第24話:食事会、終了


「千早くんは電車?」

「あ、はい」

「じゃあ一緒に帰ろう」


 ぐっだぐだに酔っ払ったお母さんと瑠奈をタクシーで帰して、残った俺たちは駅へ歩き始めた。


「ごちそうさまでした」

「いえいえ。今日はわざわざありがとう」

「お母さん、お酒弱いんですかね」

「うーん、そうだねぇ、あまり飲まない人だね」


 福間さんは俺へ顔を向けると細い目を更に細くして笑った。「よっぽど緊張してたんだろうね」と。

 お酒でそれを誤魔化せるなんて大人はいいね。俺なんかウーロン茶だもの、気持ちの高揚などは望めない。


 食事会は成功したといっていいと思う。それぞれの本心は分からないが、客観的に見ていた俺からするとそう思える。

 これは瑠奈の家の問題だ、俺には何の関係もない。結婚云々も嘘だしな。

 だけどもその場にいる人の観察はしてしまうわけで。無関係の人間に評価されたくないだろうが、福間さんはとてもいい人なんだろうと思った。あ、お母さん的にはいいか。


 福間さんはとても穏やかで柔らかい物言いをする。そしてよく微笑んでいた。

 切れ長で涼し気な印象の目元はキツく見えそうなものだが、そんなことは全くなく、隣のお母さんを見つめる目はひどく優しかった。そしてそれは瑠奈に対してもだし、瑠奈の彼氏である俺にもだった。


 スーツは仰々しかったかな、とか、朝イチで散髪に行ったら思ったより切られてしまった、とか照れながら話す姿は大人の男性なのに癒された。


「瑠奈ちゃんには感謝しなくちゃ」

「……あぁ、今日の食事会ですか?」

「ううん、それだけじゃなくてね。ほら、僕のことは秘密だったでしょ」


 ご存知だったんですね。まぁ、当たり前か。


「最初はびっくりしたんだけどね、声を聞いたのも初めてだったものだから」

「それは、びっくりですね」

「いろいろ聞いてはいたし写真も見せてもらったことがあったから分かってはいたんだけど、肉声を聞くとね、本当にいるんだなぁって」


 お酒を飲んでいた筈なのにお母さんと違って全く乱れていない。量が違ったのだろうか。だけども会が終わりこうして家路に着いた今、ようやくネクタイを緩めていた。


「今日はあまり喋れなかったけど。ほら、二人になった時があったでしょ?」

「あぁ……俺がお母さんにトイレにさらわれた時ですね……」

「瑠奈ちゃんにね言われたんだ、結婚する気があるなら協力しますからって」


 そうか、あの時話出来たんだな。俺は俺でお母さんに言われてたよ、「吐いたら負け」って力強く。


「こんなに心強い味方はいないよね」

「そうですね」

「でも彼女が受けてくれない気持ちも分かるんだよね」

「瑠奈のことが心配、とかですかね」

「そうだね。それに瑠奈ちゃんと離れてしまう気がしてるみたい」


 そんなことないでしょうに。

 咄嗟に浮かんだ言葉は飲み込んだ。だってあまりにも軽率だ。


「でも旦那さんもさ、亡くなられて十年経つわけだし。瑠奈ちゃんだってそんなことでぎくしゃくする年でもないんじゃないかな、なんて思うのは僕が浅はかなんだろうけど」


 やっぱり口にしなくて良かった。だって福間さんが言ったことは俺は知らないことだ。口を開いていたらうっかり聞き返したかもしれない。

 瑠奈のお父さん亡くなってるの? と。


「三年くらいになるのかなぁ」

「……付き合ってですか?」

「ううん、片思い。まさか大人になって片思いなんてすると思わなかったよー」

「振られてたん、スか?」

「あはは、そう。だから好きになった時から考えるともっと長いね。でも、何だろうなぁ、全然諦められなくって」

「長いですね、三年……」

「だから結婚もそれくらいかかっちゃうかもしれないなぁって思ってるんだけどね。だから瑠奈ちゃんが味方になってくれたのは、本当に嬉しいんだ」



 福間さんは上り、俺は下りの電車だった。その別れ際、「ちょっと喋り過ぎたね、ごめんね」と頭を掻いた。これがお酒の力だよ、とも言っていた。



 ***


 

 さて月曜日である。今朝は随分と冷えた。ただでさえ億劫な週の始まりに寒さが加わり布団でダラダラしてしまった。

 月曜日なのである。祝日ではない月曜日ということは、そう学校だ。ということはつまり、また瑠奈が俺に絡まない日々が始まるのだ。……いや、別にいいんだけど。静かだし。


 そんな静かな一日は長かった。

 ようやく終わりを迎える。

 だけどまた明日になれば長い一日が始まるのだ。


「小柴、今日も元気ないね」

「あぁん? 俺はいつもこんなもんだろ」

「今日も水城さん来てないね」


 帰ろうと俺の席に来た田川は唐突にそんなことを言ってきた。出てきた名前に体が反応する。特に喉は顕著で咽てしまった。


「なんでアイツが出る」

「え、だって最近よく来てたじゃん。先週はあんまり見なかったけど」

「話が飛び過ぎだろ、俺の元気の話はどこいった」

「だから、元気ないんでしょ?」


 にこりと笑う田川の言葉には疑問符こそついていたが、全く迷いがなかった。

 え、なにこの人、心が読めるの? ラブコメ終了してファンタジー?

 いや、なんだ心が読めるって。それじゃ本当に瑠奈が来ないから元気ない人じゃないか。

 廊下に出ても田川は無言でニコニコ笑っていた。えぇい、忌々しい。



! 元気ぃ?」

「うん、山本さんも元気そうだね」

「わっちとはやち友達なんだ?」


 靴箱に着くと瑠奈と山本さんがいた。どうやら田川っち→わっち、のようだ。

 田川っちも五文字だもんな。


 放課後にして今日初の瑠奈へ右手を小さくあげて挨拶する。瑠奈も笑顔で返してくれた。あ、カーディガン着てる。学校指定のグレーのそれは少し大きめで、あえてなのか成長を期待したものなのかは置いておいて、可愛い。指がちょこっとしか出ていない。可愛い。



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