第2話 星に願いを

 8月5日、35度を超える猛暑日として、朝から天気予報士が剣幕な顔で注意を呼びかけていた。外出て10歩も歩けば汗がたれ垂れてくるような、そんな暑さに苛つきながら学校に向かった。教室の扉を開けるとすーっと冷たい風が抜け出した。エアコンが効いている。僕は1番に着いてエアコンをかける気満々で早めに家を出たが、誰かに先を越されたみたいだ。それが誰かはすぐに分かった。僕の隣の席の有名人、橋本遥だった。遠目でも分かる。橋本遥はいつものように寝たふりをしていた。机に突っ伏した橋本遥の髪はカーテンの隙間から差し込む光に照らされ、なぜかぴかぴかと光っているように見えた。腕は細く、白かった。ただそれだけだった。補修には10人参加するとは聞いていたが、誰が参加するかは知らなかった。そんな少人数でわざわざ隣の席に座るのもおかしいと思ったが、人の席に座る勇気もなく、自分の席について僕も寝たふりをしてみた。


「ねえ」

隣の橋本遥の声だった。

「ねえ」

2度も聞こえた。

「あのお」

3度も声が聞こえたのでさすがに気になって顔をあげると、隣には橋本遥がいた。毎日隣にいたはずなのに、その時ばかりはなぜか「隣に橋本遥がいる」と誰かに自慢したくなった。

「今日の授業って先生誰か分かる?」

橋本遥は僕に向かってはっきりそう言った。教室には僕と橋本遥しかいないから間違いない。

「えっと、誰だったかな。ごめん、知らない。」

本当に知らなかった。

「え?」

驚く橋本遥に向かって僕も同じように、

「え?」

と返した。

「え、ええ?」

橋本遥はなぜか2回も繰り返してきた。僕はもちろん、

「え?」

と返した。

「なにそれ」

そう言って橋本遥は笑った。

「いや、本当に誰が授業するのか知らない」

僕は表情変えずに返した。橋本遥はそれを聞いて、余計にくすくすと笑い始めた。

「橋本さんって」笑うんだね、なんて言おうと思ったが、さすがに失礼かなと思って「橋本さんって」とだけ言って黙ってしまった。

「なに?」

「いや、なんでもない」

「え、なになに」

「いや、本当に何でもない」

「そう?」

「うん」

肩慣らし程度のキャッチボールをして、教室は窓の外から聞こえる蝉の音だけが響いた。

「今日暑いね」

突然を暴投とも言えるボールを突然投げてしまった。

「なにそれ」

そう言って橋本遥はまたくすくすと笑った。

「いや、普通に」

自分の放ったボールをだるそうに拾いにいくようにそう返した。






「青山くん?って、なんか」

橋本遥はそれだけ言って黙った。

「なんで疑問系?間違いなく青山だよ」

そう言って橋本遥の方を今日初めて向いてみた。橋本遥は逆に机に突っ伏してくすくすと笑っていた。

笑い疲れたような表情で、

「そうだね、間違いなく出席番号1番の青山くんだね」

そう言った橋本遥はまた笑い出した。笑いを堪えようとする半目の橋本遥の目と目が合った。その時、僕もつられて笑ってしまった。

 ガラガラと、教室の扉が開いた。野球部の男子と何部か知らないが恐らく文化部の女子が話しながら入ってきた。僕は鞄から筆記用具を出して机の隅にセットした。橋本遥と初めて交わした会話はこうして終わった。

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