第38話:幼馴染の思い


「……ねぇ、今日の私、ちょっと違う?」


 分岐点に着いたというのに俺たちは道の脇に肩を並べて会話を続けていた。こんな風に麗華と長時間喋るのなんていつ以来だろう。

 しかも「もしも」という、考えてもどうしようもない話までするなんて。


「違うな」

「いつもの私と今日の私どっちが好き?」


 俺の返答に間髪入れず、麗華は質問を投げてきた。その、なんともストレートなクエスチョンは些か俺を動揺させた。

 いや、だって。違うにも程がある。


 クールと言われているようにあまり表情や表現は豊かではないし、冷静に物事を見る奴だ。たまに冷たいと思われることもあるようだけど、そうではなくて表れる部分が乏しいだけなのだが。

 だけど今日の麗華はどうだ。

 他の奴に対してどうだったかは見てないけど、少なくとも俺に対しては感情を見せている。


 そしてこの質問。

 こんな可愛らしいことを聞いてくるなんて、いつもの麗華ならありえないのだ。


「いや、まぁ……今日みたいなのは、うん、いいとは思うけど」

「けど?」

「普段の麗華に慣れてしまってるからな、正直、どうしたんだって思ってる」


 動揺してしまったけど素直に答えれば、麗華は「そう」と短く言って地面を見つめた。

 素直に言い過ぎただろうか。


「私ね、実は自信があったのよ」

「何に?」

「……自分?」


 いつも凛としてるもんな。そうか、あれは自信の表れだったか。

 俺の中には『泣き虫・独占欲バカな麗華ちゃん』が何処かにいるから、虚勢でも張っているのではと思った時もあったもんだ。


「だけど、今自信がなくなってる」

「……なんでまた」


 この前のテスト悪かったっけ、お前。俺よりは遥か上の方にいたような気がするんだけど。あ、抜き打ちの方?

 それか最近誰かに叱られたとか? お前はもう誰にも怒られたりしないもんなー。挫折を味わうと自信が削られるって千鳥が酒を浴びていたのを思い出すよ。


「水城さんの存在よ」

「へっ? 瑠奈? え、アイツ頭いいの?」

「え、知らないけど」


 だってお前が自信なくすって、勉強か評価なんじゃねぇの?


「今まで自分が持ってた自信っていうのは、根拠もない思い込みだったって気付かされた」

「……瑠奈?」

「そう」

「瑠奈に?」

「えぇ」

「瑠奈なのに?」

「……アンタ、水城さんに失礼過ぎない?」


 いやいや、だって何をどうやったらアイツがお前にそんなこと出来たんだ。この前話した時ってことだろ?

 別に瑠奈のことを下に見ているわけではないけど、浮かんだ瑠奈はぴょんぴょん走り回っていて、いやはやどうにも納得できない。


「頑張ることにしたの」

「何を。勉強は十分やってると思うが」

「勉強は当然でしょ、私たちは学生なんだから。そうじゃなくて、恋愛をよ」


 せっかく閉じたというのに俺は再び口をあんぐりさせてしまった。そういや好きな人いるんだったな。

 恋愛を頑張るってのは、つまりは告白でもするのだろうか。


 他人の恋路など興味のない俺だが、これが麗華となるとそうもいかないらしい。ワクワクした気持ちになる。

 一体誰だ、この融通の利かない真面目なコイツをオンナの顔にする男は。


「水城さんと話して、少し心境の変化? あったのよ」


 あぁ、もしかして自信とやらは恋愛においてだったのか? それなら瑠奈が何らか影響を与えたとしても不思議ではないな。

 ……恋バナをしたと言ってたが、まさかコイツ、瑠奈の好きな奴を知ってたりするのか……?


 そう考えた途端、ワクワクした気持ちが萎えた。胸がざわつき始める。


「私は今まで、漠然とだけど……特別だと思われてる自信があったの。両想い、みたいな」


 そりゃまた、すげぇ自信だな。

 でもそこまで思わせるくらいなのだから両想いなのではないか? 脈アリかナシかくらいは分かるだろうし。


「でもそれじゃ駄目なのよ、想ってるだけじゃ。だから頑張ることにしたの、私」


 ふと麗華が空を見上げた。つられて見れば橙色に染まった空が広がる。少しの間二人でそれを眺めた。


「長々と喋っちゃったわね」

「な。まぁたまにはこういうのもいいよ」

「そう?」

「お前とは会話がないのが当たり前に思ってたけど」


 長年の付き合いというのは理由ではない。俺はいつからか、麗華と話すことが楽しくなくなってしまっていたんだ。

 淡々とした口調も感情が見えない正論も俺への少々偉そうな説教も、煩わしく思っていた。気分次第では苛立ったりもした。


 振り返ることなく歩く姿やしゃんと伸びた背中も、嫌だった。今でこそ見慣れてしまったが、俺の知ってる麗華じゃない気がして、嫌いだった。


 麗華のことが面倒だと思ってしまっていた。


 だから俺の口数は減っていったし、コイツも静かになっていったのかもしれない。


「今日はいろいろ聞けて良かった。楽しかったよ」


 だけどこうして話せば、俺らの間に流れる空気は昔と一緒だ。

 田川やクラスメートとの間には流れない、瑠奈との間にも流れない。……千鳥といる時に似ているか。


「私ばかり喋ったものね」

「あ、誰にも言わんから心配すんなよ」

「え?」

「弁当。あれ口止め料だろ」

「……馬鹿なの? あれはただ、私があげたかっただけよ」


 麗華には今まで散々馬鹿と言われてきたが、こんなにも優しい声で言われたことはなかった。

 そうか、あれに意味などなかったか。すまん、疑ってしまった。


「でもこれには意味があったんだよな」

「これって?」

「一緒に帰ろうって。お前の恋バナ? 俺にもしたかったんだろ」


 昔のような空気に感化されたのか、俺はクソガキのようにニヤニヤといやらしく笑ってみせた。

 だが、やっぱり俺らは成長しているのだ。

 ここにいるのは昔の、無邪気な幼馴染ではない。


「別にそんなことしたかったわけじゃないわ。千早と一緒に帰りたかった、それだけよ」


 麗華はしとやかに、そして少し恥ずかしそうに笑った。



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