第50話:盗み聞きダメ、絶対


 ♢♢♢



「小柴、竹下さんと何かあった?」


 麗華の告白から数日が経った。

 この数日、昼休みは教室から出て過ごしている。専ら食堂通いだ。食い終わってもダラダラとそこに居たり外で時間を潰している。


 それに付き合ってくれている田川がこんな質問をしてくるのは想定内だった。

 寧ろこの数日黙っていたことの方が違和感だ。てっきり初日にぶっこんでくるもんだと思ってたからな。


 俺と麗華の距離感が微妙に変化したことなんて、殆どのクラスメートは気付いていないだろう。


 アイツは普通にしてくれている。ただ、理由もなく俺に絡むことはなくなったし見られることもなくなった。それだけだ。

 会話をしなければならない時はするし、帰り道が一緒になった時もあったしな。


 いやぁ、女子ってのは強くて優しいね。

 俺が麗華の立場なら、とてもじゃないが自然な態度なんて無理だ。そんな相手に気を使わせないよう振舞うなんて器量もない。


 俺が出来るのは、せめて視界に入る時間を減らすということくらい。

 普通に接してくれているといっても、麗華の心中を想像すると……しんどいだろ。まぁ俺の自惚れた考えかもしれないけども。


 というわけで今日も食堂に行ったわけだが、外で風に当たりたい気分だったので寄り道をした。

 食堂から校舎へ続く渡り廊下を右手に曲がって、壁にもたれると空を仰いだ。


 あー……さっみぃ。


 ちなみにこの数日、瑠奈とは挨拶程度しか会話をしていない。タイミングが悪いというのか、瑠奈が一人の時は俺が数人でいたり、俺が一人の時は瑠奈がきゃっきゃ盛り上がっていたりと、お喋りをする機会がなかった。

 だから何も聞けていない。

 お母さんとの話がどんなものだったか、俺は知らない。


 いやねメッセージでも飛ばせばいいんだろうけど。でもそこで「婚約者お疲れっした」みたいな展開になったらと考えると、とてもじゃないけど連絡出来なかった。

 アイツにとっては何てことないことかもしれない、でも俺は違う。そんな電波に乗せたメッセージで終わらせたくないのだ。


 別にいいじゃないか、偽物なんだから。そう思う気持ちはある。だけど、偽物でもいいから、関係を持っていたいとも思ってしまうんだ。

 俺は麗華に頑張ると言ったくせに何も頑張れていない。


 もたれたままそこにしゃがむと、田川は俺を見下ろして返事を待っているようだった。

 ニヤニヤと笑みを浮かべる口元を一瞥いちべつして「あぁ」と短く答えれば、田川は予想外だったのかきょとんとした。


「……なんだよ」

「あ、いや、ごめん」

「何が」

「ううん、そっか」


 何を察したのかは分からないがすんなり引き下がった。

 どう解釈したのかなんて聞く気にはならなかった。変な誤解をされるのは嫌だが、この件に関しては否定も肯定もする気はないので、切り上げてくれるならそれでいい。


「何があったかは聞かないけどさ」

「あぁ」

「それって水城さん関わってたりする?」


 お前、それ聞く気ありありじゃねぇか。

 

「瑠奈は関係ねぇよ」

「そっか」


 田川は俺の返事に頷くと隣にしゃがんで顔を寄せてきた。めっちゃ近い、気持ち悪い。反射的に顔を後退させれば、田川はそんなのお構いなしで至近距離のまま口を開く。「どうする?」と。

 何がだよの意を込めて顔を見れば、田川はくいっと顎を左上空へ傾けた。


「実はさ今、小柴の後ろに二人がいるんだけど」

「はっ?」

「しーっ」


 些か声がでかくなってしまって、田川は人差し指を自身の口に当てる。

 俺の後ろは壁だ。ただこの壁の向こうにあるのは廊下なので、そこに人がいるということだろう。

 それ自体は何らおかしなことではないけど、二人とは、つまり二人ということで。


「このまま中腰で去りますか。窓も開いてるから会話聞こえちゃうし。プライバシーがね」


 そう言われてこくんと頷く。中腰で歩く姿は傍から見れば怪しさ満点だが、二人に気付かれるよりはマシである。


「あ、駄目だ、動くなキケン」


 先に中腰で足を動かした田川だったが、後をついていこうとする俺にストップをかけると、視線を上に置いたまま戻ってきた。

 声は出さず『そこにいる』と口が動くから、思わず俺は自分の口を手で覆った。


 別にここまでしなくてもいいことは分かってる。呼吸だって止める必要はない。でもバレるのではないかと思うとやってしまった。


「……うなんだ」

「水城さんには……とおも……」


 微かに聞こえる麗華と瑠奈の声。

 だけど会話の内容は聞こえない。

 耳も塞ぐか、と思ったが田川は耳に手の平を添えて左上へ顔を傾けている。目を閉じてる辺り聞く気満々だ。おいお前、さっきプライバシー言ってなかったか。


「竹下さん!」


 田川の耳をぐいーっと引っ張ると、田川は笑いながら小声で「ごめんごめん」と言う。絶対悪いと思ってない奴の謝り方だ。

 が、そんなことはどうでもいい。

 先程よりも近い距離で瑠奈の声がした。やべ、と俺と田川は体を小さくした。

 

 そして次に聞こえた言葉に俺は絶句する。


「私、告白しようと思ってる」


 覆っていた手に力を入れて口を塞ぐ。じゃないと「はっ?」と声が出てしまいそうだったから。


「……そう」

「こんなの竹下さんに言うのもどうかと思うんだけど、でも伝えたくて」

「私は水城さんのこと応援してるから」

「竹下さん……」


 ちょっと待て、待てよ。

 何か壁の向こうで友情が育まれてるけど、そんなん俺にはどうだっていい。


 瑠奈が告白?


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