プロローグ3 ――発端と今後――

 少し時間は遡り、要がとんでもない事態に遭遇する発端となったある日のこと。


「ふわぁ~~~……眠い……」

「おーっす、陽菜。眠そうだな」

「えぇ、ようやく新しい発明が完成してね。でも、そのおかげで昨日は徹夜」


 新学期が始まってそんなに時間が経っていないある日。

 登校中のあたしに声をかけたのは、あたしの悪友にして、愉快犯ポジの京也。

 実家は財部グループなんて言う大きな会社らしく、京也はその御曹司なのだとか。

 まあ、家業は兄が継ぐって言ってて、京也は副社長とかその辺りのポジションになるらしいけど。

 本人的には、今の方が気楽でいいとか言ってるわね。


「へぇ、んじゃ後でその発明品と取説みたいなのくれ」

「オッケー。適当に特科研の方に置いとくから、勝手に持ってっていいわよ」

「サンキュ。……っと、そうだ、陽菜に相談があってさ、いいか?」

「相談? 発明の依頼でもしようっての?」

「んや、それしたらお前、マジで大量の金を持ってくじゃねーか」

「発明には、莫大なお金がいるのよ」


 とはいえ、あたし的にはあんまりお金に興味はないけど。

 発明資金にしか考えてないしね。


 生活費的な部分は五万円くらいあればいいし。


 ……あ、もし何だったら、要に嫁いじゃおっかな。

 要なら、きっとあたしを養ってくれるはず!

 だって、甘ちゃんだもの!


 ……なんて、まあそれは最終手段ね。


「で、相談って何よ?」

「おっと、そうだった。いやさ、俺、動画投稿を始めようと思うんだ」

「へぇ~。頑張ってね」

「おう! ……って、そうじゃなくてだな! この件、お前に手伝ってもらいたいんだ。できれば、参加する方向で」

「いや、あたし、発明と要と面白いこと以外には興味ないんだけど」

「え、俺は?」

「んー……ATM?」

「ちょっ、それが資金提供してる男に対する言い方か!?」

「間違いじゃないでしょ?」

「……否定できねぇ」


 がっくりと肩を落とす京也。

 これで、グループ企業御曹司って言うんだから、色々と世の中間違ってる気がするわー。


「まあいいけど、あたしに参加してほしい理由って何よ?」

「っと、その話だったな。いやさ、動画投稿をするにしたって、俺じゃインパクト薄いだろ?」

「……薄い、かしら?」


 京也って、ビジュアル的には普通にイケメンの類だし、さりげなく頭いいし、尚且つ謎のトーク技術があるから問題なさそうだけど……女性相手には。


「薄いんだよ。俺たちの中じゃ、一番濃いのは陽菜で、その次が要だと思ってるぞ、俺」

「まあ、要はあたしの発明品の実験台にされても、ちょっと怒るだけで大して気にしないくらいに豪胆で寛容だし、何より……可愛い。内面と女子力が」

「お前、それあいつに言うなよ? ビンタが飛んでくる」

「……ふっ」

「あ、お前もうすでに喰らった後か」

「……えぇ。あれは痛かったわー……。虫も殺さないくらいにほんわかしてる割には、あたしには平然とビンタとかするんだもの……。まあ、変にフェミぶらないからいいけどね」


 あたしとしては、変に贔屓とかしない要には好感が持てるわ。


 とはいえ、あの子がそんなことをするのは、あたしに対してと、あとは要のお姉さんくらいね。

 他の人には基本的にしないし。

 あれね。親しいからこその行動よね。

 ちょっと嬉しい。


 ……ビンタは、痛かったけど。


 あ、先に言うけど、要は乱暴なんじゃなくて、本気で怒った時にのみ、強烈なビンタが飛んでくるだけで、普段はものっすごく温厚だから。


「で、動画投稿のインパクトだっけ?」

「そうそう。で、考えたんだけどさ、動画投稿は基本要をメインにしたいわけよ」

「なるほど。何気にできそうよね、あの子」


 なんとなく動画を撮影している要を想像。

 元々、ほんわかしてるタイプの存在だし、何気に似合いそう。


「だろ? だから、陽菜にも協力してほしいなーと思ってさ」

「ふむふむ……話は理解したわ」

「お、じゃあ、協力してくれるのか?」

「面白そうだしね。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「いえ、いくら要を出演させても、やっぱりインパクトがないじゃない?」

