第8話 どうして精霊が24時間応えてくれるか分かります?
「メディシ、お前には荷が重いかもしれんが。」
そう上司のリョウヤクが言うのは珍しいので息をのんで次の言葉を待った。
「勇者の集う街メリに行ってくれないか。」
「メリですか?いつもの故障修理ですか?」
「いや違う、そのー、なんだ、説明してきてくれ。」
――
「メディシ先輩、私メリは初めてです。」
「そうか、俺も初めてだよ。」
今回の案件は「通信水晶をなくすことはできないか」というクレームらしい。ブラウンワールドでは「通信水晶とは何か」を学校で習っているはずなのでめったなクレームではないのは確かだ。
勇者たちが訪れる町というだけって栄えており、パーティメンバー募集の張り紙やモンスター討伐依頼の掲示板があちこちに出ている。
「勇者のパーティって俺もまだ一回くらいしか見たことないな。」
俺がこの世界に来て三年以上たったが、一度は二年目に業務で会った勇者パーティで初老の勇者が「通信水晶に破損がある」と連絡してきてくれたことがきっかけだった。いい人達だったな。
「メディシ先輩、あそこ!」
トキシカが慌てた口調で袖を引くので目をやると勇者とおぼしき若者が剣で水晶をたたき割ろうとしている異常事態に脳がパニックになった。
「何をしているんですか!」
そういって通信水晶に近づくと通信水晶自体に傷はついているものの大きな損傷は内容で一安心した。
「何って、この邪魔な水晶を解体して売って、メリの特産物にするんだよ。」
耳を疑ったが、この若者は本気で言っているらしい。
「ええと、あなたの討伐者申請番号を教えてください。」
「ハァ?なんで初対面のおっさんに教えなきゃなんねーんだよ。」
その通りであるが、今は聞くしかない。
「私は通信局の物です。通信水晶の管理をしています。」
「ああ、お前が税金泥棒ね。」
俺は今までの経験が走馬灯のように流れてくるのを感じた。
「通信水晶とかいう"お飾り"でただ飯を喰らっている泥棒じゃん。」
「あなた!」
トキシカが意見をしようとしているのを人差し指で「静かに」の合図でたしなめた。
「それが"通信水晶"だとわかっていて破壊行為をしているのですね。それはブラウンワールド国際法によって禁じられています。」
「あーでたでた、国際法。知らねーから。俺らは俺らで勝手に精霊を呼ぶんで関係ないから。」
周囲を見回すと勇者のパーティとおぼしき若いヒーラーの女性が一名黙って立っているほかにメンバーはいないようだった。そしてメリの人々もこの行動に無関心でいる、というよりは腫物を扱うように避けているようにみえる。
「あなたの討伐者申請番号を教えてください。」
「うるせーよ、とっとと消えろ税金泥棒!」
俺は腕時計型通信器に「もしもしメリの警備部隊につないでもらえますか」といった瞬間に背後から柄で殴られたのを感じた。
「メディシ先輩!」
痛みを耐えながら振り向くと若者がしたり顔でこういった。
「税金泥棒に制裁を与えただけだから俺は捕まらねーよ。」
意識が遠のきそうになるのを堪えて警備部隊とおぼしき人々が駆けつけてくるのを目で確認して「ブラウンワールド国際法に基づき通信水晶の故意的な破壊は重罪です」と言い終わる前に意識を失った。
――
「メディシ先輩!大丈夫ですか!」
トキシカが目に涙をためて覗き込んでいる。
「大丈夫だよ。ここは」
「医務室です。」
ヒーラーとおぼしき女性と警備部隊の一人がすぐそばに立っていた。
「すみません。まさか人に加害するタイプとは思っておらず。」
話を聞くと例の若者は勇者ではなく、討伐者申請番号すらもっていないこの町の青年であり、パーティメンバーらしい若い女性は恋人らしい。
「この町の議員の子供でして。その議員が"通信水晶がなくても精霊と通信できる"と主張していまして、ええ。つまるところ説得ができておりません。そしてついには通信局へ抗議の連絡を独断で行ったらしく、それをうけて子供が"通信水晶を壊して売り物にする"とヒートアップしておりまして。」
警備部隊の困惑した説明からだいぶ苦労しているのがうかがえる。
「でも危害を与えたことは暴行罪ですから、ようやく拘束ができましたわ。」
そうヒーラーの女性が言うと自分が失言したことに気が付いたのかうつむいてこうべを垂れた。
「つまりは"通信水晶不要論"をお持ちの方がいらっしゃるのですね。」
「はい。そして昔はメリを救った魔術使いであったと言われるお人なので、強くも出られず。」
そう警部部隊の恐らく末端の人間やヒーラーが言うくらいには周囲に知れ渡っている事実であるのだろう。
「そうですか、ではその議員の方と先ほどの若者たちと会わせてください。」
「はい、もう議員と若者たちは別室に呼んであります。むしろ通信局員が到着したら連絡をするように通達がありましたからね。頑張ってください。」
この警備隊員は信用してはいけないタイプだなと思いながら案内されるがままトキシカを連れて別室に向かう。
