第5話 なんで宴会の幹事をしなきゃならんのだ!
「俺が幹事……幹事は新人の仕事じゃないですか、トキシカにやらせるべきでは。」
そう上司のミョウヤクにくってかかる。
「トキシカくんはまだ一年の新人だろう。お前がやれ。年末年始の幹事はすべてお前に一任する。」
「そんな殺生な……。」
俺は昔っから幹事だのなんだのめんどくさい仕事を押し付けられる性分であり、Noと言ってもそれが通らないからどうしようもない。
「メディシ先輩、大変そうなら手伝ってもいいですよ。」
トキシカが真っすぐ俺を見てくる。
「じゃあ店選びを手伝ってくれ、まずこの通信事務局員の28人が入れる酒を提供する飲食店で予算は一人3千円まで。」
「三千円ってなんですか。」
「ああ悪い、銀貨三枚まで。それで事務所から徒歩圏内で付近に宿屋がいくつかあることが望ましい。」
どうしてキロやメートルの単位は通じるのに円や富士山が通じないんだろうか。ファンタジーだから日本が存在しないから?俺がいるこのブラウンワールドは俺の幻想で悪夢なんだろうか。
「メディシ先輩、大丈夫ですか。」
「ちょっと気分が悪い、風に当たってくる。」
そういうと、また飛行竜乗り場にきてしまった。
俺は3年前まで東京で故障修理をしていたはずなんだ。それが、いきなりこの世界にきてしまったがどうしても過程が思い出せない。
拾ってくれたのが結局誰だったのかも分からないままではあるが、今の仕事をあてがわれて家も借りているし、現状に不満があるわけでもない。
「メディシ、顔色が悪いぞ。」
振り向くと同僚のホスピが居た。
「一服しねえ?」
そう葉巻を渡そうとするが断った。
「最近のお前、疲れてますって感じだぜ。」
「しょうがないだろ、疲れてるのは事実なんだから。」
この世界の葉巻は爽快感ある匂いがするのが逆に怖くて嫌いだ。
「お前、まだ昔は東京に居たとか思ってんの?あれはよくある記憶喪失集団幻覚だって。」
このブラウンワールドでは俺のような「昔は東京に居た」と訴える人間が少なからずいるようで、それを記憶喪失による集団幻覚と呼び、死ぬ間際に見える「三途の川」と同じ概念だと言われているのが一般的である。
「別に今は思ってないって。仕事が忙しいからさ。」
「トキシカちゃんはどんな感じ?バディとしてさ。」
「まじめな子だよ。」
「それだけかよ、冷たいなー。」
そう煙を吹かれてトキシカを待たせるのも悪いと思い直し事務所に足を向けた。
「あんまり気を張り詰めすぎるなよ。」
「ありがとうホスピ、お前もな。」
するとトキシカが走り寄ってきた。
「メディシ先輩、先輩が云っていた条件に該当する店舗がこの街には3件あります。どれも南側にあります。」
そう袖をグイグイ引っ張って事務所に連れて行こうとする。
「わかったから袖が伸びるから放してくれ。」
「わかりました。」
急に袖を放されて俺は尻もちをついた。
「メディシ先輩、体幹を鍛えた方がいいですよ。」
俺はムッとしてトキシカのおでこを叩こうとしたが「パワハラです。」と言われるのが目に見えていたので話を戻した。
「じゃあその3店舗のうち一番安くて上手くて」
「評判がいいのはこの店です。」
「……そこでいいや。」
—―
そうして時間は過ぎ、忘年会の当日を迎えた。
「参加費は集金終わったか?」
「はい。全員参加で集金も終り事前に支払いも済ませてあるので後は別メニューの追加注文をさせなければ大腕を振って帰れます。」
「それはよかった。じゃあ先に事務所前で道案内役として待機していてくれ。俺は最後に行くから。」
「分かりました。」
俺はまだ休暇に入る前に終わらせる仕事が若干残っているのでこのタイミングで終わらせよう。
「メディシ、お前まだ仕事をする気か。」
驚いて振り向くと上司のリョウヤクが怪訝そうな顔をして立っていた。
「あ、あとちょっと記述するものがありまして。」
「馬鹿者、お前が今年やる仕事はさっき鳴ったチャイムで終わりになったんだ。来年にやれ。」
「メモ書きさせてください。」
「まったく、メモ書きが終わったらすぐトキシカくんと合流しろ。」
「わかりました……。」
急いでメモを書き残してトキシカの元へ向かった。
「メディシ先輩、遅いです。みなさんちゃんとついてきてくれなくて。」
「ああ……みなさん、俺とともにいざゆかんかの地へ!」
そうふざけたことを言いかけると怒号が鳴り響き、「メディシめ馬鹿なことを言いやがって」と団結した局員はスムーズに飲食店へ入っていった。
「えー、メニューはこのメニューからのみです、あ!すみません生ビール28個下さい。えワイン、すみませんワインのメニューはこちらから選んでもらって。」
そんなことをやっているうちに酔っぱらった上司の一人が「一発芸を見せろ!」とヤジを飛ばしてきた。悪夢だ。
「はい、では俺の育った東京ではやっていた爆笑ギャグを」
「東京ってどこだー!」「まだ記憶喪失か!」「ゆっくり休め!」
怒号を無視して俺は両腕と右足を上にあげこういった。
「荒ぶる……鶴拳のポーズ!」
場が沈黙に包まれた。
――
「ホスピさん、メディシ先輩が『東京から来た』って本当ですか?」
「ああ、すくなくともあいつの中では本当だ。昔東京って場所にいて仕事をして生活をしていたんだと。でもあいつは昔の同僚や家族の名前を言えない。覚えていないんだ。典型的な記憶喪失による集団幻覚のたぐいだよ。」
「そうなんですか。」
「トキシカちゃんに世話を焼かれてあいつがうらやましいよ。面倒な奴だけど後輩としてサポートしてやってくれ。」
「大丈夫です。いわれなくともいつもサポートしていますから。」
「なら安心だな。」
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