「……たしかに。要はじわじわ人気が出そうなタイプだしなー。実際、昔からそうだし」

「でしょ? それに、そう言うタイプはたしかに動画とかに向いてるかもしんないけど、出来る事なら一発ドカンと行きたいじゃん?」

「……ふむ。たしかに」


 コツコツ地道に増えていくタイプだとは思うけど、あたしとしてはそういう我慢が苦手。

 どうせなら、一発目からドカンと行きたい。


 そうなってくると、何らかの方法が必要になるわけよね。


「陽菜は何かアイデアとかあるのか?」

「そうねぇ……。今まで作って来たものの中で使えそうなものと言えば、『人を五分だけ操る装置』に、『一時的に運動神経をボ〇ト並みにするけど、時間切れになると筋肉という筋肉が筋肉痛になる装置』、『運動能力を0にする代わりに、インターネットに直接接続できるようにする装置』くらいかしら」

「あー、あったな、そんなの。二つ目と三つ目に関しちゃ、ある意味非人道的な装置だよな、マジで」

「ま、三つ目に関しては、開くタブ数によっては頭がパーになるけどね」

「そんなもんを、中学生の女子が作るとか、世の中どうなってんだろうな、マジで」

「そこは、天才ですから」


 とりあえず、思いついたら何でも作ってみようの精神だしね、あたし。

 まあ、中には失敗作もあったし、未だにできないものとかもあるけど。

 将来的には、巨大ロボとか、合体ロボとか作りたいわね。


「アイデアは、あれか? 装置を作るか、使う感じか?」

「そうね。やっぱり、あたしの発明が一番のインパクトだもの!」

「それは否定しない。使う相手が要になるしな……そうなると、だ。やっぱ、要に作用する何かがいいんじゃないか? あとは、要の性格や容姿を利用したさ」

「要に、作用する何か…………」


 何かしら。今、すっごくいい案が来そう。


 要に作用して、尚且つ、要の性格や容姿を利用できる物……。


 化け物にする……はダメ。それじゃあ、色物枠になっちゃう。

 筋肉ムキムキにする……もダメ。要は華奢だからこそ素晴らしい。

 ショタにする……は悪くないけど違う。というか、その手の発明は、決まって精神も引っ張られると相場は決まってる。

 逆に老人……は絶対に却下。いや、どんな姿の要でも愛せる自信はあるけど、それは今じゃない。


 ……ん? どんな姿、でも?


 ――!


「そうよ! その手があったわ!」

「お! 何かいい案でも思い浮かんだのか?」

「ええ! 考えてみれば、単純なこと且つ、どうして今までその発想がなかったのか不思議でしょうがないわ!」

「ほっほう? そこまで言うほどのアイデアなのか?」

「断言するわ。これが完成すれば、第三次世界大戦が起きても不思議じゃないくらいね! 主に、世のオタクたちが起こすくらいの勢い!」

「ふむ……つまり、オタクが大好物な物、ということだな?」

「そういうこと」

「で、その装置の効果は?」

「ふっふっふ……決まってるじゃない! あの要に仕掛けるには最適な発明……そう! 性転換装置よ!」


 これがもしゲームなら、今頃『デデーン!』という効果音が流れているところね。


 あたしのアイデアを聞いた京也はというと……


「……ほう、詳しく聞こうじゃないか」


 食い付いた。


 さすが、愉快犯と呼ばれるだけあるわ。


 まあ、最近じゃこいつはクラッチとも呼ばれてるし、あたしに至ってはアクセルだしね。

 ちなみに、要がブレーキ。


 いやー、まさかマニュアル車に関連付けられたあだ名をつけられるとは思いもしなかったわ。


「いえ、考えてみればほら、要って男の割には精神面で考えれば女っぽいじゃん?」

「お前、それあいつに言ったら殺されるだろ」

「大丈夫。前に言ったわ」

「もうすでに言った後だったかー……。ちなみに、どうなったんだ? その後」

「………………肉抜きのピーマンの肉詰めになったわ、夜ご飯」

「それはもう、ただのピーマン焼きじゃね?」


 あれは、本気で辛かったわー……。


 あたし、昔っからピーマンが苦手なのよねぇ……。

 パプリカは辛うじてセーフなんだけど、あの苦味だけは無理!

