第18話:かくれんぼ
「……やち! おーい、はやち!」
ぐらぐらと体を揺さぶられてハッと顔をあげた。……ぅあ、れ? ここ、どこ……あ、教室か。
あれ、俺いつの間に寝て……。
「はーやーちー、こっち!」
あぁそうだ、隣行ったら瑠奈いなくて。鞄はあると教えられたから教室で待とうと思ったんだった。
結構寝てしまったのだろうか。枕代わりにしていた腕がじんわりと痛い。
いや、でも外はまだ暗くないな。
「ねぇねぇ、瑠奈見なかった?」
「え、いないの?」
山本さんの質問に若干ぼやっとしていた頭がクリアになる。
けれど窓越しの会話は、見てないならいいやと言われ終了した。廊下を走り去っていく音が響く。
起こしたくせにもういいの?
いやそんなことより、瑠奈いないの?
明らかに山本さんは探しているようだった。手伝った方がいいだろうか、そう思って立ち上がると、高くなった俺の視界に妙なものが飛び込んでくる。
「おはよーう」
「何してんの」
一番前の席、机の向こう側にまるで隠れるようにしゃがむ瑠奈がいた。
「千早くん寝てるの見つけてね、誰もいないし入っちゃえって思って。そしたら宇美の走ってくる音してさー」
「それで何でそこにしゃがむんだ」
「だって今かくれんぼ中だもん」
あぁ、かくれんぼね。そりゃ見つかってはいけないな。
……ん、なんて? かくれんぼ?
「千早くん、いつから寝てたの?」
「あー、多分そんなに経ってない。お前待ってて」
「え?」
鞄からタッパーを三つ取り出し机に置くと瑠奈がこちらに近付いてきた。
「ありがと、うまかった」
「わざわざ持ってきてくれたの?」
昨夜、入念に洗って隅々までチェックしたそれ。汚れ、臭いは残ってないかと何度も確認した。だけど徹底したくせにむき出しで持ってきてしまった。何か袋に入れれば良かったな。
「久々にまともに飯食った感じ」
「あはは、一人だと適当にしちゃうよね」
笑ってから瑠奈は手の平で口を覆うと「とりあえずさ、千早くんもしゃがんで」と言った。
きょろ、と辺りを見る様はまさに警戒している。あぁ、そうね、かくれんぼね。
瑠奈は俺の席と前の席の間に体を小さくまとめてしゃがんだ。ぐいぐいと裾を引っ張って隣に来いと促される。いやいや、そこに二人は無理ですって。
自分の机を少し後ろに下げて瑠奈の隣に腰をおろした。狭い。
右半身の密着具合は昨日よりも増しているんだが、コイツは平気なのだろうか。俺はなんか、心臓がつらいんだけど。
「……」
「……」
遠くの方で部活動に励む声がして目を閉じた。
静かな場所はいろいろあるけれど、放課後の学校ってのは独特だと思う。
この雰囲気が昔から好きだ。
なのに今はそんな感傷に浸れない。辺りが静かなのに変わりはないが、俺は自分の心臓の音がうるさくて仕方ない。
あぁ、低い位置から見ると、教室ってでかいな。
「あ、お母さんがねまた千早くん連れてこいって」
「……それはいいけど。バトった?」
「んーん、触れてこなかった」
「そうか。肝心の再婚話は? 進展あったのか?」
「彼氏の存在を認めそう」
「そう、なのか」
「頑固なんだよね、お母さん。誰に似たんかしら」
そう言うと瑠奈は自身の膝に顎を乗せてため息を吐いた。俺の位置からではどんな顔をしているかは見えない。
だけど声の調子からいくと笑ってる気がした。
「千早くんに頼んで良かったなぁ」
「……なんだよ、急に」
「ナイスアイディアだったよね、私」
「いやいや、それはどうだろう」
協力しているからといって瑠奈の計画にいいねを押したわけではない。未だに不可解に思ってるよ。
コイツは山本さんにも計画を話している。彼女は一体何て言っただろう、どう思っただろう。
さすがの彼女も「無謀じゃね」くらい言ったのではないだろうか。まさか「イイネ!」とはならなかっただろ? そう信じたい。
「だって、じゃないと私たち仲良くなれなかったよ。来年同じクラスになってもこんな風にはなってないよ、きっと」
「それは……そうか、も?」
そういう意味合いならば、そうかもしれない。
俺たちがただ単純にクラスメートになったとして、こんな風に肩をくっつけて座るなんてことはないだろうな。
挨拶をする程度だろう。
現にうちのクラスにいるちょっと派手めな女子と俺に接点はない。
……それは、ちょっと、嫌だと思った。
「今更なこと、聞いてもいい?」
「……なに」
挨拶くらいしかしない女子は多数いる。その中に瑠奈が入っているのを想像しようとしたができなかった。
特に理由はないさ。
それは瑠奈だけではなく田川にしてもそうだし、勿論麗華なんかはとんでもなく想像できない。
「ちょっとね、調べたんだよ、千早くんのこと」
「は。何こわい」
「こんなお願いをね、するんだからさ、彼女がいないかって」
「……あぁ、なるほど」
「まぁすぐいないって判明したんだけど」
「……フゥン」
大方、クラスの誰かに聞いたんだろうな。そいつが余計なことを喋る奴でなくて良かったよ。
いるだろ、聞いてもいないことを勝手に喋る奴。これが例えばミステリーであればそういうお喋りさんはキーワードを落としてくれたりするから大事だが、これは現実だ。そういうのは御免である。
さて余計なこととは何を指しているか。
そりゃ当然、麗華のことだ。
クラスメートたちがどう思おうが別にいい。
ウザったいだけで支障はない。
でも瑠奈の耳に変な風に入るのは、なんというか、胸がざわつく。
……うん、絶対嫌だわ。
「だからそこは、うん、ちゃんと分かってるんだけど。でも調べようがないこともあるわけでして」
「ほう?」
瑠奈は肩をきゅ、と小さくさせ膝に顔を埋めた。
なんだなんだ。
なによ、なにを知りたいのよ。
遠くで女子の笑い声が響く。
それが聞こえなくなったところで、瑠奈は顔をあげると正面を向いて口を開いた。
「千早くん、好きな人いますか?」
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