お葬式

釧路太郎

第1話

 趣味の悪いイジメだと思うのだが、俺の葬式が俺の知らない間に執り行われていた。俺の葬式には当然両親や弟だけではなくクラスメイトや担任、それ以外の先生たちも参列していたのだ。


 ここ数日の記憶はないのだが、俺は学校近くの山の中で目を覚まし、必死の思いで家に帰ってきたのだが、家に帰って来ても誰もいなかったのだ。今までもみんなが出かけている時はあったのだが、俺が家に帰ってきたその日は、誰も家に帰ってこなかったのである。

 とにかく、俺は空腹でどうしようもなかったので家にあるものを勝手に食べていたのだが、冷蔵庫の中身はほとんど空に近かったのでカップラーメンを二つ食べてしまった。その後は風呂に入って自分の部屋で寝ていたのだが、翌朝目が覚めても家に誰も帰って来ていなかったのだ。

 どこかに行く用事があるとも聞いていなかったし、俺を置いてどこかへ行くというのであれば食料なりお金なりを用意しておいてほしいと思ってしまった。

 誰もいない家の中で黙ってテレビを見ているのも飽きてきたし、普段は読まない新聞でも読んでみようかと思って適当に流し読みをしていると、お悔やみ欄になぜか松田宗助という俺の名前が掲載されていたのだ。新聞の日付と照らし合わせてみると、俺の通夜は今夜行われることとなっていた。俺はまだ死んでもいないというのに、葬式をするなんてふざけた話があるものだと憤っていたのだが、もしかしたら俺と同じ名前なだけの他人なのかもしれないと思うことにした。

 仮に、俺の葬式を行うのだとしても、こうして新聞に載せるなんて馬鹿げている話だ。確かに、俺は親にも学校にも迷惑はかけていたとは思うが、ここまで酷いことをされるとは思いたくなかった。

 夜になっても誰も帰ってこなかったのだが、俺はここで俺と同じ名前の高校生の通夜がどんなものなのか気になってしまい、何となく軽い気持ちでそこへ行ってみようと思い立ってしまった。


 俺の通夜の会場は近所の斎場であったのだが、受付をしてくれていた俺のいとこが俺の顔を見た瞬間に悲鳴をあげて椅子から転げ落ちてしまったのだ。

 何事があったのかと一斉に俺の方へ視線が集まったのだが、俺の姿を見た人達は悲鳴をあげたり腰を抜かしてその場に座り込んだりと、一様に驚いているという事だけは理解出来た。

 俺は誰にも止められることは無く祭壇の前まで歩いていったのだが、そこに飾られている写真は間違いなく俺のモノであった。仲間とキャンプに行った時の写真を切り抜いたものだと思うのだが、一緒にキャンプに行った仲間も俺を見て指をさしながら言葉を失っているようであった。

 俺の家族は三人ともずっと下を向いて悲しみにくれているようなのだが、みんなの様子がおかしい事に気付いた弟が顔を上げて俺の姿を確認すると、今まで見たことも無いような驚いた表情を見せて母親の背中をバシバシと叩いていた。

「兄貴、なんでそこにいるんだ。その中から出てきたっていうのか?」

 弟は棺桶と俺を交互に見ているのだが、俺の姿を見た母親は涙を流したまま俺のもとへと駆け寄ってきて、今までされたことが無いくらいの強い力で抱きしめられたのだ。それまで俺の遺影を何も言わずに見ていた父親も二人の異変に気付いて俺の方を見ていたのだが、教科書に載るのではないのかと思うくらいに綺麗な二度見をして母親同様に俺の事を強く抱きしめたのだ。

「お前、本当に宗助なのかい?」

「そうだけど、なんでこんな事してるの。俺は確かに迷惑かけてきたと思うけどさ、生きてるのに葬式をされるような悪いことはしてないと思うけど」

「いや、だって、宗助は事件に巻き込まれて死んだって言われたし」

 俺はみんなの視線を集めたまま祭壇の前に立ち、棺桶の中を覗き込んでみたのだが、そこに横たわっているのは紛れもない俺自身であった。そこには、いつも鏡や写真で見る俺の顔があったのだ。


 聞いた話によると、俺は他校の生徒と廃ビルの中で喧嘩をしていたそうだ。理由は思い当たらないのだが、とにかく俺は他校の生徒と喧嘩をしていたとのことだ。その時に喧嘩相手ともみあいになっている時に相手の隠し持っていたナイフで刺されたのが致命傷となり、そのまま失血死したらしい。言われてみると、棺桶の中の俺は肌がいつも以上に白いように見えてきた。

 誰かに見せるためではないのだが、喧嘩の時はいつも誰かが撮影をしていたのだが、この時はその映像が証拠となり、俺を刺した相手はすぐに逮捕されたそうだ。俺も後でその映像を見せてもらったのだが、確かにいつも見る俺と同じ人が初めて見た男にナイフで刺されているのが確認できた。

 こうして生きている俺と死んでいる俺がいるという不思議な状況ではあるのだが、俺が死んでいるのは紛れもない事実であるし、俺がこうして生きているというのも紛れも無い事実なのである。