 だから、あの日の夜ご飯は泣きながら食べたわ。

 おかげで、ピーマンがしょっぱくなったからまあ……うん。


「まいいや。それで、続きはよ」

「っと、そうだったわね。まあ、ほら、あれよ。要はちょっと女の子っぽいところがちょこちょこあるでしょ? もし女だったら確実にモッテモテだと思うの。それも、お嫁さんにしたい女の子、的な感じで」

「なるほど……一理ある。まあ実際、そこは惜しい、とか他の男子連中に言われてるしな。よく耳にするぜ、実際。『杠葉が女だったら、マジで即告白すんのになぁ~~っ……!』とか」

「……へぇ~? そいつ、誰?」

「お前、何する気だ」

「気にしないで。ちょっと、体をキメラにするだけだから」

「それを気にするなと言えるお前の精神性は異常だ」


 仕方ないじゃない。


 だってあたし、要に変な虫が付くの嫌だし。

 それは女だけでなく、男も有効!


 いやまあ、その辺ラブコメ作品における、めんどくさいメンヘラ女とか、ヤベー束縛タイプの頭おかしいヒロインとは違って、多少は寛容だから、キメラにするだけで許すけど。


「ほんとお前、要が好きだよな、実験台にする割に」

「ほら、要はあたしにとって、ある意味恩人みたいなものだからね。必然的に好きになるわけよ」

「そういやそんなこと言ってたな。聞く必要もないと思って聞かなかったが、なにがあったんだ?」

「んー、面白くないわよ?」

「別に構わん」

「あっそ。じゃあ、話すけど……あたしって、昔から発明してる影響で、どうにも友達ができなくてね」

「それは当然じゃないか?」

「うっさい。……で、一人で黙々と発明している時に、要が話しかけてきてくれてね」

「要らしいな~」


 そこはあたしも思うわ。


「で、まあ、あたしの作った物に興味を示してくれて、それで話すようになって、仲良くなったわけよ」

「へぇ~。むしろ、今よりも無邪気だったから、余計ヤバそうなものを作ってそうなのにな、さすが要。物怖じしねぇ」

「そうね。……まさに、あれがガチ恋の瞬間だったわー。可愛かったなー……四歳の時の要」

「え、何、憶えてんのお前!?」

「えぇ、当然じゃない」


 むしろ、初恋を憶えていない女子とか、むしろ女子としてどうなの? と思うだけどあたし。


 というか、京也は何を驚いてるのかしら?


