第5話

 皆婚法は、人々に様々なアクションをもたらした。結婚や同棲を解消させるという思いがけない動きがあれば、当然、既に結婚に失敗した人たちにも新たな扉を開くきっけとなった。


 そもそも二十代で既に離婚を経験したということは、早い結婚であったという事かもしれないし、結婚の意味をよく知らなかったという結果でもあるだろう。何事も失敗は大事である。そして、失敗しなければ分からないことは実に多いと言える。だが、現代において失敗は恐れられ嫌われているのが現状だ。


 未婚者の多くは、失敗を恐れるあまり恋愛に踏み込めないし、何とか恋愛まで行けても結婚には踏み込めないという人たちなのだから。それを今では出会いがないという言葉で逃れている人も多いのではないだろうか。


 結婚に一度失敗して、もうこりごりと思う人も居るし、一度失敗したから次は上手く行くと思う人も居る。しかし、皆婚法に於いては、何れの人たちも対象者になり、否応なく次なる結婚を迫るのである。


 この世は理不尽で溢れている。もしかしたら、今の若い人にとって、結婚は最も避けたい理不尽であるかもしれない。だが、ドラマは常に理不尽の中にある。


「お先に失礼します」


 と周りの視線を気にしながら職場を後にする中里美里二十七歳、昨年離婚して娘・由奈三歳と二人で暮らすシングルマザーである。それでも、勤め先は区役所で割と定時上りしやすい環境にある。


 家の近くの城南幼稚園の預かり保育に何とか滑り込んだことで、離婚に踏み切ることが出来たのであった。別れた夫は、典型的な仕事人間で家庭を顧みないタイプで、家事育児は一切やらなかったのが耐えられなかったのである。


 最近は育児休業が認められるようになり、家事育児に協力的な夫も増えているが、そうでない夫の方が多いのは間違いない。育ちにも依るが、基本的に最初から家事育児をやる夫は少ないわけで、それを妻がどのように変えられるかで決まることが多いだろう。


 そういう点で、夫を選ぶポイントは、妻が変えられる男であるかどうかと言えるかもしれない。その点、美里はそれが出来なかったという事になる。もちろん、出来なかったというより、そうしない男であったという方が正しいとも言えるが。


 娘・由奈との生活はとても忙しく大変だけどとても幸せであった。離婚して一年が経過して、離婚したことは間違いではなかったと心から思えていた。しかし、


「ママ、パパは・・・パパはいつ帰って来るの」


 と最近、頻繁に父親を訪ねて来る。そもそも、別れた当時は二歳であり離婚という状況を理解できないので、パパは遠くでお仕事してると嘘を付いていたのである。何時かは話さなければいけないことは分かっているが、まだ何時どう話すかは全く考えていなかった。


 ただ、子どもに対して嘘を付いている事と、離婚したことは間違いではなかったと思えるのだが、結果的に娘から父親を奪ったという後ろめたさを抱えていたのは事実である。


「そうね・・・いつ帰ってくるのかな。待ち遠しいね」


 と返事をするのがやっとであり、それを繰り返すだけだった。実は、美里にも父は居ない。いや、居るには居るが、母親も早くに離婚してシングルマザーで自分を育てたので、父の顔を知らなかったのである。


 だから、自分の子にだけは同じ思いをさせたくないという強い思いがあったのだが、それが出来なかったことに申し訳なさもある。そして、離婚する前には気にもしていなかった皆婚制度が今、彼女に新しい道を照らしている。しかし、シングルマザーはこの制度の対象外と思い込んでいるので、それを知る由もない。


 だが、シングルファザーだと状況は大きく変わる。


 柴山優斗・二十七歳は二歳の息子・大和・二歳と二人で暮らしている。優斗は、美里と違って区役所の様な良い環境には居ない。とても忙しいスーパー秋葉堂の正社員である。


 定時で帰れることはまずない。だから、保育園も長時間保育が可能な施設となり、近くにはないので送り迎えだけで往復一時間以上も掛かる。さらに問題なのは、休日出勤も多く休みも少ない事だ。


 休日出勤の日は、電車で片道一時間掛かる亡き妻の実家まで行かなければいけなくなるので更に大変だった。彼は一年前に妻を事故で亡くしていた。それでも、息子がいたから辛い状況を乗り越えることが出来た。だけども、正直この状況を続けていける自信はなかった。


 何とかしないと思った時に三年前に出来た皆婚制度を知った。そして、シングルファザーでも対象になることを知ったのであった。亡くなった妻には申し訳ないと思いながらも、自分の力では再婚相手を探す時間もお金もない彼にとっては微かな希望となっていた。


 誰かにとっての理不尽は誰かにとっての救いとなる。それを決めるのはそれぞれの生きる環境なのだろう。政府がこういう人たちを救おうと考えているとは思えないのだが。

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