日常2 ――(女としての)初登校は割と騒ぎ――

「はぁっ、はぁっ……ま、間に合ったっ……!」


 猛ダッシュで学園へ登校し、ガラッと勢いよく扉を開けて教室へ。

 その音に釣られて、中にいたクラスメートや他クラスの生徒がこっちを見る。

 うっ、なんだろう、この何とも言い表し難い視線は……。


『……誰だ? あのクッソ可愛い女子』

『ってか、男子制服? なんでだ?』

『いやいや、それ以前によ……』

『『『胸、めっちゃでかくね?』』』


 ゾクッ――!


 な、なに? 今、背中がざわっとしたんだけど……!?

 それに、なんだか胸に視線を感じるような……。


「あ、おっそーい! まったく、何してたのよ、要――じゃなかった、奏!」

「いやー、お前、制服だっぼだぼだな! あっはっは! こりゃ面白い!」

「……二人とも、楽しむのは良いけど、僕はこれっぽっっっっっっちも! 楽しくないからね」


 朝からテンション高く、僕の姿を見るなり楽しそうに笑う二人に、僕はジト目で気持ちを表す。

 他人事だから楽しいと思ってるんだろうけど、僕は全然楽しくない。


「ってか、お前女子制服じゃないのな」

「当たり前だよ。女子の制服なんて持っているはずないし。むしろ、持っていたら怖いよ」

「でも、奏のお姉さんなら持ってるんじゃないの?」

「……あー、お姉ちゃんの制服、サイズが合わないと思う」

「「……なるほど、身長か」

「……うん」


 僕にはお姉ちゃんがいて、そのお姉ちゃんはこの学園の卒業生。

 だから、家にはお姉ちゃんの制服があったりするんだけど、今しがた僕が口にしたように、多分サイズが合わない。

 僕のお姉ちゃんは、僕よりも背が高い。

 あと、ある箇所が大きいです。

 どことは言いません。


「ってか、お前の姉さんにこのこと言わねーの?」

「言ったら大変なことになるのは目に見えているので言いません」

「ま、それが賢明な判断だわな」

「そうねー。……というか、あの人に知られたら、あたしが殺されるわ」

「そういやあの人、俺たちに対してちっと厳しいとこあっからなー。理由はわかってるが」

「……お姉ちゃん、二人の悪ふざけに巻き込まれている僕を心配しているからね……」


 事実、過去に二人はお姉ちゃんに殺されかけたことがあった。

 あれはたしか……僕がスーパー〇イヤ人のように、一時的に金髪になって、力が倍増する装置だったかな。


 後日、死ぬほど体が痛くなったことを知ったお姉ちゃんが怒って、


『あのクソガキ二人を一狩り行ってきます』


 とか言って、鉈と日本刀持って家を出た時は焦ったよ……。


 お姉ちゃん、無駄に強いんだもん。


『な、なぁ、話してるとこわりぃんだけどさ……』


 と、僕たち三人が雑談をしていると、クラスメートの男子が僕を見ながら話しかけて来た。

 見れば、男女数人が一緒にいた。


「ん、おう、なんだ?」

『いやー、お前らが仲良く話してるその可愛い女子って……誰?』

「あ、そっか。そう言えば、みんなは知らなかったわね。ってか、知ってるとすれば、アレを見た人くらいか」


 そのアレっていうのは、十中八九あの動画のことだろうなぁ……。


 今後、僕をあの動画に出演させる! みたいなことを言っていたし、確実に二人なら仕掛けてきそう……。


「えー、こほん! ここにおわします、どこからどう見ても銀髪蒼眼の美少女は、何を隠そう! あたしの発明品によって性別が入れ替わった我が学園のブレーキこと、杠葉要君でーっす!」

「なんでそんなに大々的に言っちゃうの!?」


 嬉しそうに大声で説明する陽菜に、僕も僕で大きな声でツッコミを入れ、クラス内は陽菜のセリフでシーンと静まり返っていた。

 そんな中、京也だけはおかしそうに笑ってるけど……!


