第三ルポ 龍闘

宿で目を覚ます。ここは2階建ての宿の2階。

宿賃は手ごろだが店主も親切で、昨日の夕食も良いものだった。

朝食も宿に頼んでいるので、1階の食堂へ向かう。

薄味で焼かれた鳥―といっても魔獣モンスターだろうが―と青菜あおなをおかずに

わんに盛られた1粒1cmほどのかれた粒豆つぶまめ頬張ほおばる。

炊きあがった豆が美味しい。

以前食べた事がある東大陸の一部で栽培されている稲に近い味だ。

以前は東大陸の中央部に行った時にその地域の者に分けてもらったんだったか。

この龍人の町は何故か東大陸の一部と文化が似通っている。

いずれあちらにも行ってその理由を調べてみるとしよう。


さて、今日は龍闘―ダグコンバ―の日だ。

今日ばかりは町中がお祭り騒ぎだ。朝から宿の前の道が騒がしい。

会場は昨日行った温泉から更に階段を上り、大きな朱塗しゅぬりの橋を超えた先。

さて、まだ朝は早いがそろそろ行かないといい席が取られてしまう。


昨日疲れを癒した温泉を横目に階段を上っていく。

まだ朝が早いのに、既にちらほらと私と同じように会場を目指している者がいる。

今日の龍闘ダグコンバを楽しみにしていた龍人は多いのだろう。

周りを歩いているのは龍人たちばかりだ。私のような別種族はいない。

龍人は空を飛べる。だがこの町では誰も空を飛んでいない。

それは龍神公への敬意からである。

いわく、龍神公を空から見下ろす行いである、と。

龍人たちと共に階段を上りつつ、見知った人物がいる事に気付く。

青緑のしなやかな尾と角、凛々しい表情。昨日の女兵士だ。


「おはよっ!」

「!なんだ昨日の人間か。朝早くから元気だな。」

「元気だけが取り柄だからね。」

「くくっ、だからそういうのはやめろ。」


一緒に色々と話しながら階段を上り、朱塗りの橋を渡る。

この橋はとてつもなく大きい。横幅10m、長さ100m。

かっている場所は町の裏手にある400m位の小さめな山のいただき

山頂部は真っすぐ水平に切り取られた、平坦な形状をしており、

外周部と中心部にだけ歩ける場所がある、逆ドーナツ形状だ。

この外周部から中心部までを繋いでいる。

橋の欄干らんかんから下を覗くと、混沌こんとんの如く真っ黒な暗闇があるだけだ。

常人が落ちたらまず助からないだろう―――

と考えていると後ろから軽く、とんっと押される。


「うおっ!」


焦って欄干らんかんにしがみつく。女兵士に押されたのだ。

おいこら、と詰め寄ると、笑いながら、すまんすまん、と謝罪された。

納得いかない。


後で知った話だが、この橋にも魔法がかかっており、

たとえ自ら飛び降りようとしても、橋から落ちる事は出来ないそうだ。

こういった部分でも、人間の国よりもはるかに魔力の使い方が贅沢だ。


わちゃわちゃしながら橋を進んでいくと目的地が見えてきた。

木で作られた円形の会場、上には会場を覆う朱色の屋根が見える。

屋根は会場の四方八方から伸びる弧を描くはりによって支えられ、

梁のもう一端いったんは地面に刺さっている。

橋から伸びる道は会場の入り口に繋がっており、既に入場の整理が行われている。

二人して入場手続きを終えて中に入る。


円形の会場の中には段々に観覧席が設けられており、

その最上段には色々な飲料・食料を売っている屋台がずらりと並んでいた。

座席は背もたれの無い木の長椅子だ。赤い四角のクッションが置かれている。

会場の上は外から見た屋根があるが、会場の建物と屋根の間に隙間がある。

採光さいこう採風さいふうのための措置だろう。

会場の中心は観覧席より一段下に設けられており、長方形をしている。

ここが闘技の場である。

闘技場は地面が土で出来ており、それ以外は何もない空間だ。

しかしながら、丁寧にき清められたその場には、荘厳な雰囲気すらある。

闘技場を見下ろす場所に周囲の観覧席とは違う豪奢ごうしゃな装飾が施されたやしろがある。

やしろの中に朱色しゅいろに塗られた御座ぎょざがある。

龍闘は龍神公がご照覧になる。あれが龍神公の御座おわす場所となる。


会場内には既にちらほらと着席している人や屋台で何か買っている人がいる。

二人で社の真正面の席へと歩いて行く。

