第30話:瑠奈は一緒がお好き
「千早くん、寝れる?」
「んー、瑠奈は?」
「なんか目ぇ冴えちゃって」
「俺も」
冷蔵庫の前でお茶を飲みながらリビングへ目をやる。電気の着いたキッチンから見えるそこは暗い。廊下の光が差し込んでいるだけ。こんな空間に家族以外の人間と並んでるなんて、何か不思議だ。
「千早くーん。何もしないからさー、眠くなるまで一緒にいてい?」
その言葉に拒否する気持ちはもう起きなかった。
意識してるわけではないだろうが、どうしたって身長のせいで上目遣いになる、それを直視しないように目を少し逸らして「あいよ」と返事をした。やったぁと分かり易く喜ぶ瑠奈に目尻が下がった。
**
「千早くんの部屋、綺麗ねぇ」
「モノが少ないだけ」
俺の部屋は本当に殺風景だと思う。必要なものしか置いていない。
麗華以外の女子が俺の部屋に来るなんて、初めてだ。その麗華もここ最近は入ったことがない。なので少し緊張してしまうけれど、特に隠さなければならないものは所持していないし、存分と見るがいいわ。
「もうすぐクリスマスだね」
壁を背もたれにベッドに座る。さして興味を引かれるものがなかったのだろう、本棚を眺めていた瑠奈はウエストを引っ張り上げながらこちらへ近付いてくると、床にぺたんと腰をおろした。ベッドに両手で頬杖をついて慌てたサンタの歌を口ずさむ。
もうすぐとは。まだひと月以上先なんですけど。
「予定は?」
「ねぇよ、そんな先のこと」
「ほんと? 皆でパーティとかしないの?」
パーティなんて単語、日常会話で聞いたことないんだけど。普通にその単語言えちゃうの怖いわー。何で皆クリスマス好きかね。イルミネーションとかツリーとかサンタとか、俺には何の関係もない。寧ろ快く思ってない。
赤と緑の服チョイスすればクリスマスカラー? とか言われんのも嫌だし、チキンもケーキも年中食えるってのにここぞとばかりに宣伝しやがって。
「ノーパーティ」
「じゃあ私とイエスパーティ?」
「ははっ、んだよ、イエスパーティ」
「ダメ?」
まだ先の話なのに、あまりにも真剣な目でじっと見られて上半身が後退する。けれど壁にもたれているから頭をずりっと擦っただけになってしまった。
「……お、まえこそ、ほら、山本さんとかとわいわいすんじゃねぇの?」
「んー、そうだねぇ、毎年やってる」
「そっち参加しな」
「でも私、千早くんといたい」
いやいや、何よそれ。何でそんなん言うの?
いや、別にいいよ。だって何でもない日だし? クリスマスなんて普通の日だし? 一緒にいるとか、別にいいんだけど。だけどお前はそうじゃないんだろ。なのに何で。好きな奴いるくせに――
「もし他に約束出来たらそっち優先していいよ」
「……いや、出来ないと思うけど」
瑠奈の好きな奴を俺は知らない、だから顔も想像できない。だけど『好きな奴』って言葉が浮かんだだけで、目頭に力が入ってしまう。
瑠奈はここにいるのに、どこの誰か知らん奴の存在は瑠奈を遠くに感じさせた。
「じゃあ、私と一緒にいて?」
だけども柔和な笑顔でそんな殺し文句を言う瑠奈に、思考は完全にストップした。
返事もせずその顔に視線が奪われていると瑠奈の表情が変化する。細めていた目は普段の大きさに戻り、頬杖のスタイルを崩すとベッドに置いた左腕に顎を乗せた。おーいと言いながら右手を伸ばして放り出していた足の裾をくいくいと引っ張る。
分かったと言うと瑠奈はにへら、と笑った。
コイツの笑顔はもう何度も、何度も見てるんだ。なのにどうして今、俺は心臓が痛いのだろうか。普段つられてしまう笑顔がそこにあるのに、どうして今はつられることなく、ただ顔が熱くなっていくのだろう。
「千早くん」
瑠奈は摘まんでいた裾から離した手を小指だけ突き出して俺に向ける。精一杯腕を伸ばしているらしい、ぷるぷると指が震えていた。
壁から体を放しそれに小指を絡ませれば、かの有名な約束破ったら大変な目にあう歌を、瑠奈は楽しそうに歌った。少し高い声だった。
指切った! と言うくせに指は離れていない。これは指切り成立していないなと言うと瑠奈は小指を絡めたまま、三本の指で俺の指を撫でた。
大きな手だねぇと言う声は「いい天気だねぇ」とまるで同じに聞こえて、俺一人がドキドキしてるのだと思い知らされる。何だか悔しくなって瑠奈の手を握ってやった。
「今度のかくれんぼ千早くんも参加する?」
「しねぇよ」
「カーテンにぐるぐるなろうよ」
「バカ、あれめっちゃきたねぇぞ」
「でも楽しいよー……」
握ってやったのは俺なのに、結局ドキドキしているのは俺だけなのだ。瑠奈はのんびりした口調でそんなことを言いながら、こてんと頭を倒した。
「……おーい、瑠奈ぁ」
「……はい」
「寝んなよ。おーい」
「……てない、おきてう」
声がとろんとしている。コイツはもうおねむだ。わー、凄いねぇ、俺なんかこの手のせいで体も脳も活性化してるんですけど。
「も、だめだ……、ねよう、ちはやくん」
「おい、どこ入ってんだ、お前の布団じゃねぇ」
「さーおいで」
手を離した瑠奈はのそのそとベッドに上ってくると、当然のように布団の中に潜り込んでいく。伸ばしていた足の下に瑠奈の体が入ってきて、俺はベッドから降りた。
「いっしょ、ねよ」
布団から顔を出してそう言う瑠奈の目は閉じられていた。コイツは本当に俺を異性として見ていないのだろう、じゃないとこんなこと出来る筈がない。
少し前の記憶では自分は心臓だと主張していたように思うが、あれはつまりドキドキしているということだった筈。なのにこんな大それたことをやってのけるわけだ、コイツは。
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