紫織、手伝うよ」
「嬉しいけれど、その前にお風呂いってきなさい。着替えはもう脱衣所においてあるから」
「そう? ならそうするよ」
「あと、シロくんが先週の美術の課題を先生に褒められたんですって」
「そうなの? じゃあごはんの時にその話を詳しく聞こうかな」
つくもは紫織にだいぶ懐いているようだった。つくもが学校から帰る頃には、まだあたしも橙花も仕事中だから、自然と会話する機会の多い紫織に懐くのはなんとなく理解できた。……っていうのは、以前にも話したっけ。それで、つくもはその日に友達と何を話したとか、授業でどんなことがあったとか、そういう話をあたしは紫織を通して聞くことが多くなった。
日曜日はあたしもつくもも休みだから直接遊んであげることができるけれど、その日に学校で何があったのかというのは、平日休みの少ないあたしでは聞けない内容だけに、少し悔しい。
それでも、一度だけつくもが紫織を通さずに直接あたしに話してくれたことがあった。あれは11月くらいのことだったけど、上級生の女の子に告白されて、どうすればいいかわからなくて困ったそうだ。中学生の内からお付き合いとかあるんだ、とか思ったけど、そういえばあたしも初めて告白されたのは中1の頃だった。……なぜかあたしも女子からだったけど。
つくもにお付き合いの意思とかはなかったみたいで、それでもどうやって相手を傷付けないよう断るか、ということに苦心しているようだった。あたしは少し考えた末に、「その子の気持ちに対して誠実でいたいのなら、正直に話すしかないよ。つくもの言葉で、精一杯の気持ちを伝えてあげな」としか言ってあげられなかった。ほとんど丸投げもいいところだけれど、じゃあ他に何かいい手段があったかというと、もう一度あの時に戻れたとして、同じように言うだろう。
結果、つくもは翌日その子に「ごめんなさい」の言葉と一緒に返事のお手紙を渡したらしい。聞いてみても全容は教えてくれなかったけど、「好きになってくれて嬉しかったこと」「今の自分は目の前のことでいっぱいいっぱいでお付き合いとかは考えられないこと」「自分の未熟さで傷つけてしまって申し訳ないと思ってること」みたいな内容らしい。……そんじょそこらの男よりよっぽど大人で相手を思った優しい文章に、あたしと紫織は頭を抱えた。なんで今までこういうことを言えるような男に出会ってこなかったかなぁ……。直近であたしたちににじり寄ってきた男は前の会社のパワハラ男とセクハラ男だっていうのがもう……。
「つくもってだいぶ文武両道だよね」
「そうね、エレガントだわ」
こんなに可愛くて優しい子供がいたらそりゃあ親バカにもなっちゃうよね……。
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