第21ワン 「大」と「`」

 迫る槍の穂先。一方のシノブは一見して丸腰のままに構える事もない。

 もらった!タモンは確信する。 いくら真の力を発揮した勇者とはいえ、武器も盾も持たずにこの地上一硬い金属・ルミーネ鋼で出来たやいばを防ごうなど出来やしまいと。


「よっ」


 シノブは掛け声とともに、左手で槍を打ち払った。それも柄ではなく、穂先の刃をだ。


「なっ……」

  唖然とするタモン。そして、次にシノブは右の手刀で槍の柄を叩く様に打ちつける。するとどうだ、槍の柄は3分の1から先が折損。いや、切断されたではないか。


「俺たちが聖剣を持ってない事に油断したな?教えといてやろう。聖剣は、俺たちの体そのものになっている……つまり、俺たちの体はほぼオリハルコーンで出来ているようなものだ!」


「オリハルコーンだと……!?」


 オリハルコン–それは神々の住まう地にあるとされる伝説上の金属。それを鍛えて造られたのが聖剣ヴァーバ・ノワーナである。アラパイムの地上で最も硬いルミーネ鋼をもやすやすと砕くその硬度を、シノブはその身に宿しているのだ。


「俺たちの使う武器は一つ。つまりこの体だけだ。こいつは返すぜ」


 シノブは切断した槍の穂先側をタモンの元へと投げて寄越す。タモンは無言で槍の穂先をキャッチした。


「……認めよう。貴様の強さを、存在を。そして…我が敗北を!」


 次の瞬間、タモンは槍の穂先で自らの右目を抉った。


「!!?」


 突然の出来事に驚くシノブ。その利那にタモンは眼球を天高く放り投げる。そして、地に伏していたモンスター達の内から1体のガーゴイルが飛び立つと、それを掴む。


「行け!ガーゴイルよ!!私の見たままの勇者の情報を魔王様に届けるのです!!!」


 タモンの命を受け、ガーゴイルはふらふらと飛んでゆく。


「させるかっ……」


 シノブが掌を向け、光の矢を放とうとしたが……


「させませんよ!呪文は唱えさせません!!」


 両手に槍を構え、シノブへと襲いかかるタモン。


「このっ……!!」


 左の抜き手でタモンの心臓を貫いたシノブ。


「魔王…様…万z……」


 言い切る前にタモンは事切れた。シノブがガーゴイルの飛んでいった方向を見やると、すでにその姿を見失ってしまった。


 敵であるタモン並びに配下のモンスター達を、敗走したガーゴイルを除き殲滅させた事により、シソーヌ王国軍は歓喜の雄叫びをあげる。そして、勇者であるシノブに浴びせられる喝采と礼賛。その嵐の中、シノブは女王の下へと歩いて行く。


「まだ、俺たちは頼りない子供と犬かい?おばさん……いや、女王陛下」


「非礼の数々を謝りますわ。シノブ様……いえ、聖剣の勇者よ」


 シノブと女王は互いに笑う。


「シソーヌ王国の危機を救った貴方たちなら、きっとアラパイムそのものも救えるはずですわ」


「へへ…任しときな……って……」


 ふらつきながら倒れるシノブ。あわや地面にぶつかる寸前に体が光に包まれると、彼らは元のしのぶとジロー、そして聖剣の3体に分かれた。


「シノブ様!ジロー様!」


 駆け寄るナイーダを、女王が制止する。


「疲れて眠っているだけですわ。それにご覧なさい。可愛らしい子供と犬の顔でありながら、使命を成し遂げた勇者の顔をしているわ」


 「大」の字に寝転がったしのぶの、左肩の斜め上に「てん」となり伏せるジロー。「犬」という漢字の成り立ちは、大の字に寝た人の側に寄り添う犬の姿が由来とされている。

 かつて狼の一種だった獣は、原人と出会う。そして、行動をともにするうちに狼は犬に、原人は人間となった。人と犬は数万年の歴史を互いに協力し、艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えてきたのだ。しのぶとジロー、この1人と1匹もまた、これから苦楽をともに乗り越えていく事だろう。聖なる剣で運命を切り開きながら。

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