第49話:幼馴染の告白②
「私の全ては千早だった。千早以外、何もなかった」
どうして麗華はここまで言ってくれるのだろう、想ってくれているのだろう。
「報われるって私は勝手に思い込んでたの。馬鹿よね、それらしい何かがあったわけでもないのに。ただ長い間一緒にいただけなのに。想っていればそれは報われると思ってたの」
俺はどうしてこんなに想ってくれていることに気付くことなく過ごせていたのだろう。
「そんなわけないのはどこかで分かってた。でも、自分がどう動いたらいいのか分からなくて、恥ずかしいのもあったし」
クラスが変わる度、友人の顔が変わる度に何度も突っ込まれた。それは単純に俺らの距離感のせいだと思っていた。
そんなお決まりは田川とも交わした。
だけどアイツは麗華が俺を好いているかのような口ぶりだった。
それは距離感のせいなんかじゃない。客観的に見て感じてしまうくらい、麗華は俺を想ってくれていたんだ。
「それに何より、」
「……」
「もし幼馴染でもいられなくなったらって思うと、怖かった……」
麗華はそう言うと顔を両手で覆った。
あぁ、本当に俺は、何も分かっていなかった。
ごめん、ごめん。何度も心の中で謝る。
締め付けられる胸はズキズキと痛い。
リビングに麗華の小さな嗚咽が響く。
黒髪がはらはらと顔を隠していく。
不規則に揺れる頭に伸ばしかけた手をぐっと拳にした。
駄目だ。今麗華の髪を撫でるのは違う。
昔泣いてたコイツを慰めるのとはいろんなことが違い過ぎる。
あの頃は躊躇うことなく触れていたし、特別な理由も事情もいらなかった。だけど、もうそうではない。
俺たちの向いてる方向はあまりに反対なんだ。
今俺がコイツにしてやれることは何もない。
「ごめんなさい、こんな時に泣くなんて卑怯ね」
「……いや」
「千早」
覆っていた手の平でぐっと頬を拭うと、麗華の体が俺へ向く。
眉を下げて、頬も鼻も赤くして、笑った。
「私、千早のことが小学生の時から好きです」
俺はどうしてこんなに想ってくれている麗華に気付かずいたのだろう。どうしてこんなに伝えてくれた気持ちに揺れないんだろう。
瑠奈への気持ちに気付いたから?
じゃあその前にこういう場面にぶち当たっていたのなら、俺の気持ちは違ったのだろうか。
幼馴染という関係を変えてしまっただろうか。
想像出来ない。麗華のことを大事にしているけど、それは一人の女の子としてというより、友達や家族を大事に思うのと同じだ。
特別だけど特別じゃない。
「麗華、ありがとな」
いつからだろう、麗華が隣にいるのが当たり前になったのは。麗華を家族のように思い始めたのは。
最初からじゃない。最初はちゃんと麗華は女の子で、俺だって意識してた。
「でもごめん。俺、瑠奈が好きなんだ」
だって俺の初恋はお前だった。
いつもそばにいて、一緒に遊んで笑って、たまに喧嘩して。それでも繋いだ手は離さなくて。
すぐに怒るし不貞腐れるし泣くし、放っておけなかった。
名前を呼ぶと嬉しそうに走ってきて、放っておけなかった。
高学年にもなれば手を繋ぐことはなくなり麗華も簡単には泣かなくなったし、お互いそれぞれの世界が出来つつもあった。
それでも俺たちは一緒に居た。
中学に入ってからはお前は変わっていって、戸惑いながら俺はお前から距離を取り始めた。それでもお前は隣に来てたな。
高校にあがる時は「何でまた一緒だよ」と悪態をついた。だってコイツの偏差値とあの高校は見合っていない。
今更分かったよ、俺がいたからか。いいのか、お前の人生そんなことで判断してってさ……。
俺の記憶の殆どにお前はいるな。
だけどこれからはそうじゃなくなるんだろう。
「……ほら、やっぱり」
「いや、気付いたのはほんと、最近で」
「鈍いのよ、千早は」
「いや、うん、ほんとにね」
「あんなに分かり易い顔して、どうして本人だけが無自覚なの」
「え、そんな?」
麗華の口は滑らかに、流暢に動いた。
それは気遣いからだと思う。もしかしたらそうしないとここに居られないのかもしれないけど。
普段よりちょっと粗雑な物言いは、まるで昔の幼い麗華みたいだった。
「実は私、知ってるの。水城さんの好きな人」
「……やっぱり?」
「教えないわよ」
「んなこと分かってるよ」
「千早には悪いけど、私水城さんを応援するから」
そう言うと麗華はいたずらっ子のように歯を見せて笑った。
「え、えぇ……?」
「当たり前でしょ、私たちはガールズトークした仲なんだから」
「そんだけのことで『当たり前』になる?」
「女子ってそういうものよ」
笑ってるくせに合間に鼻を啜る音が混ざるから、俺は麗華のように笑顔を作ることは出来なかった。
だけど顔を歪ませることだけはするな、と表情筋を引き締める。
「いい、千早。頑張らないと駄目なのよ、想ってるだけじゃ報われないわ」
反応に困ること言ってくれるね。
どう突っ込めばいいんだよ。さすがに無理なんだけど。
「アンタはすぐ投げ出すから。やれば出来るくせに」
「……すいませんね」
「私を振ったんだから。絶対に実らせなさいよ」
またコイツは。こんな困るような言葉を。
はいはい、と苦笑いで麗華の顔をちらりと見て、俺は言葉を呑んだ。
「そうしたら完全に諦められるから。早く……くっついちゃえ」
さっき拭ったはずの涙がまた麗華の顔を濡らしている。
そんな顔で無理やり笑おうとしている。
「返事!」
泣くと荒くなる声は昔のまんまだな。
「分かった、頑張るよ」
「骨は拾わないからね!」
「おう」
なぁ麗華。俺たちはもうこうして過ごせないんだろうな。
時間が必要だよな。
だけど幼馴染ってことは絶対に変わらない。
俺はお前が幼馴染で、本当に良かったよ。
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