第51話:田川の相談室
二人の声が聞こえなくなって俺たちは教室へ戻った。
田川と何か会話したかもしれないが、正直何も覚えていない。
瑠奈の言葉を何度も思い出す。
告白をする、間違いなくそう言っていた。
誰に? そりゃ決まってる。アイツには好きな奴がいるのだからそいつにだ。
どうして今? もしかしてアレか、再婚が決まったのか。
そうであれば、俺はもう用なしになるわけで、俺たちの関係は解消することになる。
偽物とはいえ告白をしたい相手がいるのなら俺は邪魔だ。
きちんとそこを終わらせてから告白するということか。そういうチャンスがきたということか。
つか、好きな奴いんならそいつに頼めば良かったんじゃねぇの?
……今更だな。それに好きな相手にはそんなこと頼めるわけがないよな。俺のことをなんとも思ってないからこそ、あんな頭おかしい計画の共犯者に選ばれたんだ。
午後の授業中、俺の視線は麗華に向けられていた。
コイツは瑠奈の相手を知ってんだよな。
……いやいや、コイツにそれとなく探りを入れるとかは絶対駄目だぞ、それは人でなしが過ぎる。それにそんな風に知りたくない。
♢
「小柴ー? 帰んないの」
声をかけられハッとした。
俺の手には英語の教科書が開いたままあるのに、周りは帰宅準備をしている。
「あ、わり。帰る」
「ちょいちょい、鞄は?」
「あ、そうか」
英語の教科書だけ持って教室を出ようとする俺にすかさず突っ込みが入る。
「小柴ってさぁ、もしかして打たれ弱かったりする?」
「え、喧嘩? どうかな」
「いや、もういいや」
頑張るって言ったくせに何も動かなかったツケだろうか。
どうしよう、どうすればいい。てか、頑張るって……何をすればいいんだろう。俺はどう頑張ればいいんだ?
手作り弁当……? いやいやそれは違う。
催眠術、も絶対違う。
顔を近付ける? 痴漢か俺は。
今までの経験のなさが露呈している。
しかも思いつくものが全て、麗華が俺にしてきたことだ。麗華に対して失礼にも程がある。そしてそれを、冗談だろうが誘導した千鳥の顔が浮かんで忌々しい。
「……小柴、話聞くよ」
「田川……」
今俺はじーんとしている。かつてここまでじーんとした経験はない。じーんって本当にじーんってするんだな。
「田川、お前いい奴だな」
「今更何を言ってるの」
ごめんな、内心しつこい奴だの黒歴史だの思ってたんだ。でもお前の言うことは正しかった。そんなお前の言い分を俺は否定し続けたというのに、今こうして手を差し伸べてくれている。
コイツ、なんていい奴なんだ。
「とりあえず小柴はちゃんと鞄持って」
「はい」
素直に返事をする俺に田川が笑う。
あぁ、コイツの笑顔がキラキラして見える日が来るなんて。……いや、このキラキラは瑠奈に対して見えるやつとは違うからな。念のため。
♢♢
「実は俺、好きな奴ができ」
「そこからいく? それはいいよ。分かってるし」
「えっ」
正門を過ぎて俺は勇気を出して口にした。結構な勇気だった。
だって男友達にこんな話、しかも改まってなんて。ちょっとドキドキしてるし、多分顔は赤い。
なのに全てを言い終える前に田川はピッと左の手の平を突き付けてきた。
「水城さんが告白ねぇ」
「お前、エスパーか」
「ようやく自分の気持ちに気付いた矢先にこんな話聞いちゃ、そりゃあ放心状態になるかもね」
恐ろしい、田川という男が恐ろしい。俺は今までこんな奴と気安く喋っていたのか。
「誰かは見当もつかない感じだよね」
「そりゃあ、アイツの交友関係とか知らんし」
「ふっ」
何故笑う。
「お前もしかして、分かんの?」
「えー? うーん、いやぁ、自信はないけど」
「……お前、すげぇな」
「ん? そうだね、小柴よりは凄いと思うよ」
よくもまぁいけしゃあしゃあと。だがしかし今は頷いてしまう。俺の目は今、尊敬のまなざしになっていることだろう。
まぁでもコイツは山本さんと仲いいしな。麗華が知っているということはあの人も知っているかもしれない、あの人うっかり喋りそうだし。
「で、小柴はどうしたいの?」
「え、俺?」
「阻止したいの?」
え、阻止? 出来んの?
……いやいや、その気持ちがゼロとは言わないが、流石にそれはどうなのだろうか。
「というか、俺はまだ何もしてないから」
「そうだよね、やっと卵から出てきた辺りかな」
「……」
ぴよ、と頭の中に卵の殻被ったひよこが出てきた。くっそ、何故こんなにも上から目線なんだコイツは。尊敬のまなざしは捨てさせてもらうぞ。
「告れば?」
「はっ!?」
「え、何でそんなびっくりするの」
「いや、だってお前、俺、……え、告白?」
「それが早いじゃん」
早いって、それお前、俺が散るのが早まるだけなのでは。
「だって他に何するの?」
「……」
「あざと女子でもやんの?」
「なにそれ」
「気があるアピールでもすんの?」
いや、まぁ確かに何をどうすればいいのかは分かってないんだけど。
もしかしたら俺は麗華との『頑張る』ってのに引っ張られているだけなのかもしれないけど。
「えぇもしかしてちはやくんってるなのことぉ? ってドキドキさせたいの?」
「何だその腹立つモノマネ」
「そんなの意味ないからね」
あまりにスパッと言い切られて俺は言葉に詰まった。
「男なら駆け引きなんかしないでストレートに行くべし。終わり」
「……話聞いてくれるんじゃなかったっけ」
「だって何言うか分かってるのに」
だからこえーって、お前。何で分かってんだよ。
「女子はいろいろあるかもね、家庭的な一面見せたりボディタッチに励んでみたり、髪気にしたりメイクしたりって」
「……」
「でも小柴、男は単純だからそういう一面にドキっともするわけだよ。でも女子は違う。そんな印象操作に揺れたりしないんだから」
「女子って恐ろしい……」
「眼鏡とったらイケメン! とかだったら、まぁワンチャンあるかもだけど」
「なるほど」
「あるがままを見られていることを忘れないでください。女子ナメんな」
「イエッサー……」
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