第2章

第22ワン 勇者と旅立ち

─勇者しのぶとジロー召喚より2日後

 レ・モンサン平原に現れた魔物の大群及び魔王軍四天王が一人タモンを、召喚された勇者が討ち取った事はシソーヌ王国中を、そして風に乗った噂は各地へと流れる。幸か不幸か、伝説の勇者は一人の美青年─しのぶとジローと聖剣の融合した姿シノブレイブ、ただ一人であるという伝聞で広まったため勇者は子供と犬の一組であるという真実を知るものはシソーヌ王国の民達と少数の冒険者ヴァガボンダーのみであった。




 林道を行く馬車の中、ジローは寝息を立てて熟睡している。時折、犬特有の「プワッ」という寝言まで聞こえてくるではないか。


「……よく寝られるなぁコイツ」


 ジローの傍らに座るしのぶは、慣れない馬車の揺れに乗り物酔い寸前だ。ましてや今乗っているのは人が乗るための座席が無い、荷馬車なのだから。


「貨物用のハイエースに無理矢理乗ってる感じだよ。道もアスファルトで舗装されてないから凄く揺れるし……」


「はいええす?あすふぁると?何ですかそれ」


 聞き慣れぬ単語に疑問を抱いたのは、宮廷魔術師ナイーダ・イアンシュタ。眼鏡を掛けたエルフの女である。


「ハイエースはボクとジローがいた世界の自動車。自動車ってのは……まぁ燃料と電気で動く車で、馬に引かせなくても動く馬車みたいなものだよ。アスファルトってのは……石みたいな素材で、それで道路を覆って車が通りやすくするんだ」


 身近なものでも、異世界の人に意味を伝えるのは大変な事だ。と、しのぶは思った。


「まぁ。シノブ様のいた世界では馬車が無いのですか?」


「無いわけじゃあないんだけど……」


 自動車の普及した現代で馬車は全く使わないわけではないが、少なくともしのぶの居た日本ではテーマパークの催しや、やんごとなきお方の行事くらいでしか使われる機会は無かった。


「でも、何でボク達は二人と一匹で荷馬車に乗って移動なのさ?敵の本拠地を攻めるなら大軍を率いて攻めるもんじゃないの?」


 シソーヌ王国を旅立ったしのぶ、ジロー、ナイーダの二人と一匹は荷馬車に乗ってレ・モ ンサン平原を抜け林道を移動している。昨日の戦いで何千人という兵士達がいたはずなのに、今居る仲間は女魔術師が一人だけなのだ。


「大軍を率いての大移動など、目立つではありませんか。魔族や魔物に襲われる度に先日のような大合戦をする羽目になります。兵や武具、食料などで莫大な費用もかさみ、国民への課税も増やさなければなりません」


 小学生のしのぶでも、何となく兵を出す事が大変なのは理解できた。RPGの勇者パーティーが少数で冒険したり、王様が碌な餞別も寄越さず旅立たせるのはメタな理由以外にも理由があったのだ。とも思う。


「……ナイーダさんが来てくれただけでも感謝しなきゃね」


「私も、シノブ様から元居た世界のお話をたくさん聞きたいですし、どこまでもお手伝いしますわ……」


 その時だった。急に止まる馬車。その衝撃に、さすがのジローも目を覚ます。


「うわっ!?何?」


「一体何があったのです!?」


 ナイーダは荷馬車の幌を開け、御者に尋ねる。


「野盗です!……人が野盗に襲われています!!」


 御者の指さす方を見れば、しのぶより幾つか上くらいの歳と見られる少年が刃物を構えた男5人に囲まれているではないか。


「……助けよう!いくぞジロー!!」


「わんっ!!」


 しのぶは、背負っている鞘入りの聖剣の柄を握る。たとえそれが自分に抜けなくとも、そこを握る だけで勇気が湧いてくる気がした。

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