第16話:ミルクティベージュと金髪


 **



 昼休みになるとすぐ隣の教室に向かった。

 その動きは速かったくせして緊張が襲ってくる。なんだ、謎なんだが。


 教室後方のドアに近付くと、ぎゃははと一際でかい笑い声がした。

 そこで大騒ぎしてる連中がいて、まるで俺の覗きを阻止せんばかりではないかと思った。


 隙間からちらりと見てみる。

 教室の構造は同じ筈なのによそのクラスってのはどうしてこうも異次元に感じるのか。

 一瞬ではどこを見ればいいのか分からない。何よりじろじろとその隙間から覗くことは耐えがたい。

 かといって窓へ近付くのも、ましてや前方のドアへ向かうことも躊躇われた。


 C組とD組の間にある壁にもたれ天井を仰ぐ。

 右は勝手知ったる我が教室、左はさながら異世界。瑠奈と俺は違うとこで学校生活を送ってるんだなと思った。

 たかが教室が違うだけで大袈裟なと呆れる感想である。


「もしかして、ちはやクン?」


 名前を呼ばれて天井から視線を下ろせば、ピンクのメッシュをサイドに入れた金髪の女子がいた。

 ピンクが好きなのか、腰にはピンクのカーディガンが巻かれている。勿論学校指定のものではない。


「え? あ、はい」

「やっぱりー! 瑠奈っしょ、呼ぶ? 瑠奈ーー」


 呼ぶか聞いてくれたが返事を待つ時間は一秒も与えられず苦笑する。

 だけど右手を上下させ手招きしているピンクメッシュの動きは瑠奈がいることを表していて、きゅと口角を引き締めた。


「はいはーい。ってあら、千早くん! おはよー」


 ひょこっと顔を出した瑠奈はピンクメッシュの隣にいる俺にすぐ気が付いて、いつもと変わらない笑顔を見せた。

 簡単に目の前に現れた瑠奈に、ようやく……と思ってから、俺はそんなにコイツに会いたかったのかとハテナが浮かんだ。

 ようやく、とは。


「会いにきてくれたのー?」


 満面の笑みで俺を見上げる瑠奈はそっと俺の腕を掴んだ。瞬間ハテナは些末なものに変わる。

 そしてなんたることか、たったそれだけのことで俺は呼吸が下手くそになってしまった。


 何か用事? とか、瑠奈は聞かないんだな。

 会いに来た。それが訪ねる理由になるのだと思うと、嬉しいような気恥しいような気持ちになる。


「お昼一緒にする?」

「あー……、俺今日食堂行く」

「そうなの? じゃ急がなきゃじゃん。お弁当取ってくる!」


 そう言うと瑠奈は教室へ戻った。大した負荷はなかった筈なのに、触れられていたそこが寂しくなって、俺は腕を組んだ。

 別に飯なんか誘ってねーんだけどな、なんて思うのに顔が緩んでいく。


「ニヤけすぎっしょ」

「!」


 聞こえた声にハッとした。忘れてた、ピンクメッシュ。

 視界には常に入っていたこの目立つ風貌、なのに瑠奈が現れてからは景色の一つになって気にも留めていなかった。

 んんっと拳を添えて喉を鳴らせば「今更おせー」と笑われた。デスヨネ。


「うちも一緒していー?」

「え、あー、はぁ」

「興味あったんだよねぇー、ちはやクン」


 ピンクメッシュは胸下まである巻かれた髪を揺らしながらニヤニヤと俺を覗き込む。

 前髪を全て横に流している彼女はおでこ全開で、しっかりと作られた二つの目はまさに興味津々といった感じだ。

 にしてもニヤけ過ぎでは。よく俺に言えたものである。


 けど彼女と俺の表情が意味しているものは一緒ではない。それは、分かる。

 自分のニヤけ顔なんて見たことないけれど、きっとひどくだらしない状態になっているだろう。

 だってなんかもう、この頬の辺りの上昇が自分で止められないもの。


 だから顔を逸らしたがピンクメッシュは追いかけて覗き込んできた。

 コイツ、なかなかの意地悪さんである。

 だから上を見た。

 白い天井に騒がしい声。さっきと何も変わっていないのになんでだろう、違うような気がした。




 食堂までの道すがら瑠奈はピンクメッシュを紹介してくれた。

 山本やまもと宇美うみさん、瑠奈とは中学からの付き合いらしい。「山なのに海かよって思ったっしょー? 漢字違うから」と説明を受ける。

 多分この件はお決まりなのだろう、随分と言い慣れていたよ。


 瘦せ過ぎず弛んだ肉もない、実に健康的なスタイルの山本さんは麗華と同じくらいの身長で、彼女を見上げる瑠奈の横顔を後ろから見ていた俺は、何故だかニヤけてしまった。

 どうも表情筋が誤作動起こしているようだ。


「で、『はやち』は瑠奈のこと好きなの?」


 俺の前に瑠奈、その隣に山本さんが座った。二人は弁当、俺はかつ丼を囲み食事が始まって数分。山本さんは俺にフォークを向けて突然問いかけてきた。「で」とつけられているがそれはどこにもかかっていない、本当に何の前置きもなくだったので口に含んだ肉を発射するとこだった。


「何言ってんの、宇美」

「エセ彼氏っしょ?」


 エセって……せめてニセって言ってほしい。


 山本さんは事情を聞いているらしかった。

 なのに何故そんなことを。

 あれか? さっきのニヤけ顔のせい?


「エセとはいえ、瑠奈可愛いじゃん? 好きになっちゃうっしょ」

「ちょーっと! そうやってすぐくっつけようとするの宇美の悪いとこ」


 なるほど、タイプなのね。

 じゃあ話半分で聞くことにしよう。


「てか、宇美。何勝手にあだ名つけてんの」

「だってちはやクンって長くない? 五文字もあんだけど」


 さすがお友達。思考回路が一緒である。

 てか発言がアレ過ぎてどんな呼ばれ方をしたかなんて気にもならなかったよ。


「……あ、ほんとじゃん。千早くん、五文字じゃん」


 指折り数えた瑠奈の視線が刺さって俺は箸を動かした。

 そんなじろりと見られてもな。

 気付くの遅すぎだろ。


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