残念ながら、最前列は既に取られてしまっている。

仕方なく、その後ろの二列目に陣取じんどる。

目の前の1列目には初老の一部龍の男性と下顎に白髭を蓄えた二足龍の男性。

何やらわいわいと話し合っている。

どうやら今日の龍闘の優勝者を予想しあっているようだ。

ひと声かけてみた。


「こんにちは。」

「おお、人間の嬢ちゃん、早いな。」


一部龍の男性が、にかっと笑って答えた。


「今日は誰が勝ちそうなの?」

「ふむ、そうだな・・・」


二足龍の男性が髭を触りながら考える。


「まず、七武将の一角、『青月せいげつ』ブレク。

 前年も優勝してるし、はっきり言ってこの国随一の武勇の持ち主だろう。」

「ああ、有名人ね。人間の国でも名前だけは知ってる人、結構多いわよ。」

「そうだろう、そうだろう。」


二足龍の男性の説明に私が応えると、一部龍の男性がうんうんと頷く。


「次にこれも七武将しちぶしょうの一角、『片角』セーミス。

 女性だが、かつて大悪魔を単独で討伐した勇者、ブレクに劣るものじゃない。

 去年は確か辺境の魔獣討伐で出払っていたな。」

「あら、また有名人。諸国をまわってた頃の逸話は旅の中でも聞いたわね。」

「そうだろう、そうだろう。」


またも説明と応答と頷き。


「あと、『黒鉄くろがね』デロス。

 別の町で武術道場を開いてる奴だ。ブレクの兄弟子で同門だ。

 こいつは国外じゃ知られてないだろ。」

「初めて聞いたわ。でも師匠の方は名前が通っているわね。」

「そうだろう、そうだろう。」


三度みたび、説明と応答と頷き。


「・・・最後に、『最強』ペッカート。

 ここまでの3人の異名いみょうは自然と付いた物だが、こいつは違う。自分で名乗ってる。

 元犯罪者でしばらくごくに繋がれてた奴だ。

 獄を出た後は真っ当に生きてるみたいだが、果たして本当かどうか・・・。」

「元犯罪者でも出場は出来るのね。いったい何の罪を?」

「不当殺人だよ。東の領主、ソピアー様を卑怯ひきょうなやり方で殺しやがった。

 民衆の事を大切にしてくれた方だったんだがな・・・。

 この国の法として、一対一いったいいちで正当な形式にのっとっていれば、

 戦って負けて死んだとしても相手は罪に問われないんだ。

 だが、あいつは形式は正当だったが戦いが一対一じゃなかった。

 戦いの最中に仲間に乱入させて、囲んでブスリ、さ。とんでもない話だ。」


男二人も隣に座る女兵士も複雑な表情を浮かべる。


「でも、それじゃあ死刑にならないの?」

「残念ながらならなかったんだ。龍神公様のお言葉でな。

 相手のその程度の手の内も見透かせないようでは領主として甘い、

 不用意に信じて殺されたのではソピアー様にも過失あり、として減刑された。

 まあ、確かにそれは間違いが無いからな・・・。」


女兵士はある程度、納得はしている表情で説明した。

この龍の国では、正当な手続きを踏んで、正当な形で行えば、殺人も正当化される。

つまり、この龍闘の場で対戦相手が死んだとしても罪には問われないのだ。


「まあ、なんだ。優勝候補になりえるのはこの4人くらいだろう。」


そういって二足龍の男性は腕を組んで頷いた。

話をしていたらいつの間にか周りの座席にも人が座り始めた。

そろそろ始まりの時間であるようだ。


「―――この日、御前ごぜんにおいて、龍闘ダグコンバの開幕を宣言致します!」


闘技場に置かれた台の上に立った一部龍の女性が、

長い長い口上こうじょうの末にそう言うと、会場を揺らすような歓声が上がる。

少しすると再び会場が静かに落ち着いていく。

会場の全員が軽くうつむき、目をつぶる。

台上の女性が、一息吸い込み、そして歌い出した。


龍の神にささげる神前歌しんぜんかだ。


それはつまり、朱色の御座ぎょざに座る龍神公に捧げる歌である。

龍神公の御座の左手には、大鎧おおよろいを着て、下顎したあごに胸元までの長い白髭を蓄えた、

緑の鱗の二足龍の老兵ろうへいなれど偉丈夫いじょうぶな男性。

右手には、白い着物に紫の帯、茜色の簪をみどりの髪に差した、

背の低い錫色すずいろの鱗の一部龍の女性。