『……はは! いきなり何を言いだすかと思えば……』

『いくら天災少女って言ってもさ、それはないって』

『うんうん。むしろ、そんなとんでも発明しちゃったらノーベル化学賞どころか、オタ界隈で戦争になっちゃうって』

『もしあるのなら、私は使ってみたい。何度男になりたいと思ったことか』

『わかるわかる。正直女子って辛いし、男になりたいわー』

『俺は逆に女子になりてぇ』

『金銭的な意味で優遇を受けられそうだしな』


 と、さすがに陽菜の発明を知っている人たちでも、性転換装置に関しては信用している様子がない。

 日常的な爆発や、全身という全身から毛が生える薬に、一時的に小人になる薬などなど、そう言った物に対しては信用するのに、性転換装置は信用しないのってどうしてなんだろう。


 それにしても、性別を入れ替えたい人、結構いるんだね。


「おーっと? このあたしの世紀の大発明を疑っていると? もし疑っているのならば、あたしの新作の防犯道具の実験台になってもらおっかなー?」

『『『すっげえ! マジ天災少女すっげぇ!』』』


 陽菜がニヤッとしながら実験台にすると言うと、男子のみんなが180度態度を変えて、陽菜を褒め称えた。


 わー、手の平ぐるんぐるん……。


 まあ、陽菜と同じクラスになる=地獄の日々の始まり、という風に認識されている時点で気持ちはわかるけどね……。


 それに、僕は昔からずっと陽菜と同じクラスだったりするし、それにも理由があります。


 簡単に言ってしまえば、先生方はブレーキが欲しいわけです。


 周囲からは問題児扱いされ、嫌われるまでは行かないけど、どちらかといえば避けられるタイプの陽菜。

 何らかの特別教室を作って隔離したい。

 でも、一人だと何をするかわからない。

 そんな時に、普段から一緒であり、何かと諫める立場だった僕に白羽の矢が立ち、ずっと同じクラス、同じ学校になっています。


 中学生になると、そこに偶然京也が混ざり、余計に大混乱。

 それ以降、僕は二人のブレーキ役として同じクラスに放り込まれることとなりました。


 つまり、クラス発表の際、僕たち三人の内誰かを見つけてしまったら、確実に天災クラスになるわけですね。


 実際、この学年の生徒は新学期始まってから一番祈るのは、好きな人と一緒になりますよに、とか、仲のいい友達と一緒になりますよに、とかではなく、天災少女と一緒のクラスになりませんように……! だからね。


 一種の疫病神でしょうか。


 まあ、先生が分散させたくないそうなので、一塊に、ということみたいですが。


 と、そう言う理由で、陽菜がいるクラスは通称『天災クラス』と呼ばれます。チラッとさっき言いましたけど。


 元々、陽菜が天災少女と呼ばれているので、それが名前の理由だと思います。


 ちなみに、陽菜は基本女の子相手に発明品を使うことはありません。大体は男子相手です。

 たまに、女の子向けの発明品を作って、それを試してもらうことはあるけど、その場合は事前に僕と陽菜で実験しているので大丈夫(僕は大丈夫じゃないけどね!)です。


『……え、じゃあ何? そう言う反応って言うことは、この超可愛い女子って、杠葉君なの?』

「え、えーっと……うん……昨日、ちょっと色々あって、ね……」


 苦笑いを浮かべながら、クラスメートの女子生徒の質問に肯定の言葉を返す。


『うっそ!? あの人畜無害な杠葉君が、こんな可愛い女の子に!?』

『たしかに去年の女装は似合ってたけど……これもう、別人じゃん!』

『ってか、まつげ長いし、肌綺麗だし……くっ、何この敗北感っ! 後出し女子のくせにぃ~~~~っ!』

「あ、あははは……えっと、その……ご、ごめんね?」


 女子のクラスメートに嫉妬され、なんとなく謝る。


 発明ばかりで、どちらかと言えば無頓着寄りな陽菜でも、何気にそう言ったことは気にしているので、なんとなく女子のみんなが言いたいことはわかります。


 髪の毛のケアや、スキンケア、日焼けにシミ、その他諸々気にしているとか。


 僕は元々男なので、その辺り特に気にしないけど……それってどうなんだろう?

 一応、今は女の子だし……って、いけないいけない。

 そういう考え方は、多分、男に戻った時にちょっと面倒くさいことになりそう。


 僕は男……僕は男……!


『どうしたの? 杠葉君。難しい顔して』

「あ、ううん、ちょっと考え事。気にしないで」


 男としての葛藤をしていた、なんて言えない。


「……そういや、今日体育あるけどよ、この場合要ってどうなるんだ?」

『『『……たしかに!』』』


 ……言われてみれば、どうなんだろう?


