第20話:苛立ち
お馴染みの展開ではあるが、ここに漂う空気は馴染みのものとは少し違った。
否定しようとした口を噤んだのは麗華の目が平らになっているのが見えたからだ。
おぉ……まじで怒ってんな。
ぎろりと睨まれるより迫力あるのよね。山本さん、これこそが麗華の怒り顔だよ。
俺が知らないだけで麗華もしょっちゅう言われているのかもしれないと思った。
いい加減にしてってところだろうか。タイミングが悪かったようだな。
いや、もうほんとね、すごいのよ。
すーごい言われるの。「お前ら付き合ってるんだろ」「好きなんでしょ」「なんか幼馴染ってエロいよな」などなどね。
知らんよ。特に最後。お前の性癖なんて微塵も興味ねぇ。
言う方は無責任だからな。
気になるから言うだけだろう。
でも言われる方としてはそうはならんのだ。
普段は流しているとはいえ、気分次第では爆発するかもしれない。
麗華もそうだろう。普段はやんわり「違うわよ」と否定するし、そこに怒りの表情はあまりない。
だから今あんな顔してんのは、うん、やっぱりタイミングとしか。
きっとこの場でこの煩わしさからくる苛立ちを理解できるのは俺しかおるまい。
……なんて思っていたのだが、どうやら麗華の怒りは俺の予想を上回るものだったらしい。
「そういう風にしか物事を見られないなんて、どうかしてる」
まさかブチ切れモードなのか? いつも以上に淡々とした口調は少しの抑揚もない。
俺はこんな麗華を見たことがなかった。
思わず瑠奈を隠すように俺は立ち位置をズラす。
いや、麗華は瑠奈がいること知ってるし、別に危害があるわけではないのだけど。
なんとなくだ。
何故かは分からないがそうしてしまった。
「短絡的すぎるわ」
「は? なんなん、この人。ねーはやち、この人の言葉わかんないんだけど」
「簡単にくっついたり別れたりするような、おままごとみたいなものと私たちを一緒にしないで」
そう言った目線の先は山本さんではなく、俺の背中にいる瑠奈だった。
おいおい、何でこっちに言うんだよ。瑠奈は何も言ってないでしょうが。
てかしれっと「私たち」と言ったけど、勝手に俺を組み込むなよ。
「ふーん、そりゃあすいませんでし、たッ!」
語尾に力を込めた大きな声へ振り返ると、既にそこに姿はなく山本さんは教室へ向かっていた。
「宇美っ」
「瑠奈」
ささっとタッパーを手にする瑠奈は山本さんを追いかけるのだと分かって、なのに俺は声をかける。
「うん? ……あ、バイバイ?」
「え、あっ、いや……」
そうなの? バイバイ言うために引き留めたの?
自分の行動が分からない。
だから答えが返せない。
こんな空気で別れるのが嫌だった、とかか?
微かに首を傾げる瑠奈へ言葉を探していると、左腕に何かが絡められた。
見れば麗華の右腕がある。
なにやってんだお前。
「……ごめんなさい。私言い過ぎたかもしれない」
「え、あ……、ううんっ、そんなこと」
「千早、さっきの人に謝ってくれようとしてるんでしょう。でもちゃんと自分で謝るね」
は? 何で俺がお前の謝罪をせねばならん。
いや、そりゃちょっとはあるけど。麗華がすまんかったな、と思わなくもないけど。
でもそうじゃない。
……じゃないならなんだと言われると、悲しいかな自分の気持ちが分からないのだけど。
「だから水城さん行って大丈夫よ」
「……あー、そうな、の?」
「いや、そうじゃ」
「千早は優しいから。誰にでも」
俺の声を遮る麗華の言葉に瑠奈は目を大きくして唇をきゅ、と噛んだ。ように見えた。
でもすぐに笑顔を浮かべ「そうだね」と頷くと教室を出て行った。
もう瑠奈に声をかけることはしなかった。
麗華の黒髪を見下ろす。
コイツの最後の一言、それはまるで牽制しているように聞こえて、俺は困惑していた。
隣の教室から瑠奈と山本さんが喋っている声がして、ハッとした俺は麗華の腕を振り払った。
「お前、どういうつもりだよ」
「何が? 私何も変なことは言ってないけど」
「お前がどう思おうといいが、勝手に俺も同じみたいな言い方すんなよ」
「違うの?」
鞄を机に置くと麗華はじっと俺の目を見る。それがあまりにも真っすぐで、つい逸らしてしまった。
「いや、そりゃお前とは付き合い長いし、大事だよ。俺らのこと恋愛に絡められんのは嫌だ」
「……私は別に」
「でも、俺は好きになったり終わったりすることをままごとだとは思ってない」
苛立ちは分かる。分かるよ。
お前の機嫌も悪かったのかもしんないさ。
だけど、だけどなんつーか、違うだろ。
いや、いいんだけど、お前個人の考えにやいやい言う気はないから、いいんだよ。
でもそうじゃなかっただろ。
お前の物言いは、いろいろおかしかった。
いや、それもいいさ。
麗華、あの場面でお前がやり合っていたのは山本さんのはずだ。なのに何故。
何故、瑠奈に向けた。
「お前の代わりに謝るとかねぇからな」
「じゃあ水城さんを引き留めてどうしたかったの」
「そ、れは俺もわからんが」
「……千早、水城さんが好きなの?」
だからそれは前にも否定しただろうが。
思わず声を荒げそうになったが、ぞろぞろと男女が廊下を歩いていくのが見えて口を閉ざす。
その面々は隣の教室へ入っていった。あぁ、あれがかくれんぼのメンバーか。
「水城さんのアレ、なに」
「……アレってなんだよ」
「タッパー。持って行ったでしょう」
「お前には関係ねーだろ」
ぐちゃぐちゃとしつこい麗華にも、人数が増えたことで騒がしくなった隣の声にも、……見えた男の姿にも苛立った。うるさい! と叫びたくなった。
鞄を取り教室を出る。「待って」と声がしたが止まらなかった。
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