第19ワン しのぶとジロー

─4年前 東京都荒川区


 しのぶこと、大河原忍が学校の帰りにたまたま荒川に架かる橋の下を通った時の事だった。


「クーン」

 と泣く、小さな毛玉の塊のような生き物が段ボール箱に入った状態で震えていたのを発見した。白と黒の斑模様、片耳が垂れたそれは生後3ヶ月ほどの子犬。


「おまえ、捨てられたのか?」


 しのぶは子犬を抱きかかえた。


「お父さんとお母さんに飼っていいか聞いてみよう」


 しのぶは子犬を抱えたまま家を目指して歩く。


「でも飼えなかったらゴメンな。お母さん、「犬を飼うんだったら、トイプードルがいいわ」とか言 ってたし」


「クゥン……」


 案の定、トイプーとは似ても似つかぬ雑種犬を飼うのは両親から反対されたが、しのぶは子犬を飼うための約束を結ばせた。それは学校のテストで5教科とも100点を取ったら犬を飼ってもいいというものだ。しのぶが勉強に励むのならばいいだろうと両親は承諾したが、しのぶには「テストまでは1週間以上ある。その間、世話をするうちにお父さんもお母さんも情が移ってこの犬を手放せなくなるだろう。お母さんのトイプードルへのこだわりも薄れているはずさ」という思惑があった。しのぶの策士ぶりは 6歳にして才能を開花させていたのだ。

 だが、しのぶはテストで見事全教科満点を取ってみせた。子犬への思いが努力をさせたのである。斯くして、子犬は大河原家の一員となった。名前は予てより弟が欲しいと願っていたしのぶにより 、

「ジロー」と名付けられ、今日までの4年間たまにマムシに咬まれたりはしたものの、荒川区で平凡な飼い犬ライフを過ごしていた。




「今のは一年生の頃の……何でボクは今、荒川区にいるんだ?ジローと一緒にアラパイムとかいう異世界に行ったはずだぞ?」


 しのぶは自身が元の荒川の河原にいることを怪訝に思い、周囲を見渡す。


「しのぶ」


 ふと、名を呼ばれ振り向いた。


「ジロー?」


 声の主は愛犬であるジローだった。


「何で喋ってんだよ?……そうか、これは夢だな!?」


「そうだ。これはきみのみているゆめなのだ」


「だよなぁ。 『流れ星・銀』ですら人と犬は喋らないんだぞ?犬が鎧着る方の漫画は会話してたけど」


 あり得ない状況に、しのぶは安堵する。


「だが、おれもきみとおなじゆめをみているようだ」


「なんだって!?」


 ジローが前足である方向を指した。そこにあったのは、鞘に収まった状態で宙に浮いてい聖剣ヴァーバ・ノワーナの姿。


「何で荒川に聖剣が……」


「どうやら、おれたちにゆめをみせているのは、あいつのようだ」


「あいつ?」


 宙に浮く聖剣の後ろに立つ一人の男。


「その通り。コレは俺っちが君たちに見せている幻影ヴィジョンだ」


「おじさん、誰!?」


 身長175cmほど、中肉、年齢30歳前後の男。ピンク色の髪をしたスーツ姿の男。


「おじさんは、この剣を造った人だよ」


 男は聖剣の鞘をコンコンと叩く。


「せいけんをつくったのはかみだときいたが、とすれば……」


「俺っちの名はヤンセ・ライマン。まぁ一部では神と崇められている存在ではある」


 ヤンセは続ける。


「俺っちは君たちを選び、アラパイムの地に送り込んだ。そして試させてもらったのさ。勇気を持ち、他者を守る優しさ、そして邪悪に屈しない高潔な魂を持つ者か否かを」


「ふぅん……で、 どうだったの?ボクとジローは」


「これが答えさ」


 すると、聖剣は剣と鞘に分かれ、剣はジローの、鞘はしのぶの元へ移動した。


「さあ、再び聖剣をその手と口に執るがいい。武力の勇者ジロー、知力の勇者シノブ、よ、アラパイムを悪しき者達の魔手から救うのだ!」


 しのぶとジローは互いに目を合わせると、しのぶは鞘を両手で掴み、ジローは柄を咥えた。


「ボクは鞘!」


「おれはつるぎ!」


「人と犬と剣、汝らは三位一体の勇者なり!」


 しのぶとジローが剣を鞘に収めると、荒川の風景は溶け出し、再びアラパイムへ。そして、それを見る二人の視界が一つに重なった。


「またな、小さき勇者たち」


 そう言い残し、ヤンセは姿を消した。

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