第17話:彼らにはどう見えているのか
別れ際、山本さんがくいっと俺のブレザーを引っ張った。瑠奈はそれに気付いていないのか先を歩いていく。
ニヤっと笑みを貼り付けた彼女は一言、「瑠奈はモテるよ?」と残して去っていった。
わざわざ何を言う。そんなの分かってるわ。
ブレザーのポケットに両手を突っ込んで、教室へ入って行く二人の背中を見送った。
そう、分かってる。
何か聞いたわけじゃないし見たわけでもない。
だけど普通に考えてさ、可愛くて人懐っこくて明るくて。
そんな女子が放置されているわけがあるまい。
俺以外の男にだって同じ顔を見せるんだろう、そうすればくる奴は少なくないと思うよ。
そう、そうなんだ。
俺以外の……例えばクラスの奴らにだって。
「おかえりー」
小さく苛立ちを感じながら教室に入ると、俺の席には田川が座っていた。
スマホをいじっていた手を止めて立ち上がる。
「……あ、飯。悪かったな。一人で食った?」
「ううん、適当にあそこら辺と」
「そうか。すまん」
「山本さんとも仲いいんだね」
「あの子知ってんの」
「うん、去年同じクラスだったからね」
覚えている人はいないかもしれないので紹介しよう。二年からのクラスメートで友人の田川だ。
物腰が柔らかくおとなしめの彼と過ごす時間は平和そのもの。わいわいと盛り上がることはないが気楽で一緒に過ごすことが多い。
「いい人だよね、山本さん」
「そうなのか」
残念ながら彼女とはさっきが初対面だ。遠目に見たことはあったけれど。だからどんな人間なのかは分からないな。
「でも意外だなー」
「何が?」
「いや、小柴は竹下さんと付き合うのかなって思ってたから」
俺が席に座ると田川はこそっと言ってきた。麗華の席は無人だが一応気を使ってるのだろう。俺はため息を返す。
「お前なぁ、それはないと何回言えば」
話すようになった頃何度も聞かれた。付き合ってないのかと。田川だけじゃないな、他の奴らにも聞かれた。俺は勿論、麗華も否定した。
人間関係が新たになるたびに行われるこのやり取りは、俺と麗華からすれば最早恒例行事で。
オーバーリアクションもなければ怒りもない。
淡々と返したものである。
俺らの間にそんなものはないのだ。
想像すらできない。
田川は俺の返答にごめんごめん、と気持ちのこもってない謝罪をした後「でも」と、なんとも意味深長なことを続けた。
「小柴はそうでも、あっちは違うんじゃない?」
「はぁ?」
あっち、が何を指しているかはすぐに分かった。
けれどそれを突っ込む間もなくなんというタイミングか、チャイムが鳴って田川は素早く自席へ戻った。
なんだ、今日は言い逃げが流行ってんのか。
田川が戻るということは麗華も戻ってくるわけで、思わず顔を見てしまった。
「……なんだかさっきと様子が違うわね」
「へっ」
「いいことでもあったの?」
俺はそんなに顔に出ているのか? さっきと違う出来事など一つしかないのだが、まさか瑠奈に会えたことがいいことなのか、俺よ。
顔を触ってみるが手の感触では分かるわけなどない。
ただ分かったのはもう既に俺の顔からニヤけは消えているということだ。
……まぁ、だが。昼休み前後で気分の違いは確かにある。
それがどういう違いなのか、言語化するのはひどく難しいのだけど。
にしても。
麗華はよく俺を見ているな。感心するよ。
でもそこに恋愛など絡んではいない。ただ俺らの付き合いが長いという、それだけの理由なんだ。
田川はまるで麗華が俺を好いているかのような口ぶりだったけど、母さん気質が良くない方にとられてしまっているのかもしれない。
**
竹下さんと付き合うのかなって――そんな田川の言葉を思い返して違和感が出てきた。あの時はスルーしたけどあれはまるで、瑠奈か山本さんと付き合っていると思っているのか。
だとすれば訂正しなければ。田川はお喋りな奴ではないけれど一応。火のない所にと言うしな。そう気付いて帰り支度をする奴の元に向かった。
「田川、昼休みの件なんだけど。俺、誰とも付き合ってねーからな」
「なにわざわざ」
「いや、あまり誤解されたくないからさ。あと麗華のことも」
「うん」
「お前何か勘違いしてるから」
麗華のことも念押ししておこう。俺らが付き合っていないというのは理解してくれているが、アイツの気持ちを深読みされては敵わん。しかもそれは見当違いにも程があるのだ。
だが田川は「そうかなぁ」と首を捻ると、
「幼馴染だっけ。大変そうだよね、それって」
「は?」
「下手に関係壊せないもんね」
またも何か意味ありげに言ってきた。おい、この会話は無駄だったのか?
だがまぁいい。俺はきっちりと否定した。それでよしとしよう。
この話題をグダグダ続けるつもりはないのだ。
「で、なにをそわそわしてるのか知らないけど、話は了解したから大丈夫だよ。行ってきなよ」
指摘され促され、俺は苦笑した。
昼間タッパーを渡しそびれたから返したいだけなんだが、こんな風に言われてしまうくらい俺の意識はここにないのか。
のんびりした奴だと思っていたのに田川はもしかしたら鋭い男なのかもしれん。別れの挨拶もそこそこに、俺は隣の教室へ向かった。
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