この二人こそ、実質的にこの国を動かしている武官と文官のちょうである。

前者は『龍将りゅうしょう』ダスカロス。

かつては一騎当千の神なる武の持ち主、とまで言われた猛将である。

後者は『翠玉すいぎょく』スラノス。

その知は天に通じ、その魔は並ぶものなし、とうたわれる知恵者ちえしゃだ。

そして御座に座り右手で頬杖をついて会場を見回しているのが龍神公ゼルカディア。

背後にそびえる霊峰と同じ名である。

正確には公の名が先であり、公が御座おわす場所であるから、

山の名が公の名となったのである。

公はこん色の簡易な着物、着流きながし、と言うのだったか、とても軽装である。

漆黒の髪は長く胸元まであり、筋骨隆々で美しい体躯たいく

まるで彫像のような姿である。

龍の神、であるが、龍の特徴である鱗も角も尾も存在しない。

それは高位な存在である公は半端はんぱな状態で存在できないためである。

完全な人間状態でいるか、完全な龍の状態でいるか、だ。

今日は龍闘の観覧のために人の姿である。


会場全てに響き渡りながらも静やかな美声が神前歌を歌いきる。


「プラータちゃーーーーん!!!」


会場の一角から歓声が上がる。この場には不釣り合いな黄色い歓声である。

わいわいと騒ぐ一部の観客、それを見て笑う他の観客。

それを目を細めて微笑ましく見る『龍将』

渋い顔をしてため息交じりに首を横に振る『翠玉』

表情を変えずに会場を見る龍神公。

そして―――


「お静かに!!!!」


台上の女性が声を荒げる。

裾を大きく左右に開いて固定した、白と赤―と言うより朱鷺とき色だろうか―の着物と

その下に白と朱鷺とき色の膝丈のスカートを身に付けている。

花の髪飾りで長い白銀の髪をサイドテールでまとめて、

シルクの飾りを付けた白い鱗に包まれた尾が揺れる。

彼女もまた七武将の一角、『白銀はくぎん』プラータ。

文武両道の優秀な人物であるが、それよりも彼女の名を知らしめているのは、

彼女に熱を上げる者の多さであるだろう。

実質、先程声を上げた一角だけは人間も龍人も獣人も他種族も混ざって座っている。

ちなみに写し絵が世界中に大量に出回っているのを彼女は知らなかったりする。


プラータの一喝で再び会場が静かになる。

こほん、と咳払いをして彼女は龍闘の説明を始めた。


このたたかいは武器を使用しない。

己の身一つで相手と闘い、その武勇をきそう、そういったものである。

元々は巨大な魔獣に一人で無手むてで立ち向かい、それを打ち倒す儀式だった。

それが次第に打ち倒した魔獣の比べ合いになり、

最終的に個人同士の武勇を競う場となった。

国中で何度も予戦よせんが行われ、この場に立つ8名が選出される。

そして龍神公の御前ごぜんで闘う。

優勝者には龍神公からの賛辞が送られる。

有世神ありよのかみたる龍神公からの賛辞は龍人にとって最大級の名誉である。

だからこそ、龍闘では全力の闘いが繰り広げられるのだ。


先程、優勝候補として挙げられた4名は偶然か、必然か、

第一試合ではかち合わない組み合わせとなった。

誰が優勝するのだろうか。楽しみだ。

そうこうしていると第一試合が始まった。


『青月』ブレク。

青い鱗の一部龍の男性の龍人。右角が長い左右で異なる長さの角を持ち、

細身ではあるが鍛え上げられた体躯たいくの持ち主だ。

彼の武勇伝は多い。

曰く、地を這う大ムカデを一人で討ち果たした、とか、

曰く、敵軍の中を単騎で切り進んで大将を討ち取った、とか

曰く、小勢こぜいで大軍を打ち倒した、とか。

それ故に、国一の武勇、を謳われるのである。


第一試合はブレクの勝利で案外早く終わった。

対戦相手は緑鱗の一部龍の男。

彼も予戦を勝ち進んだ武辺者ぶへんものであるはずだが、

数度、拳を打ち合った末、強烈な一撃が腹部にめり込み、

そのまま前方に倒れて動かなくなった。

すぐに兵士が駆け寄って確認する。とりあえず死んではいないようだ。


すぐさま第二試合が始まる。


『片角』セーミス。

赤い鱗の一部龍の女性の龍人。今回の龍闘では唯一の女性だ。

左角は根元から折れており、右角だけが残っている。

程よく筋肉が付いたしなやかな身体だ。

