プロローグ2 ――転機と転換――

 日曜日。


「ふぅ、これで洗濯終わり、っと。後は、軽く掃除して、買い物行って……うん、それくらいかな」


 愛用のエプロンを着けながら、家事をこなしていく僕。

 そして今は、洗濯を終えて、これから掃除をするところ。

 ……まあ、そんなところを映しても面白みがないので、カットですけどね。


 そんなこんなで時間は夕方五時。

 買い物を終えて帰宅した僕は、リビングのソファで軽く横になっていました。


 あ、家族はどうしたの? と思われるかもしれませんが、単純にお仕事でいないだけです。


 父さんはデザイナー関係のお仕事で、母さんは芸能関係のお仕事です。

 二人とも、結構不定期なお仕事で、こうして土日にいないことはよくあることです。


 それから、僕にはお姉ちゃんがいるけど、お姉ちゃんの方はもう社会人で働いていて、一人暮らしをしています。


 ……まあ、一人暮らしをしている理由は、父さんと母さんがとある理由で強制させたからなんだけど。


 あと、これはどうでもいい情報かもしれませんが、陽菜の方も両親は研究者をしている関係で、あまり家にいないことが多いんです。

 そのため、両親がいない時は僕の家で一緒に夜ご飯を食べることが多いです。

 だから、先日僕が陽菜の夜ご飯について話していたわけですね。


 ちなみに、家はお隣さんです。


「ふぅ、やっぱり、こういう何事もない平穏な時間は心が落ち着くなぁ」


 普段は、陽菜と京也の暴走でかなり刺激の多い日常を送っているからか、こうしたのんびりとした日常が酷く沁みます。


 まあ、あの日常も悪いわけじゃないんだけど、それでもこうしたのんびりとした日々も必要です。


 はぁ、のんびり最高……。


 と、僕がのんびりとした日曜日を満喫していると、


 ~~♪ ~~~♪


 不意にスマホが鳴った。


 誰からだろうと思って、ディスプレイを見ると、そこには『陽菜』の文字が。


 うーん、まだ夜ご飯にしては早いし、この時間にかけてくるのは変……。

 ……なんでだろう。すごく嫌な予感が……。


「……もしもし?」


 とはいえ、出ないのは陽菜に悪いので通話に出る。

 ……ちょっと身構えているけど。


『あ、もしもし要ー?』

「うん、こんな時間にどうしたの? いつもなら、この時間は発明に充てていた気がするんだけど」

『それなんだけどさー、なーんか思うようにいかなくってね。だから、息抜きがてらに要と京也の三人で遊ぼうかなーって思ったわけよ』

「そうなんだ。今回はあんまり上手く行ってないんだ」

『そうなのよー……。だから、今あたしの家に来てほしいってわけ。今暇?』

「暇と言えば暇かな。買い物も終えて、ソファーで寝転んでるだけだから」

『じゃあ暇ね! それなら、今すぐあたしの家に来て!』

「いいけど……もうすぐ夜ご飯を作らなきゃいけないんだけど……。それに、今日は陽菜の好きなハンバーグプレートだよ?」

『マジで!? ってことは、エビフライは?』

「もちろんあるよ」

『じゃあ、チキンステーキは?』

「乗ってます」

『くっ、今日に限ってあたしの大好物が……!』


 ……今日に限って?

