僕じゃなくても

いくら

第1話 淡く、黄色い

 青山亮、17歳。平凡な日々を送る高校3年である。顔も声も学力も運動も人並み、人畜無害な人間だ。そう自負している。そんな僕は来月、8月5日に誕生日を迎える。だからと言って特に思うことはない。

 そんな僕の高校で去年、ちょっとした事件が起きた。同じクラスの橋本遥が全国ネットで取り上げられた。橋本遥は芸能人?有名人?だ。若干15歳で朝ドラヒロインというデビューだった。大きな瞳でにこっと笑うあどけない笑顔に世間は虜となった。地元では芸能人というだけでそれはもう大騒ぎだった。ただ、そんな橋本遥が高校2年の春、熱愛報道でネットを騒がせた。相手は24歳の俳優で、演技が評価されているのはもちろんのこと、イケメンなのに、天然キャラでトークもリアクションも面白いと人気を博していた今まさに旬の俳優だった。

 その熱愛報道があった2日後、橋本遥は学校に来た。彼女は高校1年の頃はほとんど学校に来ることはなく、友達と呼べるような人もいなかった。それは2年になっても変わることなく、教室に入ってきた橋本遥に声を掛けるものは1人もおらず、ただ教室はざわざわとしていた。

 


 あれから1年が経った今、橋本遥は僕の隣に座って授業を受けている。なぜか。それはよく分からない。ただ、テレビで見なくなった気はする。なぜか。その真相を僕は知らない。なぜか。僕も友達と呼べる人はいないからだ。ただ、「今も付き合ってるらしいよ」「いや、振られたらしいよ」「いや、パパ活してやばらしいよ」なんて話はなんとなく耳にはした。真相は橋本遥のみぞ知ることであって、そもそも僕は興味も関心も特になかった。

 授業が終わると橋本遥は机に突っ伏し寝たふりを始める。ふりかどうかは知らない。ただ、自分はそれにならって寝たふりを始める。帰りのショートルームも終わり、帰り支度をしていると、担任が何かを思い出したように大きな声を出して帰りだそうとした生徒全員を止めた。

「明後日から夏休みに入るが、補習組は8月の頭から5日間、登校するように」

「うわ、最悪」と落胆の悲鳴をおどけて見せるクラスのカーストトップのやつが人笑いとった。僕は表情ひとつ変えることなく、舌打ちした。もちろん、誰にも聞かれない程度に小さく「チッ」と。5日目の数学の補修に僕は出なくてはならないからだ。数学は普通に生きてる普通の人間の脳みそでは出来ない科目だ。苦手というわけではない。ただ、普通の人間には出来ない領域なのだ。5日目、誕生日か、と頭によぎったが1秒後には念は過ぎ去った。ただその1秒後、鞄に教科書を詰めて帰り支度をしていた橋本遥が「くすっ」と笑ったように見えた。こんなクラスの雰囲気に笑うことがあるんだなと、少し驚いた。ただそれを問うことなどしない。僕はさっと教室を出た。

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