「ちなみに、当時のあたしは要との会話を忘れたくない一心で、要ボイス専用のコンパクト録音装置を作り、常に持ち歩き、それを聞いて夜な夜なニマニマしてたわ」

「変態じゃねーか!?」

「あ、その録音内容は未だにあるわ。ちょっと前に、今のPCに対応するようにいじって、バックアップも万全。CDにも焼いたわ」

「……お前、意外とこう……ヤンデレかメンヘラの素質、あるんじゃないか?」

「どうかしらね」


 あたし的にはよくわからないけど。

 ただまあ、あたしは要を束縛する気もないし、要に好きな人ができたら応援位するわ。

 ……もっとも、ダメな女だったら即刻切り捨てるけど(比喩)。


「っと、脱線した。これ以上お前の要愛に関する話を聞いたら、戻れない気がするんで、話を戻すぞ」

「あたしはまだまだ語ってもいいわよ?」

「いや、やめとく。その話を聞いたら場合、俺はあいつとどう顔向けすりゃいいのかわからん」

「残念」


 あたし的には、もっと語りたかったところだけど、京也は苦笑いなのに、本気で嫌そうだし。

 仕方ないわね。


「で、話を戻して……要を女にする話よ」

「それだけ聞くと、とんでもねぇことしようとしてんな、俺ら」

「あ、何? 賛同してくれるの? 性転換装置」

「面白そうだしな!」

「あんたも十分良い性格してるわー」


 さすが、出会って数秒で意気投合した男なだけあるわ。


「しっかし……言われてみりゃ、マジで女になるとモテそうだな、あいつ」

「でしょでしょ? これはつまり、あたしに性転換装置を作れと、神が言っているのよ!」

「作るのは良いが、作れるのか? そんなSFじみた物」

「ふっ、愚問ね。そもそも、肉体年齢を戻せる装置を作れるのよ? あと、キメラにもできるしー、逆に老化させることもできるしー。そんなあたしが、性別の壁をぶっ壊せないとでも?」

「なんて説得力だ……! ってか、お前人の体を自由自在にしすぎじゃね?」

「アンチエイジングは、全世界にいる全ての女性が常に抱える問題よ。やっぱり、老化のメカニズムを解明さえしてしまえば、あとは楽勝ってもんよ。ちなみに、肉体年齢を戻す装置は、お蔵入りになってるわ」

「理由は?」

「……以前、ちょっとした戦争があって、ね。日々肌年齢と戦ってる女性って、怖いわよね……」

「……察した」


 あれは本当に地獄だったわ……。


 若返りの装置って、やっぱり世の女性からすれば本気で欲しがるものだものね。


 前に、要に使ってるところを学校の先生に見られて、そこから装置の情報が洩れ、それを聞きつけた街の女性(主に三十代から上)が現れ、装置の奪い合い。

 その形相は、般若とかそんなちゃちなものじゃなくて、最早オーガだったわ……。


 その後、あたしは限定的な記憶を消す装置を大至急作り出し、それを使用することで戦争を回避したわ。


 あれは、トラウマものね。


「しっかしまあ、お前が今まで作ってきた発明品の数々は、明らかにSFじみたものばっかだったな。こりゃ、たしかに愚問だわ」

「そういうこと。じゃ、今日から早速着手しないと。あ、動画投稿はいつから始めるつもり?」

「そうだな……まあ、できれば四月中ってところだな。この時期から始めれば、今年一年のイベントか色々できそうだし」

「オッケー。それじゃ、早速作るわ。ベースは……若返り装置にすればいいかしらね。まあ、体の構造を根本的に変えるようなものだし、結構時間はかかるかもだけど」

「いいって。んじゃ、俺はチャンネルの準備と撮影機材の準備を進めるわ。あ、撮影はどこでやるよ?」

「そうね……あたしの発明が完璧かどうか確認できるよう、あたしの家の地下でどう? あそこなら、外からは見えないし、全体的に白いからいい感じじゃない?」

「そりゃいいな。よし、じゃあそこで決まりな! 発明の方、頼むぜ」

「まっかせて! あたしも、要の女の子状態は気になるしね! あぁ~、楽しみだわ。要が女の子になる瞬間……!」


 元々、要が女だったら、っていう想像はしたことがあったし、それが実現できるのであれば全力でやらないとね!


 いつも実験台にして、怒られつつも最後は笑って許してくれる要のことだし、今回もそこまで怒らないはず……!


 過去にやらかしたことの数々に比べれば、女の子になるくらいどうってことないわよね!



 それからあたしの試行錯誤が始まり……。


「遂に……遂に完成したわ!」


 ある日の日曜日。


 あたしは自室の発明室にて、遂に性転換装置を完成させ、歓喜の声を上げていた。


 え? 発明する日々はって? そんなもん、誰が喜ぶのよ。

 こう言っちゃなんだけど、日頃人が使っている便利な道具だって、裏ではかなりのドラマがあるわけだけど、基本それを知りたがる人は物好きだもの。

 人って、普段から使っている物に対して、特に興味を抱かないものだし。


 第一、発明中に起こった出来事なんて、ニトログリセリンを入れる量をミスって爆発して体が動かなくなったり、特科研室の部屋が爆発したり、京也の家が爆発したり、京也のミスで特科研室にある発明品が爆発したくらいだし。


 なんか、爆発しかしてないわね。


 ま! 発明品は爆発ってよく言うし、問題ないわね!