 今のセリフ、何かがおかしいような……。


『……し、仕方ない! 要! それは明日に回してほしいんだけど、大丈夫!?』

「え? 明日?」

『明日!』

「……まあ、いいけど。じゃあ、今日の夜はどうするの?」

『今日はあたしの奢り! ピザなんてどう?』

「ピザかぁ……」


 そう言えば、最近食べてなかったっけ。


 どちらかと言えば好きだけど、あんまり健康面を考えるとそこまでよくないし、滅多に食べないんだよね。

 そう考えると、ちょっといいかも。

 久しぶりに食べたくなってきた。


「うん、わかった。じゃあ今から行くね」

『やた! それじゃあ、地下室の方で待ってるから、そのまま入って来てね!』

「了解」

『あ、それから今から言う服装で来て!』

「服装?」


 どうして服装の指定があるんだろう。


『とりあえず、Tシャツにゆったり目のズボン。あと、パーカーね! それじゃ、待ってるわ!』


 ブツ。


「あ、切れちゃった。……それにしても、服装の真意は何だろう?」


 服装の指定に関しては疑問があるものの、一応今の僕の服装は指示通りの服装だし、パーカーを羽織ってすぐに行こう。


 やっぱり、待たせるのも悪いしね。


「それにしても、久しぶりのピザ。ちょっと楽しみかな」


 あれ、結構高いからね。

 久しぶりだし、堪能しよーっと。



 そう、少し楽しみにしている僕でしたが、この後、僕にとって今後の人生を左右しかねない事態が降りかかりました。



「陽菜ー、京也ー、来たよー」


 僕は隣の陽菜の家に入り、地下室へ。


 先に来ていると思っていた陽菜と京也を呼んでみるも、なぜか出てこない。


 あ、言い忘れていましたが、陽菜の家には、地下室があります。


 一応二階建ての家なんだけど、一階と二階はほとんど発明とか研究に関する部屋ばかりなので、基本的な生活スペースは地下なんです。


 ちなみに、天井と壁、床は真っ白で、所どこに家具とか台所なんかが設置されています。もちろん、トイレや寝室もあります。


 割と広めで、何かと遊びやすい空間だったり。


「うーん、いないのかな?」


 呼んでも返事がないので、僕は二人が実は出かけてしまっているのでは? と少し考える。

 まあ、二人がこうしていないことなんてしょっちゅうだし、慣れているけど。


 ……あれ?


「なんだろう、これ」


 ふと、地下室の中心辺りに設置されているテーブルの上に、よくわからない物体が。


 筒状で、上部分が丸くなっていて、クマっぽい顔が書かれていて、なんだかちょっと可愛い。

 ただ、どうしてこんな場所にあるんだろう?


「……うん?」


 よく見ると、筒の目の前に便箋がある。


 なんだろう、これ。


 便箋には、『杠葉要様へ』なんて仰々しく書かれている。


 何かはわからないけど、とりあえず、見てみようかな。


「何々? 『この手紙を見てから十秒以内にボタンを押してください』? どういう意味――」


 僕が手紙を読み終えた直後。


『杠葉様が手紙を読んだことを確認しました。これより、カウントダウンに入ります。尚、カウントダウンが終わる前に押さなければ、杠葉要様の全身から動物のような体毛が生えた挙句、二時間目が開けられなくなるほどの痛みを伴うスプレーを噴射します』

「なにそれ!?」

『カウントダウン開始。10、9、8――』


 え、ほんとにカウントダウンが始まってる!?


 というか、ボタン? ボタンって何!? どこにあるの!?

 ……あ、もしかしてこの筒状の上部分、ボタンになってるの!?


 こ、これを、押すの……?


『4、3、2――』

「あぁもう! 考えている暇なんてないよね!」


 ポチッ!


 ……このボタンを押したことを、僕は酷く後悔したのと同時に、あることを学びました。


 人は、唐突にカウントダウンが始まると、まともな思考ができなくなって、指示通りに動いちゃうんだなって。


 この教訓は、死ぬまで絶対に忘れないようにしようと、僕は心に刻み込みました。


 一体何が起こったのかと言いますと……。


 ドカァァァァァァァァン―――!


 なぜか、筒状の物体を起点に謎の爆発が発生しました。


 あまりにも強烈な爆発に、僕は一瞬意識が飛び、走馬燈も見えました。


「けほっ、けほっ……もぉ~……一体何が……陽菜ぁ……京也ぁ……いきなり爆発したんだけど……!」


 とはいえ、意外とすぐに意識を取り戻した僕は、爆発の影響で奪われた視力が回復するのを待ちながら、陽菜と京也の名前を呼ぶ。


 ……なんだか、体に違和感があるような……。


 と、とりあえず、早く視力……視力戻って……!