彼女は軍の将としての逸話よりも個人の武勇に関する逸話が非常に多い。

この国だけではなく世界各地をまわり、魔獣被害に苦しむ民を救った。

ある国では町を丸々1つ潰した大悪魔を一人で根城に乗り込んで倒した。

またある国では、砂漠に潜む悪しき魔龍まりゅうを討伐した。

闘神とうしんにも挑んだ、という逸話も残っている。

その時に片角を折られたのだという。


第二試合はセーミスの勝利で終わった。

対戦相手は茶鱗の二足龍の男。

彼の攻撃は、突きにしろ蹴りにしろ尾撃おげきにしろ、

何一つ彼女には当たらなかった。

全てやなぎごとかわされた。

逆に彼女の必殺の右ハイキックが相手の首筋をぎ、倒れた。

首が一瞬、変な方向に曲がった気がする。

兵士に運び出される途中で気が付いたようなので大丈夫そうだ。


続いて第三試合が始まる。


『黒鉄』デロス。

消炭けしずみ色の鱗の二足龍の男性の龍人。

かなりの大柄な体躯が強者たるを物語っている。

彼の噂を私は知らない。国外に名前が知られている人物ではない。

だが、彼の師匠については世界に名が轟いている。

神拳しんけん』シリュウ。彼はただの人間だ。

しかしながら、拳一つで世界を廻り強者と闘う事、その数300。

無敗を誇った人物だ。

デロスだけでなく、ブレクの師匠でもある。

数年前に惜しまれつつも亡くなったが、その葬儀には国内外の武芸者だけではなく、

龍神公までもが訪れた事で有名だ。

そんな人物のけんを学んだ人物が弱いはずがない。


第三試合はデロスの勝利で終わった。今回は長い戦いだった。

相手は赤褐色の鱗の二足龍の男。両者は互いに似た体格だった。

お互いに拳撃けんげきの打ち合いとなった。

ドズン、ドズン、という拳が肉にあたる鈍い衝撃音が会場に響き、

会場は大盛り上がりとなった。

最終的にデロスの渾身こんしんの正拳突きが相手の腹部に命中し、勝負が決した。

闘いの後に両者が握手して終わり、観客席からは拍手が送られた。


最後に第四試合。


『最強』ペッカート

紫色の鱗の二足龍の男性の龍人。

武辺者、としてみると小柄に見える。先ほどのデロスと比べると頭一つ分は低い。

先程の話では卑怯な手を使った過去があるようだが、

流石に龍神公の前では下手な事は出来ないだろう。

対戦相手の事をニヤついてみているのが、正直悪印象を受ける。


第四試合は長引く、と思ったが思ったよりも早く終わった。

と言うのも、ペッカートの尾による刺突しとつが対戦相手の喉笛のどぶええぐったからだ。

一瞬動きの止まった相手の喉を狙った尖った尾の先が突き刺さった瞬間、

鮮血が宙を舞い、闘技場を赤く染めた。

引き抜かれた傷口からは尋常じんじょうではない量の血液が流れ落ちている。

あれはおそらく助からない。だが、会場内はそのことを問題視していない。

敗れた相手が弱かったのが問題なのだ。

・・・本当にそれだけであればいいのだが。


闘技場が血で汚れた事で清掃のために一旦休止の案内がプラータによりげられる。

勿論もちろんその後に黄色い歓声が上がって、彼女から静かにするように言われていたが、

まあ、それは特に問題ではない。

よし、そろそろ小腹もいてきたから、屋台で何か買ってこよう。


「・・・おい、それ、全部食べる気か?」

「食べないものを買ってくる必要ある?」


足を広げてようやく乗る位のプレートに屋台で買った物を沢山乗せた。

可能な限り乗せた。このプレートは本来、大柄な二足龍用の物らしいが関係ない。

隣席の女兵士と前の席の男性たちが完全に引いているが、関係ない。

四角い肉の串焼き20本・焼き餅5個・小型鳥の丸揚げ2個

小麦粉に水と具材を混ぜて平たく焼いたやつ3枚

同じ材料で丸く揚げ焼きにした生地きじに一口小肉とかを入れたやつ30個

お昼もあわせて食べるならこれ位は当たり前だろう。

早速串焼きを頬張ほおばる。

少し固めな肉だが、塩と香辛料が効いており旨味が強い。

一串ひとくしに肉が3個刺さっている。あっという間に一串食べ終わる。

次は丸いやつ。一つをそのまま口へ放り込む。

ごふっ、と口から息が漏れる。

外側はそれほどでも無かったが、中は半分固まっていない。

猛烈に熱い!

