第7話 なんでバカ深い湖の底に潜らにゃならんのだ!
「なんで俺が行かなくちゃならないんですか、半魚人のホスピに生かせればいいじゃないですか、俺は泳げないんですよ。」
悲痛な訴えを上司のリョウヤクに申し立てても歯が立たない。
「今回ホスピは別のエリアから同時に作業を行ってもらう。お前たちは潜水服を着ていけ。」
風の精霊アイオリンの発信水晶の交換時には単体なので行わなかったが、新規で精霊と契約を締結してエネルギーを発信水晶に込めるときには同じ種類の精霊と同時に契約の更新をしないといけない謎のルールがある。
「わかりました……。トキシカ。」
「はぁいぃ。」
驚いて声の方を振り向くと潜水服を着たトキシカがいた。
「今着なくていいから!」
――
そうこうしているうちに湖ロピに着いた。
ドラくんを大樹の下に待機させて大きな湖の前にため息が出る。
「言ってるそばからリュムピのところに来ちゃったよ。」
「そういえば来いって言われてましたね。」
いつもの二倍の質量があるリュックから潜水服を取り出して着替えていく。
「これって本当に魔術の力で水中を歩けるのかな、呼吸もできるのかな、不安しかない。」
「メディシ先輩は臆病なんですね。それに加えて同じタグの潜水服同士は半径10m以内の声を拾えるんです。まちがいありません。」
そういってガラスドーム状のヘルメットをかぶったトキシカはジャンプをしながら腕を上下に動かし足をジタバタさせる行動を繰り返し機動性をみせつけてくる。
「はあ、他の作業員たちの迷惑になるし時間より早めに行くか。」
「当然です。」
その言葉を聞き終わる前に恐る恐る湖に足を踏み入れた。
草で覆われていた範囲から突然足場がなくなり底にむかって自分が落ちていくのが分かる。
軽いパニックになりそうだったが袖にトキシカの手があるのをみて気丈にふるまうことを心に決めた。
そうしているうちに目の前の景色がだんだんと濁った水色だったものが深い青になってきたときちょうど、湖の底から声が聞こえた。
「ああ!メディシじゃないか!本当に来たのかメディシ・山田・良助!」
その声の主が水の精霊リュムピだと分かった。
「早くここにおいで!仕方がないな『トルネード!』」
俺は「止めてくれ」という前に水の渦による急激な回転にめまいを起こして気を失った。
—―
「メディシ先輩、大丈夫ですか。まさか死んでないですよね。」
「メディシ・山田・良助!お前の死に場所はここではないはずだ!」
ふたりの甲高い声を聴いてようやく目が覚めた。
「うーん、今何時だ。トキシカ。」
「大丈夫です。まだ13時です。テストがある14時半まで時間があります。本番の15時までよ余裕がありますよ。」
時計型通信器をみてみるとたしかにそうらしいが視界がまだふらついていて正確な時間が読めない。
「しばらく休んでいろメディシ・山田・良助。しかし実物は本当に老けているな!」
精霊がよくする人間いじりを聞き流してこの後の手順を再確認する。14時半にテスト通信を行い、15時にほぼ同時で契約を更新する。そしてここは湖なので聖水を撒くタイミングは直前にしないと。
「メディシ先輩はただの人間ですからしょうがありませんね。」
そうトキシカがいつも通りにたしなめると横から精霊リュムピが突っかかってきた。
「そういうお前は雑種だろう、匂いでわかる。人間とエルフの混血ごときが偉そうにするな!何様だ貴様は!」
思いもしない横やりにトキシカは目を真ん丸として唇をかみしめ、いつも俺に言えるような対抗する言葉が出てこず、でてきても言える立場ではないので大きな瞳に涙が溜まっていくのがガラス越しに見えた。
「はは、新人様ですよ。精霊リュムピ、俺の後輩なんです。お手やわらかにお願いしますよ。」
「メディシ!そんなことを言っているから小娘になめられるのだ!」
「でも実際、俺はただの人間で魔術の才能もないからトキシカには頭が上がらないんです。新人であろうとどんな立場の人間であろうとちゃんと能力がある人間には敬意を示さないと。ですから精霊リュムピ、俺の後輩は能力がある人間なんです。」
そういうと精霊リュムピはしばらく考えるポーズをしてこう言った。
「言い過ぎた。謝ろう、トキシカ。だかしかし、先輩に対する敬意が足りないぞ。そこは改めるんだな。」
「はい。すみませんでした。」
トキシカは涙声で頭を下げた。
「では気を取り直して計画の事前打ち合わせをしましょう。」
「体は大丈夫なのかメディシ。」
「今のですっかり吹っ飛びました。」
そう軽口を言うとますますトキシカは頭を下げた。
「トキシカ、まず精霊リュムピにお願いしたことを再確認してくれ。」
「はい。精霊リュムピには14時半に発信水晶を通して実際にエネルギー通信を演習として行てもらいます。そして15時に発信水晶を通して私が詠唱する呪文に応じて発信水晶のエネルギーの更新をしてもらいます。」
「この内容で事前に連絡した内容はあってるよね、精霊リュムピ。」
「ああ、間違いない。」
「じゃあ演習の呪文と本番用の呪文を詠唱してみて。詠唱速度を精霊リュムピに確認してもらいたい。」
「ああ、分かった。トキシカ、詠唱してみろ。」
「はい・ブラウン・ラクバイ・ブリシト……」
たまに精霊の中では混血のことを雑種と呼び忌み嫌う者もいるらしいとは聞いていたが、実際に遭遇すると相手の意識の訂正するわけにもいかないから"実力を認めさせる"くらいしか解決策がないんだよな。
そうこうしているうちに14時半が近づき他作業員と交信を試みた。
「えーと、こちらメディシ、通信入ってますか。」
「聞こえてるよー」「入ってる」「大丈夫」そう他の作業員の声が全員分聞こえた。
「じゃあ14時半になったら始めよう。5,4,3,2,1」
「ブラウン・ラクバイ・ブリシト 水の精霊リュムピよ、我の言葉に答えたまえ。」
――
そして本番の詠唱が滞りなく終わった時、腕を大きく上げて雄たけびを上げた。
「終わったー!」
「よくやったなメディシ!これで新たな水の精霊キュアリも魔術使い達の加護をすることになったのだな!」
「そうだね。」
「そしてトキシカ!」
急に呼びかけられてトキシカはまた目を真ん丸として潜水服を握りしめた。
「トキシカ、お前もよくやった。特に聖水を流すタイミングと詠唱速度の安定感はよかったぞ。」
そう思いがけないことばをうけてトキシカは俺が今まで見たことのないような笑顔でこういった。
「ありがとうございます!メディシ先輩に褒められるよりうれしいです!」
精霊リュムピもまた、俺が今まで見たことがないような笑顔で笑っていた。
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