第9話 普通の始まり

「……こういうのってもう少し長引くものだと思ってたよ」

「学校側がつくも君の味方をしてくれたのが有難かったわね」


 児童相談所の野村さんにつくもの相談をしてから二週間が経過した。そのかん、つくもは勉強だけでなくあたしたちのお手伝いもしてくれた。もちろん、あたしたちはそれを強制したりはしていないけれど、せっかく本人が興味を持ってくれたのだから、畑の一角をつくも専用のものにした。そこそこ大きな畑の一角とはいえ、できる作物はせいぜい2つ程度の面積だけど本人は楽しそうなので、まぁよし。

 けれど、そんな楽しい日々の中でもやっぱり心配の種がまったく無くなるわけじゃない。

 つくもの前の家にいたおばあさん、つくもがあの家を出てからどんな対応をしたのだろう。さすがに失踪届くらいは出しているだろうし、状況と経緯によってはあたしたちは悪者になる。というか、事情を知らずに事実だけを客観的に見れば、あたしたちは中学一年生の男子を県を跨いで誘拐した犯罪者だと思う。だから、それについては言い逃れもできない。でも、問題はあたしたちが善人か悪人かじゃなくて、つくもが今後ちゃんと人並みの幸せを享受しながら生きられるのかどうかだ。それを与えてあげられるなら、それはあたしじゃなくてもいい。もしもの時は、あたしがお縄になるとしても紫織と橙花だけは鉄の牢の向こうになんて巻き込んだりしないし、つくもを本当に愛して心配してくれる人を野村さんに見つけてもらうってところは変わらない。

 そんな……一世一代のあたしの覚悟を真っ向から打ち砕いてくれたのが、なんとつくもの前の家のおばあさんだった。

 

 前の家のおばあさん――もう面倒だから名前を出しちゃうけど、君島梅子さんはつくもが家を出た後、つくものことを探すどころか失踪届さえ出さず一人暮らしを満喫していたらしい。

 つくもが家を出る少し前から、梅子さんは「つくもは家に引きこもっている」とご近所に触れ回っていたし、学校の担任や友人が来ても適当な理由をつけて追い返していた。そのせいでというべきか、梅子さんからすればそのおかげでというべきなのか、結果としてつくもの失踪は近所にも学校関係者にもバレることはなかった。まして、つくもの親類は彼から親の財産を奪った後、押し付けるようにその家へと追いやった経緯があるため、彼の不在に気付くはずもなかった。

 そして、あたしたちの相談を受けた児童相談所の方々が警察と連携して学校や地域、つくもの学友にも聴取を行ったところ、大多数から「つくもが引きこもり理由がわからない」と言われ、失踪した保護対象がいるのに失踪届を出していない理由を含め、梅子さん本人に事情を尋ねた。すると彼女は最初こそ黙秘とつくもから聴取した内容と明らかに異なる発言をしていたものの、途中から諦めたのか、あるいはどうでもよくなったのか、開き直ったように事実を認める内容を口にしたため、彼女に「君島梅子に真城つくもの保護責任者としての能力はない」と判断され、つくもは彼女の支配を脱却する流れとなった。


「通常の流れであれば、今後つくも君は施設に入ることになります。実の両親が死亡しており、今回に至るまでの経緯から親族を頼ることもできませんので」

「はい」

「以前も申し上げましたが、つくも君と特別養子縁組を組むためには配偶者が必要ですので、未婚であるお二人はこれが出来ません。また普通養子縁組は成人であれば可能ですが、「養子となる子供」優先の特別養子縁組に対して、普通養子縁組は「養親となる成人」優先ですので目的が一致しません。里親制度もありますが、里親が里子に関わってあげられるには18歳までというタイムリミットがあります。どうなさいますか?」

「えっと……目的が一致しなければ、普通養子縁組も無理なんでしょうか」

「無理、と断言はしません。しかし普通・特別どちらにおいても、養子縁組を締結するにあたって家庭裁判所に申告が必要です。この時、目的が異なる主張は弱く捉えられがちですので、できれば養親となる方に相応の事情を作っていただいた方がスムーズかつ確実です」


 となると、やっぱりこの状況で一番自由に動けるのはあたしだ。

 異性との結婚が一番考えにくいという説得力は紫織の方が強いけど、紫織は家が厳しい。本人の同意なしに婚約をどうこうみたいな、時代モノの悲恋物語みたいなことは、紫織以上に絹衣さんがブチ切れるだろうから大丈夫だと思うけれど、さすがに独身を放置はしてくれないだろう。

 橙花はといえば、あれは束縛という意味では無害なんだけど、父親の素行と態度がシンプルによくない。そんなだから当然ながら橙花との仲までよくない。

 橙花が養子を持つとなれば、それが自分や橙花やつくもにとって良いか悪いかは彼にとって問題ではなく、ただ単に橙花が自分の判断でしようとしたことを頭ごなしに否定する。

 その点、あたしは両親が海外移住してて連絡がとれなかったからって適当な言い訳もできるし、そもそもあたしの今の両親って男女ペアじゃなくて、あたし自身は片方の連れ子だから仮に紫織をもらうことになったとしても否定はしないだろうし、どう転んでも「まぁたぶん大丈夫でしょ」の範囲内なんだよね。


