第19話:どこもかしこも恋愛ネタ
少し、驚いた。
質問の内容じゃない。言いづらそうにしていたことにだ。
だって普段のコイツなら「千早くんって好きな人いんのー?」と目玉キラキラさせそうじゃないか。
けれど現実、俺の目に映るコイツにそんな様子はない。俺からは見えない正面を向いている目はもしかしたら輝いているかもしれないが。
だから驚いた。らしくないと思った。
いやはや、最近俺の周りはこのネタが多いな。
好きな、人、ね。
反芻するそのワードに引っかかる人物は、残念ながらいなかった。
瑠奈を気にしているのは間違いない、でもそれなのかは分からない。
麗華にもう一度聞かれても俺は否定するだろう。
「いない。……そっちは」
「んー……」
好きな人なんてのは考えるまでもなく浮かぶ相手だと思う。
だから答えは嘘じゃない。なのに伝えるともやっとした。なんだ……?
小さく感じたそれは眉間を揺らすけど、そんなものすぐに消えた。
俺へ顔を向けた瑠奈の口が「い」の形になり、その唇をツンと尖らせたから。
い、る。
まさかの返事だった。
え、コイツ好きな奴いんの? 全くもって予想外なんだけど。
「え、おま……」
「シッ!」
驚きを言葉にしようとすればどこからか複数の足音がした。
瑠奈の静止後、俺たちは体をきゅっと固くした。
なんて間抜けな光景だろうね。高校二年生の男女がくっついている理由がかくれんぼで見つからないためなんだぜ。
「瑠奈、どこに隠れてんだろー」
「アイツちっさいからなー、備品いっぱいあるとこに紛れてたら無理」
「あーっ、前バスケのボールん中にさぁ」
「あったあった!」
聞こえた声は山本さんだった。きっと近くではないのにあまりにも静かな校舎は会話を鮮明に届ける。
なんだよ、バスケのボール。気になるね。
でもそれより――
「……行った?」
「多分」
「緊張したー」
息も止めてたのか、大きく呼吸をした瑠奈は体育座りしていた膝を伸ばした。
「何、バスケのボールん中って」
「あー、ボールのかごあるでしょ? あん中に隠れたの。バスケのボールって重たいよねぇ」
「ガチだな」
「本気でやんなきゃつまんないじゃん!」
そう言って瑠奈は左目を閉じてウインクしてみせた。器用だな、俺できないぞ。
瑠奈の様子はすっかりいつもと同じだ。
なのに俺の心は乱れている。
ざわざわとしていて、不快だ。
ついさっきまで普通だったのに何でこんなに胸がざわつくんだ。何にだ。
瑠奈が遊んでる相手が女子だけではないからか?
山本さんじゃない声が男だったからか?
それとも、なに。
じわじわ浸透してきているのか。
瑠奈に好きな奴がいるという事実が。
別にそこに不快はないはずだろ。
何故そこが原因だと至るんだ、俺は。
でも。いや、違う。
じゃあ他に何が。いや、だからさ。
「そこで何してるの」
自問自答が謎の喧嘩になりかけた時、教室に声が響いた。
そんなに大きくないのに通る声は麗華だ。
まだいたのか。ちらりと麗華の机を見ると鞄がかけられているのが見えた。気付かなかったな。
「何もしてねぇだろ」
「そんなとこでくっついて座ってるじゃない」
左足を伸ばすと膝に違和感が走った。やっぱりこんな狭いとこで縮こまっていたのは無理があったんだな。壁に頭を預けて麗華の顔を見上げる。
「ち、違うの竹下さん。あの、かくれんぼしてて」
「……かくれんぼ? 水城さん、私たち高校生よ?」
麗華は真剣に疑問をぶつけるから思わず吹き出しそうになった。さすがです、麗華さん。
「あーっ、瑠奈みーっけ!」
瑠奈が立ち上がるとほぼ同時、遠くの方で声がした。あーあ、見つかった。
よいしょと俺も立ち上がる。
「アンタ隠れんのうまいねー……って、何? 修羅場?」
パタパタと走ってくる音がしてすぐに山本さんが窓からこちらへ身を乗り出した。
「えっ、もしかしてはやち彼女いんの!?」
「ちげーよ、コイツはただの幼馴染」
山本さんには何の罪もない。なのに少し強めに否定してしまった。
誤解されたりやいやい言われるのは慣れているのに、今だけはそんなこと言われたくなかった。
瑠奈には聞かれたくなかった……?
いや、俺のもやもやな気持ちのせいか。八つ当たりに近いかもしれない、すまん。
「そうなの? なんかめっちゃ怒ってるけど」
俺の回答に山本さんは首を傾げるから麗華を見る。……あぁ、この子クールな感じで売ってるんでね、そう見えちゃうかもですけど、これデフォルトです。
「普通、怒るでしょう。ここは学校、教室よ。そんな場所で男女がいちゃついてるなんて」
うそ、怒ってた。
俺にはそんな風に見えなかったんだが。
「はやち、瑠奈のこと襲ったの!?」
「何もしてねぇ!」
なんと人聞きの悪いことを。いちゃつく=襲うって、どんな検索したら導き出されんだよ。
麗華、お前もだぞ。ちょっとくっついて座ってるのが何故いちゃつくことになる。
「何もしてないってー。そんなに怒らないでよー」
山本さんはカラッとした口調で麗華に言って「つか」と仰々しく腕組をして続けた。
「いい雰囲気になったら場所とか関係なくね。教室でヤレんの高校生のうちだけだし」
「誰がヤるか」
否定はしつつも、山本さんの言うように今しか出来ないシチュエーションであることは頷ける。そんな願望が皆無とは言えないし。
……いや、やっぱ最後まではちょっとな。体が痛そうだ。女の子にも申し訳が。
なんて、至極くだらない妄想は自制ではなく山本さんの大きな声で停止した。
「あっ、もしかしてさぁ、はやちのこと好きなん?」
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