 一応、体操着は持ってきたけど、この場合、僕は女子の方に交じって体育に参加するのが正解なのか、それとも元々の性別を考慮して、男子の方に交じって参加するのが正解なのか……わからない。精神は男でも、体は女の子だし……。


『まあ、今の杠葉君はどこからどう見ても立派な女子だし、女子グループじゃない?』

『いやいや、今まで杠葉はこっちでやってたんだぜ? そりゃぁ男子グループだろ!』

『は? バカじゃないの? こーんな可愛い女子を、あんたたちの方に行かせるわけないじゃない、常識的に考えて』

『はー? 普通に考えろよ、昨日まで男子だったんだぜ? やっぱ、杠葉的にも男子に交じってやった方が気楽だって。なぁ?』

「え、えーっと……どう、だろう? たしかに、気楽かもしれないけど……」

『ほれ見ろ。こっちでやるべきだって』

『そんなこと言って、どうせ美少女になった元男の娘と体育を一緒にやって、触れあいたいだけじゃないの?』

『ち、ちげーしっ? 純粋に、こっちの方が気楽かなーって、思っただけですしっ?』


 ……うん、ダウト。


 僕も年頃の男なわけで、まあ、その……一応、そういう知識もある、わけで……。

 何が言いたいかは一応わかるにはわかる、かな。


 細かいことはわからないけど、大雑把になら陽菜と京也のせいで頭に入っているし……。


 インターネットと脳を接続する装置を使った時は、色々と酷かったなぁ……。

 おかげで、純粋だった僕は、その一件以来汚れてしまいましたしね……。


「おらー、お前ら席つけー……って、ん? 誰だお前。お前みたいな無駄にきらっきらした美少女いたか? おい」


 いつの間にか時間になっていたのか、不意に若い二十代後半か、もしくは三十代前半くらいの人が入って来た。


 髪の毛は少しぼさぼさで、髭も伸びていて、それでも元々の顔立ちは悪くないので、何と言うか、あまりマイナスな印象を受けない人。

 この人は僕のクラスの担任の先生、八色やくさ先生です。

 担当科目は国語。

 先生らしからぬ言動、行動をするので、たまに教頭先生に注意されているところを見かけることがあります。


 基本的にジャージ姿で、背中もちょっと曲がっていますが……結構いい先生です。


 割と適当で、面倒を起こさなきゃ自由でいい、がモットーだそう。


 とはいえ、はしゃぐような場面の時は、一緒になって遊んじゃうような、生徒寄りの先生として人気が高いです。


 容姿自体も、ちゃんと整えればかなりカッコいい人なので、隠れファンのような人もいるとか。


 そんな八色先生は、教室に入るなり僕を見て目を丸くして驚いた後、怪訝そうな表情を浮かべた。


「あ、先生。昨日からしばらく、私の幼馴染が女子になりました」

「ってーことは何か? この無駄に美少女な銀髪女子は、あの杠葉要か?」


 いつもは抑揚があまりない声で話す八色先生だけど、今回ばかりはさすがに驚いているのか、普段よりも抑揚がある声音。


 それにしても、無駄にって……。


「YesYes! いやー、昨日ちょーっと新たな発明品が完成して、要で実験。見事成功! でも、発明品はぶっ壊れて現世から離脱! 作り直そうにも、半導体不足で製作ストップ! 結果、しばらくの間要は奏ちゃんとして女子生活!」

「はー、正直、天彩のことは天災とか天才とか思ってはいたんだが……まさか、そんなやべー発明もしてしまうとは。これには、さすがの俺も気怠さなんてどっか飛んでいっちまうレベルだ」


 先に、天災の方を持って行く辺り、先生も陽菜のことよくわかってるよね。


 去年も担任の先生、八色先生だったし。


 ……まあ、ちょっとした裏話をすると、陽菜に適応できる先生が、八色先生だけだったから、今年も担任の先生になっただけ、なんだけどね。


 他の先生だと、何をされるか、もしくはどんな問題を起こされるかわからない恐怖で、胃に穴が空いたり、ストレスで偏頭痛を起こしたり、鬱になったり、一人旅に出る人が出たりするため、八色先生くらいのノリと性格の先生じゃないと、まともに一年を過ごせないため、任命された(押し付けられたとも言います)そうです。


