第2話 なんで雑務をしなくちゃならんのだ!


「メディシ先輩、骨折させてすみませんでした。」


 トキシカが珍しく素直に頭を下げたことに驚いたが、おそらくまさか自分が崖で崖崩れを起こすミスを犯すとは思っていなかったのだろう。


「いや、大丈夫。ヒーラーさんに直してもらえる保険の範囲内で済んだし。それよりトキシカが無事でよかったよ。」


「私はエルフの血統のものなので大丈夫です。」


 といいつつエルフの血統でも血が入っているだけだからケガの直りが人間より早く少し長生きするだけだから普通の人間として扱えと上司に言われたことを思い出し、でもそういうそぶりを見せたら傷つくだろうと思い、「そうか。」と笑って見せた。


「報告書~報告書がまだきていないな~。」


 その声の方を見ると上司のリョウヤクがデスクで腕を組んでいる。


「すみません、今治療室から戻ったばかりで。」


「言い訳はいい。戻ってきたら24時間以内に報告書と情報更新がルールだろう。まさか頭を打って社会人としてのルールすら忘れたのか。」


「まだ24時間にはなってないですよね、今すぐ仕上げます。すみません。」


 そう叫ぶとデスクの書類に目を通した。


 "通信水晶への移動ルート変更申請書"、"移動ルート変更申請を行わずに移動ルートを変更した場合"、"移動ルート変更申請ナンバー"と、めまいがする。


「移動ルート変更申請ナンバーは私が申請しておきました。なので変更申請書と変更した場合に目を通していただければ大丈夫なはずです。」


 こういうときトキシカは先回りをしてくれるから後輩として優秀。やっぱりトキシカ憎しの感情は登山のせいだったんだな。


「メディシ先輩、絶対に忘れてナンバー申請できる期日を過ぎると思ったので。」


 前言撤回。生意気な小娘だ。


 ”通信水晶への移動ルート変更申請書"に目を通す。


【精霊に魔力を分け与えていただく契約に基づいた精霊と魔力の交信をする媒体に当たる水晶、以後”通信水晶”という。この通信水晶は精霊が魔法術者の呼びかけに応えられる範囲から逸脱したとき、通信水晶同士で共鳴しあうことで遠隔地での魔法術を成功に導くためのものである。】


【この通信水晶は保守点検をブラウンワールド国際法に基づき各国で行わなければならず、どのエリアでも平等に魔法術が成功するべきである。この通信水晶にたどり着く安定したルートを確保して各精霊との契約を交わす者を契約者とし、保守するものを代理とする。精霊が代替わりまたは精霊自体と契約を解消するときは……。】


「トキシカ、一年経ったしお前がこの書類を書いてみないか。」


「それって先輩が頭を打ったからですか。いきなり仕事を教えてくれるなんて。」


「俺はいつでも仕事を教えているだろ。」


 そういうとトキシカに書類の申請方法を説明し、申請業務はトキシカに任せることとなった。


「リョウヤク主査、私がこの申請作業を引き継ぎますので安心してください。」


「トキシカくんがやってくれるなら安心だねえ。待ってるよ。」


 俺は何も聞かなかったことにして次の予定に目を通す。


「草原地帯ボッタか、楽に終われるかな。ああでも契約更新する精霊が3人もいるのか、厳しいな。」


 深いため息をついて事務所から出て右にある飛行竜乗り場に足を運ぶ。


 球場くらいの大きさがある乗り場には2m近い茶色いドラゴンの群れが洞窟から出て羽根を伸ばしたりしてくつろいでいた。


「ドラくん!」


 そう呼ぶと群れのなかから一匹が反応して寄ってきた。首輪には『ドラくん』と汚い字で彫ってある。俺が彫ったんだけど。


「ドラくん昨日はありがとう。」


 ドラくんは顔色を変えずに首を近づけて俺の頭に首をのせた。


「ドラくん、重いんだけどこれは親愛のあかしってことでいいんだよね。」


「明後日の仕事は草原地帯ボッタだけど上司から聞いてるよね。よろしく。」


 ドラくんは鼻息でフン!と返事をし、洞窟の方に戻っていった。


「職場のドラゴンには勝手に餌付けしちゃいけないし、コミュニケーションってむづかしいよな。」


 そうぼやくとタイムカードを切っていないことを思い出して慌てて事務室に戻り、「早く帰ってやすめよー。」という同僚のホスピからの野次を聞こえないふりをして家路についた。


 夜勤ありの職場には慣れないなと感傷にひたっていると、昔いた場所を思い出す。


「タバコのにおい、電子機器の音、コンクリートの熱、なくなってみると恋しいものだな。」


 今見える景色は昔見た映画の中のような古いレンガ造りの街並み、自然、そして魔法でともり続ける灯。


「昔仕事ができなかった奴が環境が変わって仕事ができる奴になるとかいう都合のいい魔法はなかなかないもんだ。」


 そうつぶやくと小さな平屋の一軒家につく。我が家というホテルである。


「ただいま。だれもいないけど。」


 俺は服を乱雑に脱ぎ捨てて睡眠薬を口に含んで直ぐにベッドに潜り込んだ。


「明日は部屋の掃除を流石にしないとまずいな。油も買わないと。それに水道料金の支払い……。」


 くだらないことを考えているうちにいつのまにか深い眠りについていた。


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