 そんな僕の切実な願いが届いたのか、徐々に目が見えるようになっていき、ようやく普段通りの視力に。


「うぅ、やっと見えるようになった……って、ふぇ?」


 ごしごしと目を擦りながら、状況把握のために周囲を見回す僕だったけど、すぐさま体の異変に気が付いた。


 というより、体だけじゃなくて、なんだか声もおかしかったような……。


「……な、なにこれ?」


 体を見下ろしてみると、そこには何やら大きな膨らみが。


 それに、妙に服がダボついているような……。


 …………ちょっと待って。


 僕の肌って、こんなに柔らかくてすべすべで、白かったっけ……?

 僕の髪の毛、銀色だった上に、こんなに長かったっけ……?

 それから、男の僕に胸なんて、あったっけ……?

 それからそれから……


「僕、こんなに声高かったっけ!?」


 自分の体の異変がとんでもない数起こっているんだけど!?


 しかも、男として一番大事な部分に違和感が……。


 恐る恐る触ってみると、


「な、ない……」


 そこにあるはずの物が、なくなっていました。


 ……え? え?


 ちょっと待って……?

 どうして、体が妙に丸みを帯びてるの?


「……や、柔らかい」


 どうして、胸が膨らんでいる上に、柔らかいの?


「……な、長い」


 どうして、髪の毛がやけに長くなっているの?


「……声、高い」


 どうして、僕の声が高くなっている上に、妙に可愛らしい声になってるの……?


 ……だ、ダメだ。上手く思考がまとまらないし、同じことをぐるぐる考えちゃう……!


 あと、今の僕ってどうなってるの?


「何がどうなってるのぉ……?」


 異常事態すぎる現実に、僕の思考が停止。


 すると、


「「だーいせーいこーう!」」


 ……すっっご~~~~く聞き覚えのある、というか、どことなく苛立ちを覚える声が聞こえて来た。


 ……まさか。


「あっはははははははは! マジか! すっげぇ、マジで成功してんぞ、陽菜!」

「ふっふーん♪ あたしにかかれば、このくらい造作もないわ! ……まぁ、動物で実験とかしなかったから、第三の目が出てきたり、腕が増えたり、筋肉が肥大化しないかちょっぴり心配だったけど、そこは天才のあたし! 見事に成功だわ!」

「今不穏なセリフが聞こえたんだけど!? ねぇ、二人ともこれは一体どういうこと!?」


 大成功と書かれた看板を持って突入してきた二人に、僕は食って掛かった。

 京也はお腹を抱えて爆笑してるし、陽菜に至っては心配になるような不穏なセリフしかない。

 どう考えてもこの異常事態の原因はこの二人しかいない!


「おっと、すっかり忘れてた。……こほん。えー、今日初めて見る画面の向こうの皆様。ゲーム機で見ていようが、PCで見ていようが、テレビの付属機能で見ていようが、今日この日より、変化系ユーチューバーかなでちゃんが誕生しました!」

「……視聴者……?」

「これからあたしのスペシャルな発明品を使って、皆さんを楽しませたり、単純にここにいる奏ちゃんがゲームしたり、雑談したりさせていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いしまーっす! あ、チャンネル登録と高評価を貰えると尚嬉しいです! まあ、低評価をくらうような事態でもあるんで、その辺りはお好きなように!」


 ……え? なにこれ、どういうこと?


 視聴者? 視聴者って何!? あと、チャンネル登録って、それじゃあまるで動画投稿者みたいなセリフ……。


 それに、奏ちゃんって、誰?


