第3話

「お疲れー」

 と言ってランチトレーを抱えて席に着こうとするのは清水佳代子。大手建設会社の大山建設総務部に籍を置く皆婚制度に賛成の一人である。それに応えるのは既に社員食堂に陣取っていた制度に反対している同期で設計部の荒木誠一と仕方ないと思っている営業部の児島清美である。


「荒木君、その後どう?進んでいる・・・」と佳代子。

「彼女いない歴=年齢の俺としては、分かってた筈なんだけど、やはり結構無理ゲーみたい」

「もう諦めんの?」

「ダメだよ、あと一年もあるんだから・・・」と営業らしい清美。

「荒木君、誕生日は三月だったよね。だったら二年近くあるじゃん」と佳代子。

「でも、この二年は運悪く大型プロジェクトに入れられたから結構厳しいんだ」

「それはおめでとう。流石だね、同期の鏡だ」と清美。


「違うよ。下っ端はただただ忙しいだけで目出度くもなんともない。それより、この制度からどうやったら逃れることが出来るのかで頭がいっぱいだよ。知らない人との結婚なんて絶対に嫌・・・」

「でもさ、かわいい子が来るかもよ。どんな子か分からないんだから」

「ポジティブだなーーー児島さんは」

「でも二人とも制度で良いから気楽だよね。誰か制度は嫌な友達居ないの?」

「私たち二人とも仕事続けたい派だからさ。あんまり恋愛結婚に興味がないの。それよりも、そういう自分を理解してくれるパートナーが欲しいって感じ。聞くところに依れば、今回政府はかなりマッチングシステムに力を入れている様で、かなり希望に沿った人を選んでくれるらしいよ」と佳代子。


「そうなの。どうせ自分では見つけられる気がしないし、ここはひとつコンピュータテクノロジーに賭けてみようかと思っている。それに気に入らなかったら割と簡単にチェンジできるみたいだから・・・」

「荒木君は、女性経験少ないって言うかないんだから、自分で見極まる力ないんじゃないの。それで変な子に捕まるよりは、こういうキチンとして制度にのって探すのも一つの手だとは思うけどね・・・」

「確かに、それは一理あるね。面倒だし疲れるし、もうそうしようかな・・・」

 と、方針転換を考え始める。


 実際のところ、この非婚化の原因の一つに相手を見つけられないという事が意外に多いのが現状であり、そういう中で、婚活サイトやマッチングアプリで結婚相手を探す人が増えていたのは間違ない。


 しかし、それはそれで選ぶ側の条件を上げるし、もっと良い人が居るかもしれないというより良い出会いを目指すことで、お金と時間の浪費を生んでいるのも間違いないだろう。今や三組に一組が離婚する時代と言われるが、とは言え、最初から離婚を想定して結婚する人は居ない。きっと、誰もが結婚式で誓うように死ぬまで一緒に居ようと思うから結婚するのである。


 そして、この制度によって、もう一つの思わぬ動きが出たのである。それは、これを機にこれまでの結婚を解消する、つまりは離婚をしてしまうという動きである。この制度が施行されるのは来年の四月からであり、それ以降に二十八歳の誕生日に未婚であることが条件となるが、初婚限定ではないのである。

 しかも、驚くことに子の有無についての規定もないのである。二十八歳の誕生日に独身であることだけが召集令状を受け取る資格となる。


「おーい、樋口」と荒木が声を掛ける。同期で同じ設計部に所属する樋口雄一。

「おっ荒木、それに佳代ちゃんに清美ちゃんまで、相変わらず君たちは仲いいね」と浮かない顔で応える。

「どうしたの?浮かない顔して、美咲と喧嘩でもした?」

 と、同期で佳代子と同じ部署に所属する妻の美咲の事を聞く。


「喧嘩ね~~結婚三年も過ぎると、喧嘩するネタがなくてね。というか、俺が忙しすぎて殆ど顔合わせないんだよね・・・」と寂しそうに応える。

「そう言えば、ここんとこ美咲も少し元気ないかも?」と佳代子。

「まあ、長い人生そういうこともあるよ。君たちは同期の憧れだから。俺なんか、未だに結婚はおろか誰とも付き合えずにいるんだ。贅沢だよ」と荒木が愚痴る。


「俺からしたら、お前が羨ましいよ・・・」と苦笑いを浮かべる樋口。しかし、実際、樋口夫婦は壊れかけている。やはり、すれ違いの生活が大きな原因ではあるが、それぞれの夫婦像に違いが出てきたのも大きい。


 雄一は働く男として妻に支えて欲しいと思っているが、美咲はそういうタイプではなかった。二人は入社式で一目惚れして付き合いだした美男美女の理想的なカップルであり、誰もが羨む中で順調に愛を育み交際二年で結婚したのである。


「じゃ、これから会議だから、先行くね」と言って雄一が去っていった。

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