第32ワン 勇者とダークエルフ
魅了の術が解け、更にしのぶによる金的蹴りで失神した盗賊4人は憲兵達により連行された。
「問題はこいつですな。はてさて、どうしたものか」
憲兵隊長は、体を縛られ目隠しと猿轡をされた状態で、うつ伏せに押さえつけられたサキュバスを見下ろす。
「シソーヌ王国刑法は対象を“人”に定めております故、“魔族”相手に適用して良いものかどうか……」
「つまり、前例が無いということですね?」
ナイーダが問うと、憲兵団長は頷く。本来、魔族と呼ばれる存在は人の社会と交わる事が無く、アラパイム中の如何なる国も魔族を法で裁く“民”として扱っていないのである。
「ナイーダさん、アラパイムでは動物や
しのぶはナイーダに小声で問う。
「それらは“災い”として、民を守るためという大義の下に……命を絶ちます」
しのぶが居た元の世界でも、人に危害を加える熊や狂犬などは殺処分という形で命を絶たれていたが、
「……人型で、人の言葉を喋る生き物を殺すのか……」
しのぶは先日における魔獣使いタモンとの戦いを思い出した。直接手を下したわけではないが、魔族であるタモンと交戦し、その結果として彼は目の前で命を絶った。小学生のしのぶにとって、否、現代の日本で暮らす殆どの人間にとって、人の死というものは受け入れがたいものだ。たとえソレが人によく似た人ならざる生物だとしても。
「ふん縛ったまま王宮に運んで、なして盗賊に市場を襲わせたんか、尋問したらどうじゃ?殺すんか生かすんかは、その後でもええじゃろう」
ショースケが提案する。
「そうですね、決定は女王様達に任せた方が……」
その時だった。サキュバスの猿轡が外れ……
「うああああああ!!!人間どもめえええ」
悲鳴に似た高い声で叫ぶサキュバスに対し、しのぶ達も憲兵達も身構える。
「気をつけてください、言葉を出せる状態だと、術を使うかもしれません!!」
ナイーダが言った利那
「その必要はない」
どこからともなく発せられる声。
「上じゃあ!」
ショースケの声に一同は天を仰ぐ。その上空に一体の人と思しきものが浮いているではないか。
「なっ…いつの間に……」
その人らしきものはゆっくりと下降し、倒れたサキュバスを跨ぐ様に地に足を着いた。
「そのお声は……ガリマーナ様!!」
サキュバスがガリマーナと呼んだそれは、居丈高に腕を組みながら、しのぶの顔を注視する。
その視線の高さはしのぶとほぼ同じ。背格好も、年齢も、しのぶと同じくらいの少女にしか見えない。だが、
「ナイーダさんみたいに耳が長い……でも肌が褐色だ……ってことは」
「ダークエルフです。彼女は」
ナイーダは続ける。
「大魔女ガリマーナ……1000歳以上年を経た伝説のエルフがいたというのは、我々エルフ族の者なら誰もが知っています」
ナイーダの言葉に、ガリマーナは子供のように笑いながら、
「ほうほう、よく知っておるな。お主の様なシティエルフの若者にも妾の逸話は語り継がれておるか」
シティエルフとは、森を離れ街で暮らし、肉も食らい、只人やドワーフとも分け隔てなく接する様になったエルフを指す。
「ええ……貴女がこの世の術法ほぼ全てを修めた偉大な術師であること、そして……魔王と組み、先代勇者様と敵対した事も!!」
ナイーダの言葉に衝撃を受けるしのぶとショースケ。
「うはははは!その通り、我が名は
ガリマーナはしのぶとジローを指さす。
「しのぶが・・・・・・聖剣の勇者!?」
またも驚くショースケ。
「……正確には、ボクとジローが……だよ」
しのぶが剣の鞘を腰の高さで水平に構えると、ジローが柄を咥え、剣本体を引き抜く。
「んなっ……ちゅうことはソレが聖剣ヴァーバ・ノワーナ!?」
ショースケが「超える」ことを目標にしていた剣は身近にあった。そして、その刀身が想像より遙かに美しい事も思い知らされた。
「剣を抜いたという事は、妾と戦う気か?妾は戦いに来たわけじゃあないのだがのう」
広げた両掌を肩くらいの高さで天に向け、ため息をつくガリマーナ。
「じゃあ、何しに来たのさ」
しのぶが問うと、ガリマーナはにやりと笑う。
「お主らを討ち損じた部下を、処刑しに」
ガリマーナが両掌を、目下に横たわるサキュバスに向ける。
「紅禽よ、ナメとうなれ。フラーメ!!」
ガリマーナの両掌から高熱のエネルギーが発射された。
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