 ……っと、そんな下らない話は置いておいて。


 早速、京也に連絡を取らないと!


「あ、もしもし京也? 例のブツ、完成したわ!」

『お、マジか! おっし、俺の方も準備は万端だし、今すぐそっちに行くぜ』

「待ってるわ!」

『んじゃ、後でなー』

「……よし。あとは、色々とセッティングをしないとね。とりあえず……ドッキリにしましょ、ドッキリ」


 そんなことを思いついたあたしは、スキップ気分で地下室へ撮影の準備へ向かった。



「へぇ~、こいつが性転換装置か」

「そ。雌雄転換装置『まわるくん』よ!」

「お前のネーミングセンスって、相変わらず独特だよな」

「名前なんて、わかればいいのよ。おまけよ、おまけ」


 あたしとしては、装置がなにかわかればいいし、何より性能が第一だからね。

 名前なんて、飾りだしおまけ。

 グ〇コのおもちゃみたいなものね。


「で、作戦は?」

「抜かりないわ。あらかじめ、ここのセッティングも済ませてあるの」

「ほう?」


 キランと京也の目が光る。


「人は、唐突なカウントダウンに弱い」

「……ふむ」

「それに、緊急事態に陥った時の要は、なんだかんだで即断即決。時間以内に指示通りの事をするわ。その辺、あたしの仕込みだけど」

「お前、知らず知らずのうちに幼馴染を魔改造してるのか?」

「当然」


 幼馴染を魔改造するなんて、世の幼馴染がいる人たちは絶対にやってるはず。

 主に、性癖を歪めたり。


「というわけで、この手紙を読んだところで、音声アナウンスを流し、押すように仕向ける。そして、そこを生放送に収めれば完璧! 最後にこのセリフを言わせたらもっといいわね」

「……ぶふっ! お、おまっ、こ、これをあいつに言わせるのか……!? くくっ……」


 あたしが見せた、要に言わせたいことを書いた紙を見るなり、京也は笑いを堪えるのに必死になった。


「だって、性転換したらこう言うのは醍醐味じゃない?」

「たしかにそうだがっ……ふはっ、やっべっ、これはダメだわっ……!」

「ほらほら、笑ってないでささっと準備しちゃうわよ! あたしも実験結果が気になってるし」


 個人的に、早く発明品の結果が知りたくてうずうずしてる。


 早く要を呼んで、実験したい……!


