第39話:田川の黒歴史


「あー、ねっみぃ……」


 ベッドに入って目を閉じると声が漏れた。どうでもいいが一人で暮らすようになって独り言が増えた気がする。


 眠りにつくまでの僅かな時間、思い出すのは今日の出来事。なんといっても麗華であろう。今日はかなり驚かされたからな。

 胸の内を明かしてくれるなんて、どれだけの勇気を出しただろう。自分のこと話すのなんか得意じゃないのに。


 恋愛ってのは凄いね、あの麗華の変わりっぷりを見たら素直に思うよ。あれはかなり意識してやってたんだろうな。でもいつかそれが自然になっていくんだろう。

 ぎゃあぎゃあうるさかった麗華がいつの間にかおとなしく、しおらしくなっていったように。


 両想いかもと自信を持っていたわけなのだから随分親しい奴なんだろう? 俺には思いつく奴がいないけど。委員会で一緒とか?

 とにかくうまくいってほしいな。


 ――……なんて、確かに考えてる筈なのに。麗華のことを思い返している筈なのに。片隅にいるんだ、瑠奈が。

 だって麗華の変化にアイツが関わっている。


 瑠奈はどんな話をしたんだろう。



 ♢♢♢



「小柴、今日はパンなんだ?」

「おう」

「てっきり今日も手作り弁当出てくるかと思ってたんだけど」


 いやいや、そんなわけあるかい。

 そう言ってやりたかったが、その予想はあながち間違いではないので流すことにする。

 今朝おはようの挨拶の後、「もう少し卵焼きを練習したらまた持ってくる」と言われたのだから。


 もしかして俺は練習用にされてるかもしれない。そう考えたら昨日の弁当に意味がないのも納得だ。

 となれば練習用の練習をしていることになるわけで健気で微笑ましい。そこまで想われてるソイツは幸せ者だね。


「あの後どうだった?」

「なにが」

「二人っきりで帰ったでしょ」

「別に」


 田川のニヤけ顔はだいぶ見慣れてきた。でも箸で人を指すんじゃありません。


「え、何もなかったの?」

「ねーよ」

「えー?」

「まぁ、いつもより喋ったかなくらい」


 お前の中では麗華は俺を好きなんだろう? それだったら昨日のシチュエーションはちょっとしたイベント発生だったやもしれんが、残念だったな田川よ。


「小柴鈍いから気付いてないとかじゃないの?」

「え、俺鈍いの?」

「ちゃんと話の内容とか理解出来てるの?」


 それは鈍いではなく馬鹿である。


「弁当作って帰ろうって言ってきて。あー、これはって思ってたんだけどなぁ」

「……」

「絶対ぶち壊しにかかってると思ってたんだけどなぁ」

「何をぶち壊すんだよ」

「幼馴染」

「はぁ?」

「迫ってきてるんだよ、関係が変わる時が」


 流暢に喋っているがそんな戯言など何も感じないな。だってそれ、お前の完全な妄想なんだ。アイツは好きな奴がいて成就させるために奮闘するんだってよ。俺との関係は何も変わらない。寧ろ打ち明けられたことで良好なのではないか。


 麗華がうまくいったら是非、コイツにも紹介してやってほしい。昨日の俺よりひどい顔して驚くだろうな。その分かったような口ぶりを恥じるがいい。あぁ早く拝みたいわ。


「お前、恋バナ好き過ぎね」

「他に刺激ないんだもん」

「刺激って……他人の恋愛事情が刺激になるかね」

「なるなる」

「うちも大好物ー」


 田川との会話に俺らではない声色が混じった。見ずとも誰かは分かっているがとりあえず顔を廊下へ向ければ、紙パックのカフェオレを手にした山本さんが立っていた。


「恋バナ大好きー! 混ぜてー」


 別にこの恋バナは混ざったところで何も展開ないぞ。田川の黒歴史の一部になるだけだ。

 ……それよりも。ストローをちゅるちゅる啜る彼女の周辺をちらりと見た。だって、この人がいるということは瑠奈もいるだろ。

 それはほぼ間違いないと思っていたが、視線を左右、背後と動かしたけれど、ショートカットは見当たらない。


「はやち、瑠奈はいないよーん」

「はっ? 別に探してねぇし」

「あー、嫌な言い方するじゃあん。素直な方がいいんだよ?」


 見透かされていたのか、それとも俺は堂々と探していたのかは分からないけど、いないことをわざわざ言われたことへ反射的に強く言い返せば、頬に紙パックの底を当てられた。うりうりすんな。あ、濡れたじゃねぇかこのやろう。


「水城さん一緒じゃないんだ?」

「うん、瑠奈はねぇ……」


 山本さんはストローを歯で挟んだままニヤと笑うと、俺の耳に顔を寄せてきた。

 そして一言。


「男といるから」

「……」


 今は昼休みだ。周囲だけでなく学校全体が騒がしい。教室には大声で笑ってる馬鹿もいる。

 なのにそんな雑音が一瞬、遠くなった。


「……男、って」

「あっ! おかえりぃ瑠奈!」


 間が空いて出た声は山本さんの言葉に被ってしまった。

 俺らにひらっと手を振ると山本さんは自分の教室の方へ向かっていく。瑠奈、確かに聞こえた名前に俺は窓から顔を出した。

 山本さんの背中の奥に瑠奈がちらっと見えた。隣には――男がいた。


「気になるなら行けばいいのに」


 椅子に座りなおすとすぐさま田川が口を開く。


「……別に」

「素直な方がいいんだよ?」


 山本さんの真似をする田川は俺の頬に箸入れをぶっ刺してきた。おかげで歪んでしまった口から「むかつく」と意図せず言葉が出た。


「誰がー?」

「お前」

「あはは、面白いこと言うね、小柴」

「あ?」

「一緒にいた誰かにでしょー」


 ぶにぶにと箸入れが頬の奥を攻撃してくるから、いい加減うざったくて手ではらった。

 あぁ、そうだよ、むかついてんのは男だよ、へらへら笑いながら瑠奈の隣にいた奴にだよ。

 だけどちょっとはお前にも苛ついたかんな。



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