配信1 ――初配信前――
そして、家に帰宅するなり、
「さぁ! 早速記念すべき第一回の撮影をするわよ! 奏!」
Tシャツにプリーツスカート、それから白衣を着た陽菜が、僕の家に乗り込んで早々、そう言い放ってきた。
……。
「あの、さ。あれって……マジなの?」
「マジに決まってるじゃない。っていうか、昨日の生放送は大成功だったのよ? しかも、あの配信の後から、ずっと登録者がどんどん増えてるし、高評価もかなり付いてるわ。さらに言えば、奏を早く出してほしい! っていう声が多数」
「えぇ……」
どこの誰とも知らない、動画投稿のどの字すら知らないような、ド素人の配信なんて見て、一体何が面白いんだろう。
「なので、あたしと京也としてはさっさと奏を出したいのよねー。どうせ、しばらくはその姿で固定だし」
「そうなった原因は、どこかのマッドサイエンティストさんと愉快犯さんなんですけど?」
「あ、あははは。細かいことを気にしてると、老いが加速するわよ?」
「あれを細かいこと、で済ませられるのだとしたら、僕はかなり老いてるよ」
少なくとも、髪は白髪だらけで、皺も増えてるんじゃないかな。
「……と、ともかく、撮影するわよ!」
あ、逃げた。
……まあ、立場が悪くなると、こうやって露骨に逸らすことはいつも通りだからいいけどね……。
「僕、了承してないんだけど」
「何言ってんのよ。あんなスタートを切ってしまった以上、奏を出さないわけにはいかないわ」
「それは二人の考えだよね?」
「そうだけど、あたしとしては待ってくれている視聴者を蔑ろにするのはなー、と思ってるわけよ。要だって、無理やりとは言え、一度動画投稿者として出てしまった以上、申し訳なく思わない?」
「それはないね」
「どうして!?」
「どうしてって……今、自分で言ったよね? 無理矢理って。まあ、たしかにあんなことを言ってしまった手前、ちょっとは思うけどさ」
陽菜が言うように、たしかに強制的に出させられたけど、それでもほんのちょっぴりは申し訳ない、かな? なんて思います。
でも、それはそれと言いますか……。
「それならいいじゃない! 大丈夫よ! ほんのちょっと出演して、質問に答えればいいだけだから!」
「そうは言っても……」
今まで、陽菜と京也から『これだけでいいから! お願い!』と言われて、その通りにやっていいことがあったためしはほとんどないです。
完全に0というわけではないけど、それでもほんの僅か。
それを知っていて受けた僕も僕だけど、それは少なくとも身内だけだったからなわけで、今回のように不特定多数の人が関わってくるような大事はしてこなかった。
だからこそ、今回のことに関しては素直に頷くことができなくて……。
そもそも、僕はあまり目立つことが好きじゃない。
これが、目立ちたがり屋とか、そう言ったことに関して気にすることなく、何事も前向きになれる人であれば、この状況を前向きに楽しめるんだろうけど、僕が求めるのはそういった非日常的なものじゃなくて、どこにでもある平穏な日常。
ここで動画投稿に協力することにしちゃったら、確実にそこから乖離するのは自明の理。
だから渋るわけで……。
「お願い! 奏だけが頼りなのっ! 変な企画はしないし、危険な目に遭わせないから!」
「そう言われても、今まで散々振り回されてきた上に、今回はこんなぶっ飛んだことをされたんだよ? それでお願いされて、うん、いいよ、とはならないよ」
「うぐっ……」
僕の反論に、陽菜は言葉に詰まる。
「で、でも、ああも人気が出ちゃったら、やらなきゃって気持ちになるし、何より、その……」
「その、何?」
「こんなに可愛い幼馴染を紹介しないとか、頭おかしいじゃない!」
「……えぇ?」
もしかしなくても、それが理由……?
こんなに可愛い幼馴染を~、とは言うけど、銀髪蒼眼になっている理由って、陽菜の趣味だから、ある意味自慢したい、のかな?
……あ、あり得るっ……!
そもそも陽菜って、自分の発明品を惜しげもなく披露するし、なんだったらそれが一番したいがためにやっているんじゃ? と思えてくるような状況ばかり。
そう考えると、今回もそれと同じ考えなのかも。
「というわけで、お願い! 是非とも配信者になって! というか、昨日あんなことを奏が言った以上、やらなきゃ詐欺よ!」
「あれは、陽菜が言わせただけじゃん……」
「それはそれ! 奏だって言ってるわけだし、別にいいじゃん! お願いお願いお願い!」
まるで駄々っ子のように、必死にお願いしてくる陽菜。
こうなっちゃうと、梃子でも動かないからなぁ……。
……はぁ。
「わかったよ。受けてあげる」
「いいの!?」
僕が了承すると、陽菜はがばっと顔を上げて、目を輝かせた。
うわー、なんて綺麗な目……。
「これ以上渋っていても、陽菜の発明品で何かされそうだからね……」
「さっすが奏! そうこなくっちゃね!」
僕が承諾すると、陽菜は調子のいいことを言う。
「言っておくけど、あんまり無茶なことはしないからね? 絶対しないよ?」
「もっちろん! 今回はただの自己紹介と雑談だから、安心して!」
「……陽菜の安心してほど、信用できないものはないよ」
今まで、その言葉に騙され続けてきたからね、僕。
「あははは、照れるわねー」
「褒めてないから」
あと、どうやったら今の発言を誉め言葉として受けとれるのかがわからない。
もしかして、マッドサイエンティスト的には、そういう発言の方がプラスに感じるのかな?
