第25話:お兄ちゃん①


「山本さんは相変わらずだね」

「相変わらず? 何が?」

「うちの犬みたい」

「わっち犬飼ってんの?」

「うん、バカで可愛いよ」

「犬はバカでも可愛いよねー」

「うん、ほんと似てる」


 前を歩く山本さんと田川のやり取りに吹いてしまった。どういう経緯でそういう話になったのかは分からないが、いやはや、田川という人間は爽やかな風貌で優しい物言いをするのに恐ろしい。そして山本さんはなんというか、うん、なんというか、だ。


 田川と山本さんが思いのほか仲良しなことに驚きながら、気が付けば四人で帰っている。隣を歩く瑠奈を見れば俺と同じで二人のやり取りに笑っていた。

 そうして俺たちは正門に辿り着く。そこに見えた人影に俺の足が止まった。


「千早! おそーい!」


 俺の姿を見つけるや否や両腕を万歳させて左右に振る男。ここで見るには随分と異質な人に目を細めるが間違いない。思わず「えっ」と小さく声をあげた。


「家の鍵なくって。待ってた!」


 前方を追い抜いて駆け寄るとがばっと抱きしめられた。突然の抱擁は力が強すぎて「うぐっ」と声が漏れる。


「あれ、お前でかくなった?」

「く、苦し……」

「やだー、俺のこと抜いちゃう?」

「は、離して……」


 男の背中をパシパシと叩いてギブアップすればようやく解放された。ちょっと会わない間に力が馬鹿になってんじゃねぇのか。

 乱れてしまったブレザーを整えて後ろを振り返ると、歩みを止めていた三人がそろりとこちらに近付いてきた。


「やるねぇ、千早ぁ。可愛い子ちゃん連れてぇ」


 そうだろう、どちゃくそ可愛い女の子連れてるんだぞ。加えて俺には異性の幼馴染がいて愉快な仲間たちがいる。どうよ、なかなかにラノベってない?

 だが俺はその世界の主人公ではない。そうであれば俺には兄ではなく、かんわいい妹ちゃんがいる筈だからな。


 そう、こんな……黒地にピンクや白の花が散りばめられている派手な柄のシャツを着た兄ではなく、「おにいたぁん」と甘い声を出す妹がいる筈なのだ。

 くっ、こんな取扱いに困るような服を難なく着こなすとは。我が兄ながら恐ろしい。


「あ、これ……俺の兄貴」


 三人が門に着いてから俺は千鳥ちどりを紹介した。

 ふんわりとパーマをあてた頭を揺らしながら「兄でーす」と声高らかに挨拶する。


「お兄さん!? 似てるね!」

「よく言われるー!」

「でもチャラい! あはは!」

「よく言われるー!」


 初対面にも関わらず山本さんと千鳥は笑い合っている。さすがだ。

 田川と瑠奈は少しぽかんとしているようだが、それが正しいリアクションだと思うよ。


「みんな千早の友達?」

「そーでーす!」


 いいお返事をしたのは山本さんだ。


「いいなー、お兄ちゃん! うちもお兄ちゃん欲しかったぁ」

「山本さんとこお姉さんだっけ」

「うんっ、めっちゃ仲いいんだけどさ怖いんだよ、ねっ、瑠奈」

「確かに。宇美のお姉ちゃん迫力あるよね」

「ねぇねぇ、はやちはお兄さんのこと何て呼ぶ? やっぱ兄ちゃん? うちは姉ちゃんって呼ぶ」


 田川は山本さんの家族構成まで知っていたのかと些かびっくりしていると、その輪に参加していない俺へ話が振られた。なんつーか、まるで小学生かよと思ったが、だけどもその質問は俺を困らせた。

 素直に答えるにはちょっと躊躇してしまう。過去に大いに馬鹿にされた経験があるからな。


「うちは名前だよー」

「お兄さんのこと名前で呼ぶの? 弟なのに生意気!」


 俺が躊躇っていることなどお構いなしにぺろっと答えるのは千鳥だ。


「いやいや、可愛いよー。弟から名前呼び捨てされるの、俺たまんなく好き。ねっ、千早ぁ」


 同意を求められても俺は弟の立場だからな。

 俺だって普通に『兄貴』とか『兄ちゃん』って呼びたかったさ。だけど千鳥が拗ねるから。俺が千鳥と呼ぶと嬉しそうに返事するから。……怒ったりされるくらいであれば従わないけれど、俺は千鳥のいじける様や笑顔に弱いんだ。


「千鳥って可愛い名前ですね!」

「クセはすごくないけどねー」

「あはは!」


 すごい、これが陽キャ×陽キャの初対面か。打ち解ける速度がえぐい。


「で、どうしたんだよ、突然」

「ん? あー、持って帰りたいもんあってさー、取りに来た」

「あぁそう。じゃ行こう」

「えー、はやちもう行っちゃうの?」

「えー、千早ぁ」

「うるさい」


 いくら楽しそうにしているとはいえ、こうも馴染まれると身内の立場では恥ずかしい。くるりと進行方向へ振り返る。

 と、塀の前にじっと立っている存在に気付いた。


「……え、麗華?」

「あっ、そうそう! お前待つの付き合ってくれてたんだよ、なっ、れーか!」


 千鳥と再会して数分は経過していると思うのだけど全く気が付かなかった。


「千早も来たんだし、早く帰りましょう」


 麗華はそう言うと先を歩き始めてそれを千鳥が追った。

 山本さんは少しだけ元気がなくなった。多分、麗華のことを快く思っていないのだろう。

 先頭に千鳥と麗華が並び、その後ろを山本さんと田川。そして最後尾は俺と瑠奈で歩く。瑠奈の足は普段より若干ゆっくり進んでいる気がした。前との距離がどんどん出来ていく。


「瑠奈?」

「あ、え、うん?」

「どうした? なんかぼーっとしてるけど」

「あー、ううん。えっと、竹下さんはお兄さんとも仲いいんだねぇと思って」

「まぁ幼馴染だからな」

「いいねぇ、幼馴染かー……」


 瑠奈はため息交じりに呟くと視線を地面に落とした。瑠奈? と声をかけると顔があがる。


「……敵わないなー」


 そう言った瑠奈の笑顔は何だか寂し気だった。



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