 俺が偽物なのか、あそこで死んでいる男が偽物なのかはっきりしないのだが、少なくとも俺は松田宗助本人なのは紛れもない事実なのである。

 さすがに俺が遺族席に並んで座るわけにもいかず、奥の控室で過ごすことになったのだが、通夜が終わった頃に警察官と医者が数名やってきて俺の事を色々と調べ回していた。簡易的なDNA検査の結果、生きている俺も死んでいる俺も同一人物であるという結果が出てしまった。両親はもちろん困惑していたし、弟も俺も困惑していた。俺達以上に警察や医者が困惑していたのが意外だった。俺の印象では警官も医者も常に冷静だと思っていたのだが、そんなことは無いようだった。

 後日、正式な鑑定を行うことになったのだが、生きているのも死んでいるのも俺には変わりないという事でこのまま葬式は執り行われることになったようだ。ただ、俺が生きている以上は死亡届を出すことが出来ないので火葬することも出来ないらしい。

 葬儀が終わり次第警察で遺体を預かってもらえることとなったのだが、俺を含めて関わった者全員が納得する答えが出ることは無かった。


 俺の葬儀が終わった後はいつも通りに日常を送り学校にも通っていたのだが、今まで俺と一緒にバカな事をやっていた連中は心を入れ替えたのか真面目な優等生になっていた。俺も例に漏れず真面目に勉強に取り組んでいったのだ。

 DNA検査の結果が出たのは葬儀が終わってから半年以上たった冬の事だった。その頃になると俺達もすっかり元の生活に戻っていたのだが、以前と違うところが一つあり、それは母親の用意する食事が一人分多く作られるようになったという事だった。

 検査の結果、俺と亡くなっていた俺のDNAは完全に一致したそうだ。他人である確率は全くなく、生きている俺も亡くなっていた俺も間違いなく同一人物であり、両親の子供で間違いなかったそうだ。時間をかけて念入りに調べても俺と亡くなっていた俺は同一人物で間違いないという結果が出ていたし、一卵性双生児の場合は一致することがあるそうなのだが俺は双子だったという記憶も無いし、母親も俺を産んだ時にもう一人の俺を産んだ記憶はないと断言していた。もちろん、出生届も俺の分しか出されていないし病院の記録にも母親が双子を産んだという記録は残っていなかった。

 警察から聞いた話なのだが、双子でも指紋が全く一緒になることは無いそうだ。だが、俺と亡くなった俺は指紋だけではなくつむじの位置まで全く一緒だったらしい。こんな事は一卵性双生児でもありえないそうなのだが、俺と亡くなった俺は科学的にも同一人物だという事が証明されてしまったのだ。


 ただ、俺は廃ビルで喧嘩をするという話は知らなかったし、山の中にいた理由も思い出せずにいた。俺の葬式があった時に病院で精密検査を受けていたのだが、体にも脳にも特に異常はみられなかった。疲労が溜まっているくらいで問題は無いという診断がくだされたのだ。

 生きている俺と死んでしまった俺の話はどこからか広まっていたようで、大学に入ってからも社会に出てからも知らない人から話しかけられることが時々あったのだ。そのほとんどはちょっとした好奇心や怖い話を聞きたいだけなのだろうが、俺から話せることなんて何もないのだ。

 俺はある程度の事は覚えているのだが、俺の葬式が行われる少し前の記憶だけ残っていなかったのだ。

 俺の葬式を行ってから二十年近く経ったある日、俺は高校時代の友人たちと軽く同窓会を行うことになった。昔は遠慮してみんな聞いてこなかったのだが、これだけ時間が経てば自然と俺の葬式の話題も出てくるのだ。話を止めようとするものもいたのだが、俺は山で目を覚ましてから家に帰って翌朝に新聞を見てその日の晩に通夜の会場に行ったという話をした。今でもあの日の事は鮮明に覚えている。それくらいに忘れられない出来事だったのだ。笑い話になんて出来るような話ではないのだが、俺がわざと明るい口調で話したことでみんなの中にあるモヤモヤとした気持ちが少しは晴れているといいなと思っていた。


 俺を刺殺したナイフは少年が逮捕された時にも発見されず、俺が喧嘩をしていた時に撮影された映像が決め手となっていたそうだ。

 もう一人の俺が殺されたことで殺人罪で起訴されたそうなのだが、生きている俺がいることでややこしいことになってしまい、最終的には傷害罪で起訴されたそうだ。刺されたのが俺ではなくもう一人の俺なので全く実感はないのだが、被害者と同一人物の被害者ではない者がいるという奇想天外な事件は世界中で話題になっていたのだが、刺された俺の事も刺した少年の事も実名が出ていないので都市伝説と思われているようである。

 たまたま見つけた動画のネタになっていたので見ていたのだが、事件の凶器も見つかっておらず少年がどこからナイフを手に入れたのか入手経路も不明であり、刺された少年と全くの同一人物が今もどこかで暮らしているという話で締められていたのだ。

 そんな動画を見ながら俺は昔から持っていたナイフを眺めていた。


 世の中には自分にそっくりな人が三人いるという話は聞いたことがあるのだが、似ているだけであれば何の問題も無いのだ。

 全く一緒であれば問題はある。それだけの話なのだ。

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