第23話:食事会
即レスで会いたいと返したことからもお察しだとは思うが、俺は瑠奈に会えるという、ただそれだけで浮かれていたようだ。それは誤魔化しようもない。認める。
店員に出迎えられ「予約してます、水城です」と瑠奈が言った辺りから、あれ? 俺もしかして今からとんでもない場面に立ち会うのでは? と気付いた。
今まで頑なに彼氏の存在を否定してきた母親が、その相手を紹介するという、そんな一大イベントなのだ。
いやね、ちゃんと分かってはいた。だから一応かしこまった方がいいのかな、なんて思ってジャケット羽織ってきたし。
だけどもここに来て実感が湧いてきた。これはただのお食事会ではない、楽しく焼肉食す会じゃない。
俺にとって焼肉店といえば明るくガヤガヤしている処だったのだが、ここはとても落ち着いた雰囲気だった。趣のある内装だが純和風というわけではなく、和と洋が混在している……あぁ、和モダンといえばいいのかな。
殆どの席が仕切り扉で区切られていて半個室になっており、人があまり入っていないこともあるだろうが静かだった。
それがますますただのお食事会ではないことを突きつけてくる。
「やばい、なんか緊張してきた」
「遅すぎん?」
「全然平気だったのに生まれたての何か」
「小鹿かな」
「お願い、千早くん、先に行って」
こちらです、と案内されるがままついていく途中で瑠奈が俺の背中を押した。店員の足が止まったのは店の一番奥だった。
瑠奈に比べれば気楽なものだが、それでも緊張はする。小さく深呼吸して仕切り扉の向こうへ入れば、俺たちの到着に気付いていたようでスーツ姿の男性がテーブルの奥に立っていた。
遠目からでも分かる程にその男性は短い髪をふるふると震わせている。
「千早くん、お久しぶり!」
直立不動の男性にぺこと小さく会釈すると、瑠奈のお母さんがひらりと手を振った。あれ、呼び方が変わっている。
「お久しぶりです。あの、今日はお招きいただきまして……」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。ごめんなさいね、急に。――瑠奈は?」
お母さんは眉をひそめて微笑むと娘の所在を尋ねてくる。えぇ、おりますよ、きゅっと俺のジャケットの裾を握って。
仕切りのせいで見えていないだけでちゃんとおります。
俺が更に中へ進めば瑠奈もおずおずと入ってくる。それにいち早く反応したのは、彼氏さんだ。
「あっ、ああ、あのっ、初めまして! ふっ、ふくっ、あっ、お母さんとおつつあいっ、あ、おちゅき――」
「落ち着いてね。瑠奈、紹介するから座りなさい。千早くんもどうぞ」
ビシッと体の横にくっつけた手を指先まで伸ばしているその人から出た挨拶らしき言葉は、二つくらいしか聞き取れなかった。
笑っちゃいけないことは重々承知している、だから何とか堪えた。いや、うん、そうだよな、彼の心情は俺が想像するより遥かにやばい筈だ。
きっとここにいる面々はそれぞれが通常の精神状態ではない。特にこの人に関しては、完全なるアウェー。挨拶すらままならないのも当然である。
だが、相手がこんだけ緊張してんだ。瑠奈はちょっと冷静になれたのではないだろうか。少なくとも俺は肩から力が抜けたよ。
促されるまま俺は彼氏さんの前、瑠奈はお母さんの前に座った。
「こちら、
「……じめま、て……」
お母さんの後に続いた瑠奈の声の小ささよ。店内にもっと人がいれば聞き取れなかっただろう。
思わず見れば、瑠奈の目線はテーブルに設置されてある焼肉用の網。膝の上に置いた二つの拳にぎゅっと力を入れているのが分かった。
まさかの人見知り発動? じゃないか、そんな単純なことじゃないよな。それに人見知りってのはコイツと正反対のとこにある属性だ。
「もうね、いっぱいお肉頼んであるから、千早くんっ、いっぱい食べてね!」
瑠奈の挨拶に彼氏――福間さんの表情がますます固まっていき、瑠奈の頭はどんどん項垂れていった。お母さんは懸命に笑顔だ。
いやいや、瑠奈よ。そもそもお前が電話を奪ってこの会を用意したのではなかったか? 声褒めてたじゃんか。なのに何プルプルしてんだ。チワワか。
あぁ、この場でまともに稼働できるのは俺だけかもしれない。この会を成立させるために俺が出来ることは何でもしよう。
**
「福間さんはぁ、本当いい男だから。いい人じゃないの、いい男なの!」
食事が始まってもう一時間は経過しただろうか。店内には人が増えて、賑やかになってきた。
「瑠奈はねぇもう最高の娘なのよ。可愛くていい子で可愛くて。自慢なの!」
徐々に緊張がほぐれていった福間さんと瑠奈は時折会話を交わした。お母さんは肉焼きマシーンと化し、俺はひたすらに食った。ちょっと笑い声も起きたりして、最初とは打って変わって和やかだった。
だがそんな好転した雰囲気の中で一名、様子が変わってしまった人がいる。
「おい、千早ぁ! お前手ぇ出してねぇだろうな」
俺の斜め前に鎮座するは鬼。
当然だがお母さんだって緊張していた筈だ。だけど気丈にこの場を盛り上げようとしていた。
そのことが関係しているのかは分からないが、お母さんはとにかくビールを飲みまくっていた。
瑠奈と福間さんのやり取りが何度かあった頃、お母さんはネジがぶっ飛んだのか、賑やかな店内でもハッキリ聞き取れる声でなんか言い始める。ターゲットは俺だ。
「えっ! も、もちろんです」
「嘘だったらてめーしばき回すからな」
僅かに残っていたビールをくいっと飲み干すとそのジョッキで俺を指し、ゆらゆらと頭を揺らしながらぎろりと睨んだ。
お酒の力とは、いやはや恐ろしい。
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