第4話

 深夜、仕事が終わって帰宅する雄一。当然、美咲は寝ていた。しばらくは、はそれでも、目を開けて「お疲れ様・・・お休み」くらいは言葉を交わしていたのだった。しかし、それも一年も経てばそれも無くなっていた。


 雄一も互いに働いているのだから仕方がないとは思っていたが、本当は早く仕事を辞めて子どもをと考えていた。でも、妻の仕事に対する姿勢を見るとそれが言えなかった。言えないというより、言う暇がなかったと言った方が正しかもしれない。


 休日に現場を確認したりすることもあるので、たまの休みには体を休めるために一日中寝てることも多い。最初は、休みに出かけたい美咲とそれで喧嘩になったこともあったが、そのうち雄一を気遣って、そうこともなくなっていった。


 そして、美咲は、その寂しさを紛らわすためにスポーツジムに通うようになった。ジムには水泳教室からテニス、ゴルフ教室まであり、暇な美咲は色んなスポーツを楽しむようになっていった。


 一年程過ぎると、週末にはテニスやゴルフに誘われるようになり、二人は週末にも顔を合わせる機会が減ってしまったのである。そういう美咲の行動に不満を持つ雄一ではあったが、元を辿れば自分が彼女をそうさせたわけで、それを咎めることは出来なかった。


 こうして、仕事が裂いた僅かなヒビは時間と共に大きな溝となっていったのである。それが二人の日常となったわけだが、それからしばらくすると、互いに二人が結婚している意味があるのかと思うようになっていった。


 雄一が会議室に向かって歩いているとスマホが鳴った。見ると美咲からのラインであった。


「今週末時間取れない。話したいことがあるから」

 と書いてあった。そのラインが来ることは何となく予期していた。

「ついに来たか」という思いで

「土曜日なら大丈夫」と返事を返した。



 皆婚法は、結婚を促す策ではあったが、こうした上手く行ってない結婚や同棲を解消させる逆効果も見られた。同棲は気軽に出来るが、それを結婚へと繋げるか、それとも解消して新たな相手を見つけるかを決めるタイミングが難しい。


 だから、時としてダラダラと時間を喰い尽くすこともある。それで良いと思えば問題ないのだが、決着を付けなければいけないと思ってもタイミングが実に難しいと言えるだろう。期間を区切って契約同棲的なことをやれば別だが。


 ここにもそういう岐路に悩んでいるカップルがあった。前田蓮と速水さくらである。共に二七歳という制度対象年齢であり、大学時代からの同棲で、既に五年を経過している。蓮はとても優しくいい奴だが甲斐性がない。今は地元のスーパーに勤めているが、大学卒業してから、五つ目の職場である。


 言い換えれば年に一度転職している計算になる。だから、常に新入社員の給与で、未だかつて手取り二十万円を超えたことはない。まあ、本人はそんなことには全く無頓着であり、お金よりも自分がやりたい仕事を探しているようだ。


 一方のさくらは、大学卒業後、希望していた幼稚園で先生となった。小さい頃から子どもが好きで憧れていた仕事である。実際に想像していた以上に大変ではあったが、日々充実していたが、そろそろ結婚して子どもをと考え始めていた。


 しかし、蓮にはその気が全くなく、未だに青春真っ只中に居るような感じだった。さくらもそういう蓮が好きではあったが、もう恋愛ごっこはお終いにしようと決めていた。


「ただいまーー」と蓮がいつもの様に元気に帰って来る。

「おかえり」それをいつもの様に笑顔で迎えるさくら。

「ご飯にする、お風呂にする、それとも・・・・」なんて言葉はない。

「お腹すいたーーー」と、そういうジョークを打ち消すように蓮が叫んだ。

「はいはい。今日はカレーね」

「やったー」

「こどもかよ・・・」とさくらが呟いた。


 食事が終わり一段落した時に、さくらは意を決して真面目な顔で

「蓮、話あるんだけど・・・」と切り出す.


「どうしたの。幼稚園でイジメられた?」と神妙な顔で応える。

「来月で、同棲して五年になるよね。だから、そろそろ・・・」

「えっ、引っ越すの?」と頓珍漢な想像をする。

「違うよ。同棲解消したいと思う・・・」

「えっー」という蓮の鳩が豆鉄砲食らったような顔がそこにあった。

「そんなに驚かなくても・・・」と想像以上に驚いた蓮を見て言った。

「実は俺も同じことを考えていたんだ・・・」

「えっーーーー」と、さくらが蓮以上に驚いた声をあげた。

「俺たち気が合うんだね・・・」と言って蓮が笑い、つられてさくらも笑った。

「ところで何時から考えていたの?」

「例の皆婚法が成立した頃からかな・・・」

「えっーーーーー」と更に蓮の大きな声が響く。

「そこも同じなの・・・やっぱ俺たちメチャクチャ気が合うよ」

「だね。でも、当時は、法律を一つのタイムリミットにしようって思っただけだったんだよね」

「それ俺も同じ。同棲って始めるのは簡単だけど、決着をつけるのは難しい。だから、さくらの為に、嫌、お互いの為にどこかで結論を出さなきゃって思った。出来れば結婚というゴールであって欲しいと思ったんだけど・・・・」

「仕方ないよ。私、蓮といてとても楽しかったし、蓮の事も好きだったから。でも、結婚となると、お互いの考え方が違うからね。蓮の生き方も尊重したいし、自分の生き方も曲げられない。二人ともわがままだから・・・」とさくらが笑った。

「さくらほどではないけどね・・・」と蓮。

「いやいや蓮でしょ!」と少し強い口調で言う。

「まあ、そういうことにしておこうかな・・・」と蓮が笑った。


 実に大人なカップルである。というより、互いに本当の相手ではなかったのだろう。男女の愛には様々な形態がある。もちろん、彼らみたいに互いが互いを尊重していければ、三組一組の離婚はないだろう。


 しかし、雄一と美咲は互いに尊重した為に返って上手く行かなかったケースだとも言える。結婚生活で嫌というほど思い知らされるのは「忍」の一文字ではないだろうか。生き方も考え方も違う男女が人生を共にするとはどういうことなのか?を考えると、自ずとその言葉に辿り着くような気もする。

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