「あ、あの~……」


 頭の中が混乱して、二人に声を恐る恐る声をかける。


「よっし! それじゃあ、記念すべき最初の生配信はこれにて終了! じゃあ、奏、最後にこのセリフ読んで! あと、とびっきりの笑顔でね!」

「え、えぇ?」

「ほらほら早く!」

「うぅ、わかったよ……。えっと……変化系TS美少女実験員の奏です♥ これから、よろしくお願いします♪」


 …………僕は、一体何を言わされているんだろうか。


 あと、なんで僕、こんな恥ずかしいセリフを突然言えるんだろう。


「はい、配信終了! 京也、反応の方はどう」

「おう! かなりいいぞ! 最初は少なかったけどよ、要が出て来て、奏に変身した途端、一気に視聴者が増えた感じだな。あと、視聴回数も結構伸びてるし、何だったら登録者数ももう四桁行ったぜ」

「へぇ~、思ったより反響良いじゃない!」

「おうよ! これは、今後が楽しみだよな!」

「そうね。あ、そうだ、要……じゃなくて、奏。さっきのセリフよかったわよ! ……まあ、その辺りはあたしの発明品のおかげだけどね!」

「……はつ、めい……?」


 ……今の発言で、僕はこの事態がようやくどういった経緯で引き起こされたか悟った。


「……二人とも。これは一体、どういうことなのかな?」

「いやさ、俺、動画投稿とか興味あってさ、だから陽菜と話して、動画投稿を始めたわけよ」

「……それで?」

「あたしも京也の話には賛成というか、面白そうだと思ったし。でも、さすがに今時いきなり初めても面白くないし、何よりどれだけ個性が立っていても、よほどじゃない限りは見られないでしょ?」

「まあ……そうだね。よく聞く、Vtuberの事務所とか、何らかの企業に所属していればある程度は最初から得られるかもだけど……」

「そ。でも、何にも後ろ盾がない一般人じゃきついじゃない? そこで、あたしの発明品を使って、初手から特大のインパクトを伴った始まりにしようと思ったわけよ」

「……そのインパクトってもしかして」


 正直なところ、話していくうちに、ようやく僕の体の異変について理解が追い付いてきた。


 まず一つ。

 僕の髪の毛がかなり長くなっている上に、いつも以上にふんわりしていること。


 二つ。

 全体的に、体のボディーラインが丸みを帯びていること。


 三つ。

 どういうわけか、胸に膨らみができていること。結構大きい。


 四つ。

 やけに肌がきめ細かく、且つ色白になっていること。


 そして、五つ。

 今までの僕の声も、どっちかと言えば高い方だったけど、それでもまだ男だと判別できるほどだった。でも、今の声は明らかに女の子。それも可愛い系の声になっている。


 これらを踏まえて考えると、今の僕って……。


「もう気付いたと思うけど……そう! これこそ、あたしが試行錯誤を重ね、今日遂に完成した、雌雄転換装置『まわるくん』よ!」


 ババーン!


 という効果音が聞こえてきそうなほど、陽菜はさっきの機械を掲げてドヤ顔をした。


 …………。


「……つまり、僕は二人の道楽に勝手に付き合わされた挙句、勝手に僕の性別を変えて、女の子にした、と」

「そういうことね」

「そういうことだな」


 相変わらず、何一つ悪びれた様子もなく、二人は堂々と言い切った。


 ……ふふ、ふふふふふふふ。


「……二人とも、そこに正座」


 ゆらり、と僕は俯きながら立ち上がり、二人に床に座るよう指示。


「「へ?」」

「正座」

「あ、あの、要?」

「正座」

「な、なぁ、もしかして、怒ってる……?」

「正座♥」

「「……はい」」


 なおも言い募ろうとした二人に、有無を言わさず床に正座させる僕。


 そして、軽く深呼吸をして、


「……なにをしているの、二人はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 特大の雷を落とした。



 ……こうしてこの日、不本意ながらも女の子になった僕の人生は、この時を境に大きく変化することとなりました。


 その前に、今日はとことんお説教です!

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