第1話

 世紀の悪法と評判の悪い皆婚法が成立して二年と四か月が経ち、いよいよ四月以降に二十八歳を迎える者にとっては、タイムリミットまで一年という時期に差し掛かっていた。成立当時大騒ぎしていたマスコミもだいぶ落ち着いてきたようだが、現在、対象者となる二十七歳の男女は二十九歳までに結婚出来なければ、政府の決めた相手との結婚準備を迫られるという状況に追い込まれ焦りが見えてきた。

 そして、四月に入り二十八歳の誕生日を迎えると本制度への対象者である旨の案内が届くことになる。その案内を何時からか、若者たちは「召集令状」と呼んだ。かつて戦争中に兵隊への召集が命じられる案内と似たような心境を現したのかもしれない。


 法律の制定から二年という時間の中で、当時者たちの対応は大きく分かれており、その内容は概ね次の三つとなる。何としても自分の意志で結婚を決めたい派、出来なければ仕方がないと半分諦める派、それと最後はこの制度に期待する派である。比率としては、六対三対一という程度であろう。


 何としても自分の力で結婚したい派の半分程度は、この二年の涙ぐましい努力によって召集令状を免れた。そういう人たちをマスコミが挙って囃し立て、新時代の勝ち組などという新しい時代の長者として称えた。


 そういう大騒ぎも二年も経てば消え失せた。そして、召集令状は当初の約七割の人たちに届く手はずとなっている。召集令状を止めるためには、婚姻届けが必要であり、それは婚姻届けさえ出せば免れるという事でもあった。


 そういう中で実際に、書類上だけの結婚をした者たちも少なからず存在したのである。


 自力で結婚したい派の半数は、この二年の努力が報われなかったという事で、更なる努力へと向かう意欲が消え失せつつあった。その中の一人、井上真紀は、焦りと失望の中で、これからの事を考えていた。

 普通は二年もあれば何とかなると思うだろう。しかし、恋愛・結婚に関しては、そういう時間的実現性はなく、出来る時はあっという間だし、出来ない時は時間の長さなど全く意味を為さないという恋愛・結婚あるあるに苛まれていた。


 一人で考えても答えが見いだせない時は、友達に聞くのが一番と考えて、学生時代の仲間と報告会と称して飲み会を開いた。


「いよいよだね・・・」と真紀が言葉を掛けると

「そういう言い方止めて」と岸本芙美が返して来る。

「芙美は期待しているから、そういう風には思えないのは分かるけど」と真紀

「でもさ、仕方ないんだよね」と河合玲子。


 それぞれ三者三様にあと一年を受け止めていた。真紀はこの制度に反対で、自力結婚を最後まで考えている。芙美は逆に、この制度に任せようと思っている。玲子は自力で動こうとは思っているが、出来なければ仕方ないと考えていた。


「この二年頑張って来たから結構疲れたんだよね・・・」と真紀の表情が冴えない。

「だから、最初に言ったでしょ。自然に任せるのが一番だと」と玲子。

「でもさ、この制度って意外と良くない?」と芙美。

「何がいいのさ、婚活アプリで色んな人と会ったけど、良い人居なかったよ。もし、そういう人と一緒に住めと言われたらと思うとゾッとする」と真紀。

「しかし、政府がやるからには婚活アプリとはスケールが違うんじゃない。民間と国家では規模や予算が違うだろうから、きっと良い相手が見つかると思うけどね」と芙美。

「知ってた、日本人に恋愛結婚が増えたのは、この五十年らしいよ。それまでは圧倒的にお見合い結婚で、私の母が言ってたけど、母の祖父母は結婚式まで合わなかったらしい」と玲子。

「マジで、あり得ないっしょ。で、二人はどうだったの?」と真紀。

「母が言ってたけど、とても仲の良い優しい祖父母だったって」

「そりゃ、百年近く前の話でしょ。そんな昔話をされてもね・・・」

「でもね、意外に思えるかもしれないけど、恋愛結婚が増えたことで離婚率が増えたのは事実らしいよ」

「昔の人は離婚が言い出せなかっただけじゃないの?」

「その可能性は無きにしも非ずだけど、何故、恋愛結婚だと離婚が多いのか。きっと、恋愛結婚だと愛情のピークで結婚するから、段々と冷めていくことになるのかもね」

「それ分かるかも・・・」

「いや、私はそれでも愛を信じたいな・・・」

「愛ってなんなの?」と玲子に聞かれ

「そりゃ・・・」と言葉に詰まる真紀であった。


 愛する人が居ない状況で愛を語ることは出来ない。誰もがこれをやってしまうことで道を間違えるのではないだろうか。人を愛するとは人を好きになることの先にあると思うわけで、好きな人さえ出来れば何とかなると思う人が多いのは確かだろう。

 この世には愛のない結婚をする人も少なくない。それは、愛と結婚は別物であることを証明するのかもしれない。何れにしても、それは自らの経験によって確認するしかないのだけは確かである。


「で、芙美はどうなの?」と、真紀が不安そうに聞く。

「どうもこうもないわよ。私も色々とやってみたけど、ビビッとくる相手には巡り合えないのは真紀とおなじだよ。でもさ、思ったんだけど、そういう相手って本当にいるのかな?居たとしたら、何がそうさせるんだろうって思う。せめて、それが分かればと思うんだけどね」


 結婚という人生を決める選択をするのに私たちは何の基準も何の情報も持っていない。せいぜい見た目や性格、収入などであり、細かい考え方などは考慮できないのではないだろうか。実に怪しい基準や情報で人生の重大な判断をしている。だから、結婚は続かないし離婚が増えているのではないかと思う。


「皆婚制度が凄いと思うのは、結婚したい相手を繋ごうとするのではなく、結婚した方が良いと思える相手との出会いをナビゲートすることなのよ」

 と、この制度を熟知する玲子が自慢げに話す。

「それって、言い換えれば他人任せってことじゃないの?」と真紀が突っ込む

「まあ、そういうことではあるけどね。でもさ、その他人が自分より経験が豊富で視野の広い人だったらどうよ。可能性が広がるってことはないの?」と芙美。

「確かにそれはある。まあ、結局、最後は自分で決めるにしても、結婚を誰かに相談したりするだろうからね」と玲子。


 とまあ、女たちは結婚について改めて真剣に考え直していた。

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