 ただ、だからこそ心配な部分がないとも言えない。そも、同性婚が認められたのって3年前なんだよね。だから当然だけどうちのお母さんたちが結婚したのも3年前で、それまではあたしの実のお父さんが居たわけなんだけど、そのお父さんがバカやらかしてお母さんに愛想を尽かされつつも家庭内別居みたいなのが何年も続いてたんだけど、それをずっと支えてくれてたのが当時のお母さんの大親友で、今でいう「もう一人のお母さん」なんだよね。

 つまりは、あたしんちの家庭環境とか経緯とか考えると、絶対につくものためにならないような部分も無いわけじゃないんだよ。

 もしあたしが紫織とくっついたら、つくもの両親は両方とも女の人で、その片方の親も祖母と祖母なんだよね。同性の相談相手がいないのは……あんまりよくないと思う。

 でもかといってあたしが男作れるかっていったら……見てわかる通りあたしって長身だし出るとこ出てないし腹筋は割れてるし肌は褐色くろいし髪も短いし可愛い系の顔でもないんだよねー。もしこれで「そこがいいんです!」みたいな男がいたらそいつはそいつで絶対に変な性癖シュミもってるだろうし……。





 そしてつくもがドロップアウト家に来てついに一か月。

 その後もしばらく、児童相談所と家庭裁判所に行き来しながらあちらの説明とこちらの質問を繰り返し、結果的にあたしがつくもと普通養子縁組を組むことになった。

 住所もこちらに移し、現在は三色村の中学校に通っている。三色中学校はもう10年以上前から1・2年が複式学級になっているので、同じクラスで勉強する同学年の子たちからは大人びた振る舞いから頼りにされているらしく、先輩からは愛嬌のある見た目や態度で可愛がられているみたいだ。時々、何人かの友達を連れてうちに遊びに来ることも増えてきた。

 どうやら紫織の美貌は子供たちの目からしても明々白々であるようで、紫織がたまに告白されているのを畑から遠目に見かけることもある。ごめんよ少年、そのお姉さん男の人ダメなんだ。そしてたぶんそのお姉さんはあたしのこと好きなんだよね、自惚れとかじゃなく割とマジで。本当にすまない。


 あたしはというと……なんか女子からの距離がエグいレベルで近い。嘘でしょキミら、と言いたいところだけれど、陸上やってた頃は男子より女子に囲まれてた記憶がある。今思うとあれってそういう意図でみんな寄ってきてたの? だとしたら当時の子らは今すぐ純粋に走りを褒めてもらってたと思って喜んでたあたしの無垢な心に謝ってほしい。

 ていうか当時はあたしノーマルなんだよね。普通に彼氏とかほしかったからね。だっっっれも声すら掛けてこなかったけど!!


「橙花姉ちゃん、これなんて読むの?」

「くちなし」

「これは?」

「いちじく」

「じゃあこれ」

「さぼてん」

「……ほんとだすげー! 橙花姉ちゃんただの遊び惚けてるバカじゃなかったんだ!」

「いやスマホで検索するくらいなら聞かなくても……なんだとコラー!」


 橙花は……まぁ男女関係なくあんな感じ。男女問わずちょっとクソガキっぽい子からめちゃくちゃ好かれてる。

 いや本当にこれに関してはなんだろうね。橙花は別に頭悪くないし、なんならけっこういい方なのにね。だとしても少なくとも第一印象で「頭よさそう」とは絶対ならないんだよね。


「紫織お姉ちゃん、おやつありがとう」

「どういたしまして。美味しかった?」

「うん! 今度わたしにも作り方とか教えて!」

「いいわよ。シロくんと仲良くしてくれる子は大歓迎よ」


 紫織は……おやつ出せるのずるいよね。まぁ男子人気あってもすぐ玉砕するし、女子もそこらへん気にしてなさそうだから普通に「綺麗で料理もお菓子も上手なお姉さん」ポジションを確固たるものにしてるんだよね。あれはあたしには無理。いや別にできないわけじゃないけど紫織と比べるとね……。

 あとなんか気付いたらつくものこと「シロくん」って呼ぶようになっててあたしちょっとジェラシーだなぁ! あたしだってつくものことあだ名で呼んでみたいのになぁ!

 学校いくまでは二人とも母屋にいることが多くて勉強とかも教えてたから、あたしと橙花に比べて接する時間が多かったからだとは思うんだけど、これあたしは紫織とつくものどっちにジェラってるのかあたしが一番わかってないんだよね!


「紅葉さん! 今日も勝負しに来ましたよ!」

「おっ、懲りないねーキミも。いいよ、じゃああっちの貯水池までね。他に誰かやる子いるー?」

「あっ、オレもやりまーす!」

「中1にもなってかけっことかお前らガキかよ」

「負け回避の言い訳か?」

「やってやろうじゃねぇかよこの野郎!」


 で、なんかあたしはあたしで「めっちゃ足はえー姉ちゃん」ポジションをゲットしたんだよね。

 いやまぁ元陸上女子としては不満はないんだけど思春期男子が年上の女性に対して寄せる評価がそれなのはさすがのあたしでもちょっと傷付くよねぇ!

 まぁ、今日も今日とてスピードクィーンの座を欲しいままにしてしまったんだけど。


「なんで俺らが学校いってる間ずっと畑仕事しといてこんなに体力あんだよこのねーちゃん……」

「前世は韋駄天であらせられる……?」

「なんならチーターの擬人化だろ……」

「老後はジェットババアじゃん……」

「そっちから勝負ふっかけといて言いたい放題言うねキミら!」

 

 こうして、ようやくつくもの「普通」が始まった。

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