第31話:おやすみ


 俺だけがテンパっているのだと思うとバクバクいってる心臓が妙に落ち着いてきた。俺は電気を消すと瑠奈を壁側に促して布団に入った。ベッドの軋む音が響く。


「狭っ」

「もっとこっちおいでー」


 瑠奈は壁に背中を預けると僅かに出来たスペースをポンポンと叩く。まるで自分のベッドのように扱ってくれるじゃないか。


「ふふっ、たのしーね」

「……いや、ちょ、無理だわ、これ俺落ちるわ」


 瑠奈は体を丸くし、俺は左腕を枕にして瑠奈に向き合う。触れないようささやかではあるが距離を保つ。そうすればシングルベッドの端に俺の背中がはみ出た。落ちるかもしれない、だけどそんな不安以上にリラックスが出来るわけがなかった。

 ついさっきスーッと気持ちは落ち着いたように思ったのに、布団に入ればまた暴れ出している心臓の音は、同じ布団にいる瑠奈の耳に届いてしまう気がした。


 絶対に触れてはいけない、まるで危険物扱いだがある種危険であるのは違いない。なのに、体を硬直させる俺を他所に瑠奈はもぞもぞと俺の胸辺りに顔を埋めた。


「千早くんは私を抱き枕にして寝たらいいよ、おやすみー」

「寝れるか!」

「え、ちょ、うるさい」


 ひどい。こっちは触れないようにしているのに、精一杯気を張ってるのに。なのにどうしてこの人はこんな簡単に触れてくるの? どうしてこんな簡単に体を預けるの?


「……」

「……」

「なんか静かだと目が冴えてきちゃった」

「じゃあ戻れ」

「あ、もう眠い。グー」

「おい、たぬき」

「ふふふ、千早くんドキドキいってるー」

「そ、そりゃそうだろ」


 あまりに正反対だった。瑠奈は俺の胸に顔を埋めるのに対し、俺は指先まで神経をとがらせて硬直したまま。


「生きてるねぇ」


 だけど、いつかも言っていたその言葉に俺の体から少し、力が抜けた。互いに鼓動を確認した日と同じ言葉、だけどあの時とは俺の捉え方が違ってしまっている。お父さんのことを聞いたからだろうか。


 自分の体のラインに沿わせていた手を動かして、ぽん、ぽんと瑠奈の頭を撫でた。


「それ、好き」


 そう言う瑠奈の顔はちっとも見えないけど多分目を閉じていると思う。

 俺も、これ好きだわ。


「千早くん、す――」

「……ん?」

「……ううん、おやすみ」

「ん、おやすみ」


 俺は眠れないけどな。



 ***



 遠くで鳥のさえずりが聞こえて瞼を開けた。

 びっくりするくらい熟睡した。瑠奈の寝息聞いてて、瑠奈の髪撫でてて、瑠奈の頭にキ……口当てて。気が付いたら寝てたわ。


 あー、でもまだ起きたくない。俺は再び目を閉じた。なんかすげぇ幸せな気分……。ころんと横向きになると何かが顔に当たる。それはすぐに瑠奈の髪だと気付いて撫でた。あー、今日は冷えるな……。瑠奈の髪も冷たい。

 そこに顔を埋め、俺は瑠奈の体を抱きしめた。あったけぇ……眠い。

 壁側を向いた瑠奈の背中は小さくて、俺の胸の中にすっぽりと収まった。丁度いいサイズだ。


 あー、俺と同じシャンプーの匂いまだする……、ちっちぇーな体、骨とか幅とかうっすいわー。それになんかすげぇ柔らか……。


「んっ……、」


 ほよんほよんとした感触のそれを手の平で撫でていると、すぐそばから甘い声があがった。

 その声に頬の辺りがゾクッとして俺は目をバチッと開けた。


 え、今の感触って……。手をそろりと放して上体を起こした。ちらっと見れば俺がどこに手を置いていたかは明白だった。


 やべぇ! やった、俺やっちまった!

 サァーと血の気が引いていく音が聞こえた気がした。だけども次の瞬間にはカッと熱くなる。だってまだ手になんか、ちょっと、感触が。手の平がさっきの、ふわっとしてるのに弾力あるそれを包んだ形のままで。

 声も、一瞬だったのに脳内で再生されまくる。


 なにあの柔らかさ。この前触った時と、なんかちょっと違ったんだけど。……あ、下着つけてない? えっ、うそ、女の子って寝る時はつけないの!?

 俺ノーパンで寝るのは抵抗あるんだけど。いや、俺のナニと女の子の膨らみ一緒にしたら駄目か。


 なんだ、さっきの声……。伸びをする時に出てくるようなものに似ているけど、でもなんて甘ったるい。

 起こしてしまったか? 触ってしまったの気付いた……? そう気付くと余韻は奪われる。そぉっと瑠奈の顔を覗き込めば目は閉じられていた。寝息も聞こえる。


 ほっと胸を撫でおろすのも束の間、すぐに己のしたことに悶えた。まじで何したんだ俺! いくら寝ぼけてたとはいえ、その、あの、ヒィィ!

 昨日だってコイツの頭にその、き、キスしたし。そういやそうよ、あれ何でしちゃった!?


 寝ているのをいいことに俺は好き勝手やってるのでは。なんて思うと、腕の力が抜けてまさに肩を落とした。

 ……駄目だ、ここを離れよう。これ以上そばにいちゃ駄目だ。罪悪感凄いし、それ以上にあの、アレがアレしてるし。こんなんバレたら、いろいろヤバい。

 完全に上体を起こして布団を剥がす。すると瑠奈の体がもぞもぞと動いた。ハッ、今近付かれるのは危険!


「……ちはやくん?」

「……悪い。起こしたか」

「んー……」


 俺がそこから抜け出せば、すぐに声がかかる。だけど体は起き上がっていない。ドアノブに手をかけてまだ寝てていいぞ、と言うと布団を擦る音がやけに響いてそちらを見た。布団から出た小さな手が先ほどまで俺がいた個所を上下左右に撫でている。

 それはまるで俺を探しているように思えて、ベッドへ戻りその手に指先で触れた。すると目は閉じられているのに口元が笑うので俺はもう一度布団に入った。


 理由も理屈も何もなかった。体が勝手に動いていた。

 昨夜と同じように瑠奈が俺の胸に顔を埋める。俺はそれを抱きしめた。腰を引いた辺り、意外と冷静なのだろうか俺は。


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