……ありそう。陽菜だし。
「というわけで、早速着替えるわよ、奏!」
「あ、ちょ、ちょっと押さないでぇ!」
にっこにこ笑顔の陽菜に、背中を押されながら、僕は地下室へと連れていかれた。
そんなこんなで、知らない間に用意されていた衣装を身に着け、女の子になった例の広間のソファに座る。
配信が始まるまで、ここで待機、と言われたんだけど……。
「ね、ねえ、陽菜、京也。この衣装って……」
その待機時間、僕は配信の準備をして待っていた京也と陽菜に、今着ている衣装について、頬を引き攣らせながら、尋ねていた。
そう……この、無駄にアイドルっぽい衣装は何か、と。
かなりひらひらしてるし、ミニスカートだし、肩はちょっと露出してるし、さらに胸元も少し開いてるんですが……。
もっと言えば、明らかに衣装のデザイン、質など、かなりレベルが高く、明らかにかなり前から用意されていたようにしか思えない。
「いやまあ、計画してたし」
「でもこれ、明らかにその……可愛い系だよね? これでもし、僕が可愛い系じゃなくて、ボーイッシュ系とか、綺麗系の姿になってたら、絶対に変だったよね?」
「そう? あたしの予想では、絶対にどんな服を着ても可愛くなる! なんて自身があったからそんなデザインにしたんだけど……ふむふむ。最高ね!」
ぐっ! と満面の笑みでサムズアップをする陽菜。
なんだろう、僕、陽菜に弄ばれてるような……。
「それで、京也。今、待機人数どれくらい?」
「すごいぜ、陽菜。一万弱くらいいるぜ」
「そ、そんなにいるの!?」
暇な人多くない!?
「そっかそっか! 順調みたいね! これなら、割と早い段階で収益化できそうね」
「収益化? 収益化って言った!?」
もしかしてなんだけど、僕を動画配信者にしようとしてるのって、お金じゃないよね!?
「言ったけど、それはあれよ? 別に奏を金儲けの道具にしよう、なんて思ってるわけじゃなくて、いろんな道具が欲しいからよ」
収益化の部分は認めたものの、陽菜はそれで得た資金は別の物に使いたいと言い出す。
「道具?」
道具って言うと、あれかな。
よくみる動画投稿者の人たちみたいな、何らかの玩具とか?
あ、でも、陽菜が関わってると考えると、何らかの機械の部品、なんてこともあるかも。
「そ、道具。道具って言っても、ゲームとか、遊び道具とかね。複数人でやるゲームに関しては、あたしたちも参加することになるけど……まあ、いいでしょ」
「そ、そうなんだ……」
僕の想像通り、やっぱり玩具等でした。
でも、ゲーム……もしかして、ゲーム実況もやらせようとしたりしてる、のかな?
「あれ? でもそれだと、京也が叩かれたりしない?」
陽菜の説明を聞いて、ふと、僕はそんなことを思った。
「俺? なんでだ?」
「だって、今の僕は女の子だし、陽菜もマッドサイエンティストとはいえ、普通に可愛い女の子。そんな中、男の人が混ざったら、京也が叩かれそうな気が……」
たしかに、男女グループの動画投稿者はいるけど、ああいうのって半々だったり、片方の人数が多かったとしても、3:2みたいな割合。
でもそれは、男性の比率が高かった場合なわけで……。
今回はその真逆。
さすがに、1:2、なんて状況になったら、いろんな意味で京也が叩かれそうな気がするんだけど……。
「……言われてみればそうね。よし、じゃあこうしましょう」
なんて、僕の心配を聞いた陽菜が、悪そうな笑顔を浮かべていた。
「……なあ、俺今、すっげえ嫌な予感がしてるんだが、どう思うよ、奏」
陽菜の悪い笑顔を見た京也は、眉根を寄せて、苦い表情を浮かべた。
「僕はしないよ? だって、僕じゃないし」
「お前、なんだかんだでひでぇよなぁ……」
僕に内緒で、こんなことをさせようとしてた仕返しです。
陽菜が何を言い出すかなんて、すぐに思いつく。
十中八九……。
「京也、あんたも女になりなさい」
やっぱり。
「ほらな! そんなことだろうと思ったよ!」
京也も京也で陽菜の思い付きがどういうものなのか、すぐに思い当たったようで、にっこりととんでもない発言をした陽菜に対して、珍しくツッコミを入れていた。
うん、それがあの時の僕の心境です。
「だって、その方が穏便に済みそうじゃない? それどころか、人気爆発かもしれないじゃん?」
「……それは一理あるかもしれん」
えぇ?
「ってか、あれだな。女の体を知っておくっていうのも、悪くないかもしれんな」
「でしょでしょ? 今の言い方は別の意味に聞こえてくるけど、次の装置が完成したら、京也にも実験しましょ」
「おうよ! 俺も楽しみになってきたし、ちょっと材料を急かしてみるわ」
「お願いね」
……これが、巻き込まれる僕と、愉快犯の京也との違い、か。
僕なら絶対に拒否するのに、京也はそうしないで、ひたすらに面白そう、という単純な理由だけで動く。
僕が間違ってるのかな……?
「っと、そうこうしてる間に、配信時間一分前だ。準備はいいか? 奏」
「正直、よくはないけど……」
「問題ないな」
「話を聞かない……」
僕自身がよくない、とは言ってもこの二人にとっては問題ないと捉えるもんね……。
本当に友達なの? この二人。
なんてことを思っているうちに、ついに配信時間に。
半ば強制だけど、が、がんばろう……!
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