別室にはふんぞり返った初老の議員と若者の恋人、俺を殴った若者が拘束されて居た。
「どれどれ通信局員くん、君に話があるんだが。」
「はい、暴行罪の被害届は取り下げません。」
「何をいきなり言っておる!取り下げるも何も暴行罪ではない!」
「あ、そうですかそこらへんは警備隊員さんに一存します。」
「まったくなんという口の利き方をする奴だ。これだから"通信水晶"に頼らないと精霊たちと交渉すらできん能無しになるのだ。情けない。」
「私はメディシ、通信局員です。」
「そんなことは聞いとらん!」
「通信局当てに"通信水晶を撤去しろ"とご連絡いただいたのは間違いありませんね。」
「当然だ!通信水晶など必要ない。」
その言葉を聞いて、あまり解決策としてとりたくない嫌な案をとるしかないのだろうと改めて確認した。
「そうですか、それではこの場で魔術をお使いください。」
「若造が、なめているな。ワシの呼びかけに答えよアイオリー!『ウィンドストーム!』」
そう大声が別室のレンガ造りに響いた。
というかこの場で本当にウィンドストームなんて発動したら瓦礫で俺たちは潰れるんじゃないか。
「なっなぜ!そんなばかな!今まで答えておったろう!アイオリー!『ウィンドストーム!』」
また大声が空気を揺らす。
「お、おとうさん」
俺を殴った若者も流石に状況を理解したのかうろたえ始める。
「こんなことはインチキだ!きっとお前が妨害工作をしているに違いない!アイオリー!『ウィンドストーム!』なぜ!おい!クソ女神!ワシのいうことが聞けんのか!」
俺が声をかける前に腕時計型通信器から風の精霊アイオリンの怒号が場を伝った。
「あんたねぇ!私の名前を間違えてよくもまぁ!私は風の精霊アイオリン!それにあんたのいるメリになんか通信水晶がないとエネルギーは届かないことぐらいわかるでしょう!」
その声が響くと今度はまけじと議員が叫んだ。
「うるさいクソ女神クソ精霊!黙ってワシの言うことを聞かんか!」
すると精霊アイオリンの気配が消えた。
「あのー、相手に対して敬意をもった対応をした方が何かと」
「うるさいうるさい!」
今まで口をつぐんでいた若者の恋人が急に立ち上がり扉に向かって歩いて行った。
「どこにいくんだよ!」
そう焦る若者をしり目に彼女は吐き捨てるようにこう言った。
「あんたの父親、人の名前を間違えるとかありえないし、人に対して高圧的過ぎ。てかあんたも人を殴るとかありえないし。今まではちょっと勘違いしてるけど根いい人かなっておもってたけど、やっぱむり別れる。じゃあね。」
そういうとわき目も振らずに出て行ったが警備隊員が「あ。君も事情聴取まだ終わってないから帰れないよ。」と追いかけていったことで、この地獄の空気を破壊してくれる誰かの一言を待った。
「あ、ごほん。その、認識の不一致があったようだ。すまん、息子の暴力は見逃してやってくれ、ワシが間違った認識を植え付けてしまったせいで。」
背中の痛みを耐えながら俺はようやくこういえる。
「どうして精霊が24時間応えてくれるか分かります?それは遠隔地でも交信ができるように魔術使いを代表して精霊たちと契約を結んで、通信水晶を整備することでいついかなるときでも魔術が使えるように俺たち通信局員が働いているからなんですよ。」
「あ、ああ。」
「今の言葉を聞かなかったことにしてくださるなら許します。」
「本当か!ありがとう!今の言葉は聞かなかったことにしよう!」
「許すのは通信水晶に対する破壊行為を見逃すだけで、暴行罪の被害届は取り下げませんけどね。」
そういうとトキシカが腕を引っ張るのでいつもの通り人差し指を立てて「静かに」と合図を送った。
「ブラウン・ラクバイ・ブリシト 記憶の精霊ムネネよ、我の言葉に答えたまえ。今から三分以内の記憶を周囲の物の記憶から消し去ってくれ。」
「それだけでいいの?」
そう精霊ムネネが耳打ちしてきたが「いいんだ」と答えると議員も若者もヒーラーもトキシカも同時に我に返ったような顔をしていた。
「今ワシにににか魔法をかけたかね?まさか禁忌の精霊を呼び出したのではあるまいな、この嫌な感じは。」
「罪悪感じゃないですかね。それでは長居するのもあれですし、警備隊長さんと議長さんに挨拶して帰ります。さようなら。」
今まで威勢がよかった議員と若者は唖然とした様子でそれ以上何も言ってこなかった。
「帰ろうトキシカ、この町の名産って何だっけ。」
「このまちは貝殻や宝石を使った工芸品が有名です。」
「だからって公共の通信水晶を売ったら」
「駄目です。」
「そうだね、じゃあお土産買って帰ろうか。」
そういって背中の痛みを思い出し「ごめんその前にもう一回ヒーラーさんのところに行っていいかな、限界。」といって意識を失った。
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