空気を取り込みながら何とか飲み込む。

し、死ぬかと思った。

前の席の男性たちが笑っている。

旅行者はよくやる事らしい。先に言ってほしい。

次は焼き餅と鳥の丸揚げ。

餅は昨日食べた薬草餅を平らにして焼いた感じだろうか、

熱が入る事で餅の甘みが強くなっている。

鳥の丸揚げを食べようと足をぎると腹の中から何か出てきた。

これは朝食べた小粒豆か。だからスプーンくれたのか。

スプーンで豆をすくって食べる、鳥の旨味を吸い込んでいてこれは旨い。

最後に平たいやつ。

これは外側がパリッとしていて中はもちっとしている。

入れられた具材は結構色々あったと思うが、案外味はまとまっている。

何よりかかっている甘辛いソースが旨い。

まだ食べてない丸いやつにもかかっているがこれは間違いなく旨いだろう。


むしゃぶりついていると闘技が再開された。

準決勝だ。


『青月』ブレクと『片角』セーミスの試合。

互いに礼をして構える。

ブレクは身体の前に左前腕ぜんわんを相手に向ける形で構え、

右腕を腰につけて右手を開いて後方に引いている。

対するセーミスは左を後ろに体を斜に構え、

右前腕外側を相手側に向け、左腕を腰につけて拳を握る。


じりっ、と互いに地面を踏む足に力を込める。

次の瞬間、ブレクが相手に向かって突撃する。

引き絞った右腕を捻じりながら五指ごしに力を込めたまま、相手を突く。

セーミスはそれをすんでの所で躱し、飛び上がって身体を回転させながら、

鞭のようにしならせた左足でブレクの頭部を薙ぎにいく。

体勢を低くしてそれを躱したブレクは素早く身体を半回転させて、

回転力を乗せた右の爪撃そうげきを再び繰り出す。

空中にいるセーミスに避ける術はなく、なんとか身動みじろぎをして、

完全に命中することを避けようとする。


ズガッ―――


鋭い刺突が肉に刺さる音が響く。

観客席から小さく、あっ、という驚きの声が上がる。

ブレクの渾身の一撃はセーミスの左わき腹に完全に命中していた。

衝撃は彼女の内部にダメージを与えているだろう。

ズッ、と引き抜かれた爪には真っ赤な血が垂れる。

ぐっ、とくぐもった声を発してセーミスは膝をつき、血を吐いた。

勝負あり、だ。

すぐさま兵士が駆け寄り、セーミスを医務室へと連れて行った。


素早く清掃が行われてもう一つの準決勝が始まった。

驚きの結果となった。ペッカートが勝ったのだ。


頭一つ分も背丈の違う相手にもデロスは決して手を抜かなかった。

拳打けんだの猛攻にペッカートは防戦一方、観客席からはデロスの勝ちだろう、

との声も試合中に上がっていた。

だが、一瞬デロスの動きが止まった。

懐にもぐりこんだペッカートの一撃がデロスのみぞおちに入り、デロスは倒れた。

死んではいないようだ。

観客席からは驚きの声が上がった。


・・・間違いない。ペッカートは違反行為をしている。

公の側に見せないようにした結果、対面であるこちら側からは見えた。

他の者は気付かなかったようだが、私には分かった。

毒針だ。

おそらくは即効性の、体が一時的に弛緩しかんする毒だろう。