 ちなみに、陽菜の発明によって、教頭先生は常に胃薬を常備し、問題が起こる度にフリスクを食べるが如く綺麗に口に放り込むとか……。


 幼馴染として、すごく申し訳ない気持ちになります……。


 ……そう言った理由で、教頭先生とも結構話したりするんですけどね、僕。


 話すと言うより、愚痴を聞くに近い、かな。というより、100%そう。


 もっとも、それは教頭先生に限ったことじゃなくて、ほとんどの先生がそうなんだけどね……。


 僕としても幼馴染が問題を起こすことに関しては申し訳なく思っていて、その気持ちをどうにかするために、教頭先生の愚痴を聞き始めています。


 そんなことをしていたら、被害に遭った先生たちからもなぜか相談され始めて、その内愚痴を聞くようになったら、今度はこのことが先生の間で密かな話題になっていました。そうして、気が付けば僕は、学園の先生方から『愚痴り屋』として有名になっていたという……。


 これに関しては、慣れていないと本当に精神を病みそうなので、これくらいお安い御用なんですけどね……。


 ちなみに、この件がきっかけで、僕の場合部活を掛け持ちしています。


 一つは、陽菜たちと同じ(強制的に入れられました)特科研で、もう一つは学園の人たちの悩みを聞く部活(僕一人)、『相愚部』です。

 基本、相談を聞いたり愚痴を聞いたり、っていう部活動なので、その二つを合わせた名前になっています。

 なんでもいいので。


「……で、天彩の言う通りなら、お前はうちのクラスの人畜無害且つ、『相愚部』の一人部長の、杠葉要でいいんだな?」

「あ、はい。そうです」

「なんだ、お前女子になった割に、随分とあっさりしてんな?」

「……あはは、陽菜の発明品トラブルには慣れっこですので……」

「だろうな。じゃなきゃ、こいつは速攻独りになるだろうしな! はっはっは!」

「まあ、要は昔からぽわぽわしてるしねー。あたしとしても、そんな要だからこそ、問答無用で巻き込めるわけだし」

「陽菜、巻き込む前提はやめてね?」


 そもそも、僕だって仏様って言うわけじゃないんだから。

 僕だって怒る時は起こるし、現に昨日は怒ったし……。


「いやー、俺としてはお前たちのような騒がしい奴らの担任で毎日が適度に楽しいがな。お前らの担任を押し付けた他の教師には感謝感謝」


 いつになく上機嫌な八色先生。

 僕たちのこと、そんな風に思っていたんだ。

 ……この先生の性格なら、ある意味当然かも。


「……んで? さっきまでお前たち、なーんか騒いでたみたいだが……どうしたんだ?」

『あ、それなんですけど先生!』

「お、おう? なんだ?」


 ずいっとクラスメートの女子の一人が先生に顔を近づける。

 先生はその勢いに気圧されて、少しのけぞった。


『今日、うちのクラスって体育があるじゃないですか』

「んー……あ、ほんとだ、マジである」

『先生、自分のクラスの時間割くらい憶えてくださいよ』

『『『うんうん』』』

「いや、俺の担当は国語だし、それだけ憶えてりゃいいし」


 教師として、それはどうなんだろう……。

 面倒くさがりな人が先生になると、こうなるのかな。


「……で、体育がどうかしたのか?」

『そう、それです!』

「ど、どれだ?」

『こっちの美少女を見てください!』


 そう言って、僕のことを指さす。


「ん? あぁ、まあ、美少女な杠葉がいるな」

『そうです! 美少女な! 杠葉君がいます!』

「……それが、どうしたんだ?」

『だからですね、この場合、杠葉君は男子と女子、どっちの体育に参加するべきなんでしょうか!』

「…………………………………………あぁ! そういうことか!」


 ぽん、と30秒くらいの間の後に、手を叩いてようやく納得した、という表情を浮かべる先生。


(((理解おっそ!?)))


 今一瞬、クラスのみんなの思考がそんなツッコミで一致した気がします。


「なるほどなるほど。そういうことか」

『女子ですよね!?』

『男子っすよね!?』


 と、男女それぞれで、先生に詰め寄る。


 詰め寄られた先生は腕を組んで、少し唸った後、


「いや、女子に決まってるだろ」


 そう言った。


『『『ヨッシャッ!』』』

『『『畜生!』』』


 女子はなぜかガッツポーズし、男子は四つん這いになって床を叩いた。


 ……えーっと、これはどう反応すればいい、のかな? 当事者的に……。


「……というかだな、一応教師として言わせてもらうぞ。そもそも、いくら中身が男とは言え、こんな健全な男子高校生には目の毒、有害、性の対象にしかならない奴だぞ? しかも、中身もある意味完璧な美少女。そんな奴が、一緒に体育をやるとか……何か間違いが起こったらどうするよ」

「先生、殴っていいですか?」

「はは、温厚な杠葉がこんな狂暴なこと言うわけないだろー。第一、本当のことだぶげらっ!?」


 ぺしんっ!


