第11話 幕引き
昔からよくある手段なんだが、とレスターは淡々と話し始めた。
「白粉に毒粉を混ぜて
「あの厚塗りにはそういう意味が……」
アレンが感心とも呆れともつかぬ呟きをもらすと、レスターが重々しく頷いた。
レスターはレスターで、夫人の白粉を入手し、独自に調べていたらしい。エリックによる鑑定結果をアレンが手短に伝えると、得心した様子で続けた。
「おそらく、伯爵の殺害計画自体は長期にわたって組まれていたと思うが、一年前の法改正で事情が変わった。伯爵が亡くなっても、財産はマクレイ卿に渡らず、夫人とお嬢様で半々。確実に夫人に財産を集中させようとすると、お嬢様の存在が邪魔となる。伯爵よりも先に、まずお嬢様、と方針が変わった」
うろうろと好き勝手に歩き回っているエリックの存在は、ひとまず全員で見ないものとして。
レスターの背後に控えていたメアリーが、手をもみ絞りながら発言した。
「漠然と嫌なものは感じていたんですけど、私の力だけではどうにもできず……。お嬢様の実のお母様が公爵家に縁の有る方だったことを思い出し、藁にもすがる思いで次期公爵様に助けを願い出たんです。取り合って頂けるか不安だったんですけど、レスターさんを派遣してくださって。だけど、どうしてもレスターさんの仕事の領分は伯爵様のおそばで、お嬢様をお守りする手が足りませんでした……」
(メアリーさんは最初から味方で、事情を知っている側だったのか。兄様が俺にあまり事情を話さなかったのは……先入観を排して公平な視点で状況を整理させるため、かな?)
自分に声がかかるまでの経緯をおぼろげに掴み、アレンは一応納得した。自分のひととなりをよく知っているレスターだけに、必要があれば過不足なく働くと信じていたに違いない。
実際に、クララの部屋から証拠品を見つけ出したのはアレンだ。だがそれよりも、夫人やマクレイ卿、あるいはもっと他の不審人物を近づけない護衛の役目のほうが、より重要だったように思われた。
なにしろ、そういった男手を必要としていても、下手に手順を踏んで婚約者などといった方法で屋敷に入り込もうとすれば、激しい妨害や抵抗でおそらく失敗に終わっていたはず。時間にも限りがあり、体裁には構っていられなかったのだろう。それゆえの、男娼。クララに言わせれば「色欲」担当……。
ソファに座ったまま話に耳を傾けていたクララは、直立不動のレスターを見上げて口を開く。
「よくある手段と言うけれど、世間知らずの私ではそんな方法は思いつきもしなかったわ。義母とマクレイ卿の企みを暴いてくれてありがとう」
「どういたしまして。その御礼はぜひ私の主に。お嬢様のお母様と生前に面識があったそうで、もともと気にかけていました。証拠の品を押さえることもできましたし、伯爵にも話は通してあります。ただ、事を荒立ててしまえば醜聞となり、メイナード伯爵家にも痛手となりますので、ここからの処遇は伯爵の判断となりますが」
幕引きのような挨拶にふと不安を覚え、アレンは確認の意味で質問をした。
「レスターさんが執事としてこの屋敷に来たのは陰謀を暴くためだったとして……、公爵邸にお帰りになるんですか」
「いくつか残務があるので、すぐにというわけでは。君も頃合いを見て解放します」
兄弟という事実はクララの前でもあり、両者ともかろうじて伏せたまま。
(解放……。たしかに兄様のお役目が終わったら、俺も残る理由は無いんだろうけど。お嬢様は……。毒を排除できたとしても、体が弱っているのはどうにもできないし、余命宣告も)
本来、看取るような間柄ではない。クララも一連の事情がわかった以上、アレンにここに残れとは言わないだろう。
あとは、アレンがどうするか、であった。
自然と目を伏せ、思いを巡らせる。
(「悪魔」の件が兄様とお嬢様の示し合わせた嘘だとしても。七つの大罪は結局、どれもこれもまともに完遂できていない)
顔を上げて、レスターを見つめた。
いつものように、笑って告げた。
「僕もまだ残務が。すぐに解放して頂かなくて結構です。お嬢様とやり残したことがまだたくさん、ありますので」
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