第37話:幼馴染とお喋り


 俺の中で結論を出してしまえば、幾分か気持ちが落ち着いた。

 コイツも何か思うとこでもあったのだろう、変化は周囲を混乱させてしまうが最初のうちは仕方ないというものだ。俺はもう受け入れたよ。順応力高いだろ。


「水城さんと話したの」

「……あぁ、土曜?」

「所謂、『恋バナ』をね、したのよ」


 落ち着いた矢先に何か言い出した。

 ちょっと待て、恋バナ?


「お前もしたのか? 聞き役じゃなくて?」

「えぇ」

「お前、好きな奴いんの?」


 俺の目がこれ以上ないってくらいに大きくなる。口もあんぐり開けてしまった。

 だって、え?


「ふ、ふふっ」

「へ」

「何て顔してんのよ」


 麗華は口元に手を添えて小さく笑った。おいおい、今日はよく笑ってくれるじゃねぇか……。

 えーと、なんだっけ。あ、好きな人ね。……嘘だろ。


「え、や、だって、聞いたことなかったから」

「私にだっているわ、好きな人くらい」


 肩にかけた鞄の紐がずり落ちて、それを持ち直しながら再び俺の目が見開く。

 だってコイツ今、好きな人と言ったぞ。


「そうなのか。え、俺知ってる奴?」

「……」


 ついこの前だったと思うのだけど、ままごとだの言ってたのは。いや、突っ込むまい。だって麗華のこういう話は初めて聞くのだ。

 いやね、過去にはいたと思うさ。例えば千鳥とかね、多分コイツは千鳥のことが好きだっただろうと俺は踏んでいる。


 いやぁ、現在進行形の恋愛トークを麗華の口から聞くことになるとは。……あ、もしかしてその話がしたかったのか?

 弁当は口止め料か? 


「ま、さか田川……」

「違うわ」


 俺の問いにイエスもノーも言わないことから近しい人物を挙げてみたが、それはすかさず否定された。

 うーん、考えても分からんな。コイツがどういう好みかもいまいち分かんないし。……まさか教師というパターンはないだろうな。


「千早にだけは秘密」

「いいけど、何で俺だけだよ」


 先生だからですか? でもその場合俺だけでなく誰にも言えんのでは。


 どうしよう、もし麗華が先生を好きだとして、幼馴染の俺は応援してやるべきなのか? でもそんな一筋縄ではいかない相手にいかなくても。

 いやいや、どんな相手でも簡単に成就などしないのだけど。つーか、そもそも相手がそうとも限らないのに、俺も大概心配性だわ。


「ねぇ、千早。しーちゃんって覚えてる?」

「しーちゃん……、あぁ、小学校ん時の」


 言われて少し考えてしまったが思い出した。フルネームは残念ながら無理だったが顔はなんとなく出てくる。

 まだ男女関係なく遊んでいたあの頃、よく一緒に鬼ごっことかしてたっけ。


「あの子、千早のこと好きだったのよ」

「へっ?」

「やっぱり気付いてない」

「え、いや……、つか勝手にそんなんバラすなよ」

「もう時効でしょ。しーちゃん、今彼氏いるし」


 あ、そうなんですか。


「……千早って、実は女の子人気あったのよ」

「そ、れは初耳です」

「まぁ小さい頃モテる人って、大人になったらそうでもないのよね」

「ねぇ、何で突然ディスるの? いい気分のままでいさせてよ」


 過去の話とはいえ、自分がモテていたなんてのはちょっと、いやかなり、いい気分だったというのに。


「私あの頃、優越感だったわ」

「……へぇ?」

「私だけ名前で呼ばれていたし、千早は絶対私を一人にしなかったから」

「どこ行ってもついてくんだもん、お前。すぐ泣くし」

「……あの頃は弱かったのよ」

「なー、今とは全然違うわ」


 ふと思い出す幼い麗華の姿は、笑ったりいじけたり泣いたり。今より表情も行動も豊かだった。

 そりゃいつまでもあんな感じのままいられるわけもないのだが、今の麗華しか知らない奴は到底信じられんだろうな。


 今も俺のそばをちょろちょろとはしているけど、そんなもんじゃなかった。手は離さないし、他の女子と喋ってたら凄い勢いで邪魔してきていたもんな。


 コイツがもし結婚でもしたら、俺は多分、新郎に嫉妬されるであろうよ。結婚式って写真流したりするだろう? そこに映るコイツの隣にはもれなく俺がいるからな。


「……昔の私の方がいい?」

「いやぁ、今もあんな感じだったら彼女も作れんな、俺」


 まぁそれはそれで可愛いとは思うけどな。ただ今以上に周りからの詮索が面倒になるのは必至だが。


「そう?」

「いや、そうだろう。当時のお前の割り込み方は凄かったぞ。千早くんは麗華の! ってぎゃあぎゃあ言ってたじゃないか」

「……言わないで、恥ずかしくなる」


 言われて恥ずかしいのならお前はもう昔のお前にはなれないよ。


「あのまんまのお前だったらさ、俺に彼女出来たら大騒ぎすんじゃねぇの? 私と彼女どっちが大事なのーとかって。そんなオマケつきの男は付き合ってもらえんよ」


 冗談のつもりで軽く言ったが、でもあのまま成長していたとしたらあながち冗談ではない気がして、笑えなくなってしまった。

 良かった、今の麗華で本当に良かった。


「……そうかしら」

「いや、例え話よ? あの精神年齢のままでかくなるわけねぇし」

「じゃなくて。あのままだったら、私たち付き合ってるんじゃない?」

「……は?」

「だって私は千早を離さないわけでしょう? だったらきっとそうなってるわ」

「いやいや、俺の意思はよ」

「千早はそんな私を放っておけないから」


 そんな……なし崩し的な。

 だけど麗華の言うように、俺はあんな風に好意を示されてたら多分、放っておけないだろう。そうすると俺らは幼馴染ではなくなってるのか?


 まぁあの頃のお前の好意は恋愛というより、友達を独占したい感じだったのでは。と俺は思っているんだけど。


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