「っと、その前に決めることがある」

「何よ? あたしは早く、要を女の子にしたいんだけど」

「それだけ訊くと、マジでヤベーな、俺ら」

「マッドサイエンティストだもの」


 マッドサイエンティストたるもの、常にヤバいことをしないとね。


「で、決める事って何?」

「いやほら、あいつ、発明品が問題なく作動したら、あいつはめでたく女子になるだろ?」

「そうね」


 めでたいかは置いておいて。


「あいつの配信者としての名前だよ」

「……要じゃダメなの?」

「ダメに決まってるだろ。本名だぞ? それ。だから、あいつの名前を先に決めておかねばならん」

「なるほどね。……それじゃ、奏でどう? 要の『め』の部分を変えて、奏」

「お、いいなそれ。秒で考えた割にはいい感じだ。おっし、それでいこうぜ!」

「オッケー」


 話もひと段落し、あたしたちは早速要を陥れる――もとい、ドッキリを仕掛ける準備を始めた。



 そうして現在。


「――というわけです、ハイ」

「……はぁ。つまり、僕は勝手に女の子にされた挙句、動画投稿の鴨にされた、と」

「いや、そこまで言ってな――」

「お黙りなさい」

「「……はい」」

「まったくもう……。あのね、二人とも。僕は別に、女の子にされたことに対して怒っているんじゃないの」

「「……つまり、女になりたかった、と?」」

「二人とも、次話の腰を折ったら、二人が嫌いな食べ物を、更に嫌いな料理にして出した後、椅子に縛り付けて強制的に食べさせるからね?」

「「すんませんっした!」」

「わかればよろしい」


 事情を聞き終えた僕は、揚げ足を取る二人ににっこり笑って、二人が嫌がることを言った。

 これくらいは言わないと、ね。


「……話を戻すけど。僕は別に、女の子にされたことに対して怒っているんじゃなくて、何も相談なしにこんなことをしたことに対して怒っているんです」

「いや、それじゃドッキリの意味がない……」

「知りません」

「ひでぇ……」

「そもそも、さ。いきなり呼び出されて、いきなり女の子にされて、いきなり動画配信者にさせられるのって、すっごく戸惑うし怖いんだけど。ただでさえ、顔出ししちゃったのに……」


 幸いなのは、男の顔じゃなくて、女の子としての顔かな。

 男でいれば問題もなさそうだし。


「……というか、要は奏状態に対して特に疑問を持たないのね」

「まあ……今まで散々陽菜に体に異変が起こることをされていたし、今更性別が変わるくらいじゃ驚かないよ、僕。最初は戸惑うけど」


 だって、過去に幼稚園くらいの頃に戻されたり、逆に初老のお爺ちゃんくらいにされたこともあるし、今更体が男じゃなくて、女の子になったところで、ね。


「俺が言うのもなんだけどさ……要も要で、こいつに毒され過ぎじゃね?」

「そこは否定しないかな」


 どんなに非日常的なことが数多く起こったとしても、慣れてしまえば非日常じゃなくなるからね。

 ……文字通り、毒を盛られたこともあったけど。

 命関わるようなものではなかったけど、さすがにあれは焦ったっけ。


「つか、こんなことされて、要はよく絶縁しねぇな」

「たしかに危ないことをされるけど、別に命にかかわるようなことは絶対にしないからね」

「でも今回、こいつ実験してないぞ?」

「……そこはいつものことなので」


 陽菜が『実験!』と称していつも僕に発明品を使うことは、実際よくあることだからね……。


「あ、話がずれちゃった。えー……こほん。とりあえず、今回はこんな形になっちゃったけど、今後女の子にする時は一言言って」

「女の子にするって、ちょっとパワーワードっぽいな」

「茶化さない」

「うっす……」

「で、まあ、今回はもうしちゃったしいいけど」

「いいんだ」

「今後はできる限り、事前に相談すること。じゃないと、本当に椅子に縛り付けるから」

「「すみませんでした」」


 二人は深々と床に手を付いて頭を下げた。

 土下座って……。


「それじゃあ、今回は許すから、早く元に戻して」

「「……」」


 僕が体を戻すように言うと、二人は気まずそうに眼をそーっと逸らした。


 ……嫌な予感。


「動画配信も終わったんでしょ? だから早く、男に戻してほしいんだけど」

「…………要、怒らないで聞いて?」

「ことと次第によっては怒ります」

「………………」

「何か言ってください」

「…………ます」

「何ですか?」

「……れてます」

「聞こえません」

「……さっきの初動作で爆発に耐え切れなくて壊れましたっ……!」

「…………は、い?」


 今、現状で最も聞きたくないセリフが飛び出したような……。


 あ、あはは。き、気のせい、だよね?

 まさか、さっきの爆発でいきなり壊れた、なんて言わないよね?


「だから、その……すみまっせん! 性別を変えるための爆発に耐え切れなくて、粉々にぶっ壊れましたっ!」

「…………そ、それはつまり……」

「……し、しばらく、女の子のまま、です」

「……戻れるのはいつ?」

「……あ、あたしが、新しく作るまで、かなぁ……?」

「……完成にかかる時間は?」

「……部品を集めて、薬の調合をするから……早くて二週間、くらい?」

「…………は、はいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?」


 最悪の状況を知らされ、僕は悲しみとも怒りとも何とも言えない叫びを上げた。


 初動作で送致が壊れたことにより、僕こと杠葉要は、しばらくの間女の子として過ごすことになってしまった。


 ……なんで!?

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