 茶化すように言う先生の右頬めがけて軽いビンタをお見舞い。

 さすがに、今の言い方はちょっと……。


「今のは先生が悪いわね」

「悪いな」

『先生が悪い』

『サイテー』

「……俺、もしかして嫌われてんの……?」


 ビンタされたところを手で押さえつつ、少しだけ悲しそうに零す。


「言い方が悪いです」


 正直、さっきのはいくらなんでも怒らないわけがないですし。

 元男であるからこそ、怒ると言う物です。


「……すまん。男子共に対し、世の男たちが思うことをちょっと、な? ほら、二次元でもよくあるだろ……? 性転換した元男が無駄にモテて、薄い本な展開になるとか……」

「先生、これは現実です。混同しないでください。あと、まだふざけるようなら、もっと強いビンタ、行きますか?」


 真顔で僕がちょっとだけ怒りを滲ませた声音でそう言えば、


「すんません、マジ勘弁してください」


 八色先生は綺麗な土下座を決めた。


「はぁ……。先生。教師なんですから、せめて一歩引いて物を言ってください。あと、生徒相手に土下座はどうかと思います」

「いや、だってお前怖い……」

「何か言いましたか?(にっこり)」

「なんでもないっすマム!」

「……たまに、先生が本当に先生なのかわからなくなります」

「奇遇だな、俺自身もそう思う」

「それならもっとしっかりしてくださいよ……」

「俺にそれを求めるか? 普通」

「威張らないでください」


 軽い調子の先生に、僕は思わずため息。


 ……そうです、さっきも色々と説明しましたが、この先生は色々とこう……子供っぽいと言いますか、本当に学生寄りの先生なんです。


 むしろ、先生というより留年した生徒、みたいな感じだし……。


 それから、さっき僕が教師に手を上げる、なんて第三者目線からすれば、一発で停学、最悪の場合退学すらあり得るようなことをしても、この先生は怒りません。


 むしろ……


『あー、今日から一年、お前たちの担任になった、八色だ。俺は正直、教師とかって柄じゃないが……まあ、金のためと、安定した生活の為、仕方なくやっている。……あ、教師だからって変に遠慮すんなよー。俺相手なら敬語もいらんし、殴りたいこの笑顔、とか思ったら普通に強烈な右フックをしてもいい。なんだったら鳩尾にボディーブローもいいぞー。もちろん、俺は問題にしない。だが! それは俺が悪いことにした時にしろよー。以上だ。んじゃ、一年よろしくなー』


 って、始業式の日に自己紹介するような先生なので……。


 そのため、この先生はちょこちょこさっきみたいな発言をして、軽く小突かれたりしています。


 でも、そう言った友達のような気安い関係性だからこそ、人気があるわけで……。


 僕としても嫌いじゃないです。


 ……ただ、こんな風に生徒相手でもすんなり土下座しちゃうような先生なので……たまに情けなくなります。


「……ともかく、だ。こいつは女子グループに交じって体育をやれ。あ、着替えも女子更衣室な。天彩、色々と手伝ってやれ」

「はーい! うへへぇ、可愛がってやるぜー? 嬢ちゃん」

「なんで変態風なの!?」

「その方が受けるかなと」

「受けない! むしろ滑ってる!」


 しかも、手をわきわきさせながら言うのも地味に嫌!

 マッドサイエンティスト、つまりある種の変態だから、そう言うのが上手いのかなぁ……。


「いやー、今日も朝から要――もとい、奏のツッコミは冴えわたってんなー。よっ! みんなのおかん!」

「一度も言われたことないからね!? それ!」


 おかんじゃなくて、ママならあるけど!


「ははは! いやー、ほんっと面白いよなー、お前たち天災トリオ」

「ちょっと待ってください。え? 僕も天災扱いされているんですか!?」


 聞き捨てならない単語を聞いて、僕は八色先生に叫ぶように尋ねた。

 違うと言ってください!


「まあ、お前はほら、諫める側ではあるが……大体こいつらの発明に巻き込まれて、結果として渦中にいるわけだろ? だからまあ、天災トリオの総受け担当と言われている」

「知らない間に、微妙に不名誉な二つ名がっ……!」


 僕、本当に学園中でどういう風に思われているのかすっごく気になって来たんですが!


