第26話:お兄ちゃん②


「さむーい!」

「上着は?」

「忘れた!」


 家に入ると千鳥はガタガタと体を震わせた。当然だ、もう冬になろうとしている。日によってはコートを羽織る日も出てきた。そんな時期にそんなうっすい柄シャツって。


「麗華と同じクラスだっけ?」

「うん、しかも隣の席」

「お前らは相変わらず仲いいねぇ」

「いや、ただの腐れ縁だわ」


 着替えを済ませてリビングに行くと、千鳥は自分の部屋から引っ張り出したトレーナーを被りソファに座っていた。

 返事をしながら千鳥の斜めの位置に腰を下ろせばフローリングが冷たくてぶるっと体が揺れた。


「付き合わんの?」

「……千鳥まで言うなよ」

「あー、やっぱ突っ込まれてるか。麗華は昔っからお前にくっついてるからなぁ」

「誰かを世話してないと駄目なんだろ」


 もうその話題はうんざりだ。ため息を吐くと千鳥は「ごめんごめん」と笑った。


「一緒にいた子らは麗華と仲良くないの?」

「え、何で?」

「いやー、なんか距離を感じた」

「まぁ、別のクラスだしな」


 田川はクラスメートだが、千鳥の言う距離ってのは山本さんとのことだと思うのでそう答える。

 千鳥は胡坐の上で頬杖をついてニヤリと口元に笑みを作ると「それだけじゃねぇだろ」と言うから、俺は首を傾げた。

 そして続けざまにとんでもないことを言うのだ。


「千早、瑠奈ちゃん好きだろ」

「……はっ?」


 思わずあげた声に千鳥は「お前分かり易いよな」と笑う。だけども、瑠奈ちゃん好き――その言葉を反芻すれど頷けない。

 麗華にも何度か聞かれたけれど、それとは違う。千鳥は質問ではなく断定しているように言ったから、「は?」とひたすらに動揺の声を出すばかりになってしまった。


「守ってやりたくなるタイプ、好きよなー」

「そ、そうか?」

「世話焼きだもん、千早」


 千鳥に指摘される程好きになったことはないが、確かに俺が可愛いと思う子は、見た目だったり振る舞いだったりが、なんか放っておけない感じの子だった気はする。でもそれがタイプなのかは分からない。

 あぁでも、そういえば初恋もそうだった。


「だから麗華のことも突き放せないんだろ?」

「……どういう意味?」

「麗華には俺がついててやんないと、って思ってるべ?」

「いやいや、寧ろ俺が世話されてるよ」

「表向きね」

「いや、実際……」

「千早」


 言葉を遮った千鳥は頬杖をやめてしっかりと俺の目を見てくる。表情がコロコロ変わる千鳥だけど、こんな風に真剣な目を向けるのはあまりないことで、だから俺の体に緊張がはしった。


「ちゃんと自分のこと見れ。流されんなよ」



 *



 その日、千鳥は俺の部屋に布団を持ってきて一緒に寝た。「やっぱり千早と一緒にいたいなー」と恥ずかしげもなく言うこの人は俺のことが大好きである。


 眠りにつく前に千鳥に聞いた。何故俺が瑠奈を好きだと思うのかと。

 真っ暗な部屋の中で笑い声が響いた。無意識かよと聞こえた気がしたが、聞き間違いかもしれない。質問の答えは「お前の目が違う」だった。


 ますます分からない。目が違う?

 兄貴ナメんなよと言うと千鳥はすぐに眠った。うるさかった。



 ***



 突然帰ってきた千鳥は実に厄介な置き土産を残してくれた。

 千鳥に言われた言葉はぼぉっとしていると蘇った。登校中、授業中、休み時間。家でもふとした時に出てくる。俺はその度に頭を抱えた。


 瑠奈は相変わらず学校では絡んでこない。偶然会ったら挨拶はするけれど、それだけだった。そもそも最初がいけなかったんだ、距離が近過ぎた。俺が瑠奈の彼氏を演じるのはお母さんの前だけなので、普段の生活では関わる必要性は本来ないんだ。


 なんていう、自ら導き出した答えはどういうわけだか、俺の胸を苦しませた。

 瑠奈に言われたわけじゃないのだからそうとは限らない。でもアイツには好きな人がいる、要らぬ誤解を生まないようにしているのでは、なんて思うとこの憶測は正解な気がした。



 そんなこんなで非常に静かな毎日だった。だからこそ千鳥の言葉を反芻する時間が増えたのだが。俺が瑠奈を好き、その答えは出てこなかったけれど、だけど気付いたことがある。

 俺はたくさんの人が往来している中で、瑠奈をすぐに見つけられると。


 これは瑠奈に出会って備わった特技なのだろうか。そんな自慢も出来ないような力はいらないのだけど。

 それでも俺の目はやっぱり、見つけてしまうのだ。


「えっ、千早くん!?」


 金曜日の夜、夕食の買い出しに駅前のスーパーに向かう途中でふと見たファストフード。その窓際にいた瑠奈の姿を。


 どうなってんだ、俺の目よ。レーダーにでもなってしまったのか。こんな想定していない場所で見つけるとは。


「どうしたの?」

「そりゃこっちの台詞だ、何してんの」


 カウンター席にて食事をしている瑠奈の隣に座る。トレイの上にはハンバーガーとポテト、飲み物があった。所謂セットメニューだ。


「えぇっと、晩ご飯」

「何でここ?」


 もう外はどっぷりと暗い。そんな時間にしっかりと食べていることから夕食だということは分かる。だけども何故自分の最寄り駅ではなくここ? 学校が終わって随分経っているのに。


「さっきまでカラオケ行ってたの。ほら、すぐそこの」

「一人で?」

「いやいや、皆で!」

「じゃあ何で一人で飯食ってんの?」


 聞くと瑠奈はハンバーガーにかぶりついて頬を膨らませる。なんだ、今食べてるから喋れませんアピールか。


「俺も一緒していい?」

「うん、いーほ!」

「じゃ注文してくるわ」


 丁度良かった。家でゴロゴロし過ぎてすっかり遅くなってしまった今、何かを作るのは面倒だったんだ。



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