防戦の最中、口から何かを吐く動作があった。

それがデロスの足に当たり、動きが止まり、攻撃を仕掛けた。

その際にも左腕の内側に寸鉄すんてつのような暗器を仕込んでいるのが分かった。

何ともこすい手である。


そうして、遂に決勝戦となった。


ブレクとペッカート。

普通の武力であればブレクの圧勝だ。だが、毒針や暗器は計算外の要素だろう。

どうなるのか。


ブレクの戦法は先ほどと同じだった。

突撃と爪撃。

ペッカートはやはり毒針を射出し、ブレクの左腕に命中する。

左腕と左足の力が抜け、爪撃に勢いがなくなり、ペッカートにけられる。

体勢を崩したブレクの盆の窪ぼんのくぼに向かって渾身の力を込めて右手を振り下ろす。

その手には先ほどの暗器。手を内側に握り見えないようにしている。

どんな達人でも急所を鍛える事は出来ない。当たれば、まず間違いなく倒れる。

振り下ろされた右腕が命中する直前、ブレクの姿がペッカートの視界から消える。

振り下ろした右腕は空を切った。

ブレクは右足一本で地面を強く蹴って前方へ飛び退き、

右手で地面を掴んでそこを支点に回転してペッカートの方を向く。

再び右足一本に力を込めて地面を蹴り、ペッカートに飛び掛かる。


「ぬぅぅぅぅおおおおおぉぉぉっ!!!」


飛び退いたブレクを追って体を向けたペッカートに向かって、

烈々たる気迫のこもった雄たけびを上げて、右腕を横に振りぬいた。


ズガンッ


斬撃ではなく衝撃音が響く。

観客席のすべての人が息をんだ。勝敗がどうこう、ではない。

目の前の光景の凄まじさに対して、である。

ブレクの振りぬかれた爪撃は完全にペッカートに命中した。

そして、完全に両断した。

左脇から右腰に向かって振りぬかれた一閃により、ペッカートは真っ二つになり、

上半身が、どしゃり、と地面に落ちて鮮血が噴き上がり周囲を広く赤に染める。

一拍いっぱくおいて観客席から大きな歓声が上がった。

優勝者が決定した。


ブレクは真に武を極めんとする覚悟と死をいとわない勇気を持った人物だった。

対してペッカートは勝利のみを考え、覚悟を持たない蛮勇でしかなかった。

それがこの結果を導いたのだろう。


優勝者となったブレクは鮮血に濡れた体を清め、同じく清められた闘技場にひざまずく。

それを見下ろすのは龍神公ゼルカディア。

優勝者に対して、その武勇と研鑽けんさんたたえる言葉が公より下賜かしされる。

ブレクは頭を下げ、その言葉を受け取る。


こうして今年の龍闘ダグコンバは終わりを告げた。

華々しい賞賛と栄光の場である反面、凄惨せいさんな死と流血の場でもある。

極端なこの二面性は、他の国ではあまり見られない光景であるだろう。

これはこの国の独特の文化であり、私の価値観とは異なる価値観だ。

観覧すること自体に危険はない。

実は他種族であっても出場することは可能であるが、

その際は死を覚悟して挑戦するべきである。

決して間違えてはいけない。


―――勇気と蛮勇は異なるのだ

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