「まあまあ、いいじゃないか、お前が全学園生から総受け君と呼ばれるのは」

「よくないですよ!? 第一、僕はそこまで受けじゃないです! 結果的に陽菜と京也の悪だくみに巻き込まれるだけですから!」

「それを受けと言うんじゃないのか?」

「違います!」


 なんだかもう、月曜日の朝からめ滅茶苦茶だよ……。


「まあ、何はともあれ。ささっとHRすんぞー。ほれ、総受け担当、席着けー」

「普通に名前で呼んでくださいっ! 教育委員会に訴えますよ!?」

「そいつは困る。仕方ねぇ……杠葉奏、さっさと席着けー」

「名前が違うんですが!?」

「いやほら、今さっき財部が言ってたしな。……実際、そうなんだろ? 問題児×2」

「もちろん! というか、その姿の時の要は、奏、と呼称することに決まってるし」

「要でもいいけどよ、やっぱ名前が違う方がいいじゃん? 何せ、今のこいつは別人みたいなもんだし、その姿の名前があった方がいいしなー」

「……だ、そうなので、お前はその姿の間、杠葉奏として扱うので、理解しておけよー」


 ……これは多分、僕が何を言っても無駄なんだろうなぁ……。


 いつまでも同じことを話すわけにもいかないし、何よりこれ以上HRが長引いたら授業に支障が出るので、


「……はい」


 仕方なく承諾することにしました。


 ……朝からこれって……。



 HRが終わり、授業開始。


 つい先週の金曜日まで、僕と言う生徒がいた席に、全く知らない銀髪蒼眼の女子生徒がいる、という事実に対し、授業をしに来た先生は決まって、


『あー……こほん。そこの君。そこは杠葉要君の席なんだが……君は誰だね?』


 と言ってきます。


 ……気持ちはわかります。

 見慣れた生徒じゃなくて、全く知らない生徒がいたら、誰だって訝しむし、不思議に思うよね。


 僕だって、逆の立場だったらそうだし……。


「……杠葉要です」

『は? 君は何を言うかと思えば……杠葉君はたしかに女性寄りの顔立ちではあったが、それでもれっきとした男子生徒だったんだぞ? それに、彼は銀髪で蒼眼ではない』

「…………陽菜の、発明品です」


 僕が杠葉要であることを話すと、必ずと言っていいくらいに、否定から入ります。

 だけど、これが陽菜の発明品が原因であることを話せば、


『……あぁ、なるほど。つまり、また総受けが発動してしまった、というわけか。それなら問題ない。……では、授業を始める』


 この通り、すんなりと理解してくれます。


 この街に住む人は、陽菜の発明品の厄介さを知っているし、何よりこの学園にいる人たちは、去年から陽菜の発明品に少なからず振り回されることもあったため、結果として陽菜の発明品が原因です、と言えばすぐに納得してもらえます。


 ……性別を入れ替える発明をしても、驚かれる以前に納得されると言うのは、陽菜の規格外っぷりを知っているからなんだろうけど……。


 ……兎にも角にも、こんな風に授業が進み、問題の体育の授業。


『あー……話には聞いたが……杠葉、でいいんだよな?』

「はい」

『……女子になった、とは聞いていたが……なるほど。信じがたいが、どうやら本当らしい。しかも、天災の被害とは……お前も大変だな』

「……はい」


 体育の先生は、僕の事情を察してか、すごく同情した目を向けてきました。

 ……今回の場合は、かなりぶっ飛んだ方向だったからか、何気に精神的に来てるのかも……。


 はぁ……。


 慣れたには慣れだけど、こればっかりは……。


『……まあ、ともかくとして、その姿の間は女子グループとして参加することになる。……まあ、お前は学園随一の常識人且つ人格者だからな。特に問題もないだろう。見たところ、女子からは受け入れられているみたいだしな』

「あ、あははは……」


 ……この辺りは僕自身も反応に困り、乾いた笑いを零すことしかできなかった。


 普通、元男が女の子になって、その上で女子グループに混じって体育をするのって、嫌だと思うんだけどなぁ……。


 意外と女子って、その辺り寛容、なのかな。


 なんて思ったりした。



 さて、体育の授業中の風景を……と言いたいところなんだけど、この辺りは割愛。


 だって、特に何もなかったもん。


 あるにしたって、僕が動く度に揺れる胸に視線が来て、それに気が付いた陽菜が怒って、発明品でお仕置きをした、くらいなので。



 それから平穏に体育を終え、着替えを済ませた(女子更衣室じゃなくて、特科研の部室で)後は、いつもと変わりなく授業を終え、昼休みにやたらと見られていたこと以外はこれといって問題もなく、一日を終えられました。

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