第53話 採掘 後編

 エイジがシエナ村から採掘所へと戻ってきた時、空は夕闇に覆われつつあった。

 真っ赤に染まる空の下で、黒々とした森が広がり、その手前の採掘場所だけが黄土色の地土を晒している。


 ピエトロたちはかなり頑張ったのだろう。

 採掘所の収納場所は、土にまみれた鉄鉱石がかなり積まれていた。

 そしてピエトロたちは、疲れ果てた顔で円座になって座っていた。


 休憩をしていたらしい。

 エイジが戻ってきたのに気づくと、ピエトロが一番に立ち上がった。

 屈託のない笑顔を浮かべて迎えてくれる。 他の弟子も一斉に立ち上がった。


 ああ、多くの弟子を迎えたんだな。

 ようやく人を抱えるということの実感が湧いてきた。

 弟子の前に立つと、エイジは持ち運んでいた荷物を下ろす。

 先ほどまでピエトロが使っていたものとは別の鶴嘴つるはしだった。


「お帰りなさいっす、親方」

「ただいま。大分頑張ってくれてたみたいだね」

「みんな初日からめちゃくちゃ動いてくれましたよ。ダンテは後半バテてましたけど」

「ばっ! お前俺の働きを見てねえのかよ。この中で俺が一番掘ってただろうがっ」


 指差されたダンテが気丈に言い返すが、その表情にはこれまでの生意気そうな力強さがない。

 本当にバテるぐらいよく働いたのだろう。

 女性の腰ほどもある太い腕で掘り続けたのだ。

 一番掘ったというのは嘘じゃないだろうとエイジは思った。


 カタリーナも疲れは同じようだった。

 快活そうだった表情が、今は疲労で生気がなくなっている。

 エイジは歩きまわったとはいえ肉体労働はしていない。

 比べれば十分元気だ。

 人を働かせて自分が元気というのは、少し悪い気がするな。


「さて、皆よく頑張ってくれたみたいだ。聞くけど体は疲れているかい?」

「もうボロボロですよ。明日は私、筋肉痛になりそうです」

「俺様はまあ、大丈夫だけどな。明日になったって今日以上に動けるぜ」

「俺はいつものことっすからね。疲れてはいますけど、余力はあるっすよ」

「うん。じゃあ朗報だ。もう一度作業に戻ろう」


 エイジの発言に、ピエトロを含め、誰もが驚愕を浮かべた。

 驚きの表情を浮かべたまま、時が止まったかのようだった。

 そして、カタリーナの顔にわずかながら不快そうな表情が浮かぶ。


 ダンテにいたっては休めると思っていたのだろう、顔中に怒気を露わにして、肩を怒らせている。

 爆発しなかっただけ、この一日で成長したものだ。

 恐らく思い浮かべたであろう誤解を解くために、エイジは両手を上げて、追求の声が上がりかけるのを制止する。


「といっても、長時間するつもりはないよ。皆さんの働きに報いて、今朝に言った一番大切なことを教えるってだけです」


 エイジは鶴嘴を手に持った。

 黒々と光る鶴嘴は、青銅製ではなく、鉄製のものだ。

 エイジが村に戻って、農作業をしている面々から借りてきたものだった。

 大きさも形も様々なものが揃っている。


 エイジが示した鶴嘴を、ピエトロを除く弟子たちは興味津々といった様子でそれぞれ手に取る。

 軽く叩いたり、すがめてみたりと、さまざまな面から鶴嘴を観察している。


 最初は色々ある鶴嘴を仲間内で交換しながら観察していたが、しばらくすると、それぞれ自然と自分の体格にあった鶴嘴を手に取り出した。

 カタリーナがL字の鶴嘴を手に取ると、エイジに聞く。


「これは?」

「分かりますか、カタリーナさん」

「恐らくですが、これが言っていた鉄ですか?」

「そうです。皆さんは今日一日、それぞれ自分の鶴嘴を持って十分使い込みましたね。それは青銅製のものです。疲れて手が上がらなくなった状態で、鋼鉄製の鶴嘴を振るいましょう。そして、違いを感じてください」

「……けっ。最初からそう言えよな。紛らわしい」


 ダンテが毒づくが、その表情は玩具を与えられた子どものそれだ。

 ニヤリ、と笑うと肩をグルグルと回し、一番に採掘のポイントに戻る。

 ウキウキと足が踊りだすような、軽い足取りだった。


 先を越されてはたまらないとばかりに、カタリーナや三人の男も後に続く。

 すでに鉄製の鶴嘴を知っているピエトロだけが、エイジのすぐ傍に寄ってきた。


「師匠も人が悪いっすね」

「何がだ?」

「だって、その気になればあの鶴嘴、最初から貸してもらえたでしょ? そしたらもっと今頃効率よく働けてたんじゃないっすか?」

「それはそうだろうが、そんなやり方じゃ伝わらないものもあるよ」

「そうっすかねえ。俺は最初から良い道具に触らせてもらったほうが嬉しいっすけど」

「最初から良い道具を手に入れたって、その価値に気付かない限り、使いこなせないものさ。それはピエトロも一緒なんだぞ」

「うはっ。藪蛇っす」

「何が藪蛇だ。これが終わったら、後で残れ」

「勘弁してくださいよ」


 まいったな、という顔をするピエトロを見ていると、まだまだ子どもだなあと思ってしまう。

 だが、それでも兄弟子として皆をよくまとめていたようだし、よく頑張ってくれている。

 舐められないだけでも十分な働きだと感心していたぐらいだった。


「さて、早速反応を見に行こうか」

「そうですね。あいつらメッチャ驚いてるんじゃないっすか」

「そうだろうね」





 予想通りの光景が広がっていた。

 人は喜びに面した時、一時的に疲れを忘れるらしい。

 ダンテもカタリーナも、驚くほどの元気さで機敏に鶴嘴を振っていた。

 表情には驚きよりも笑みが浮かんでいる。


「おいおい、あんだけ硬かったのに、サクサクじゃねーか。なんだこりゃ!」

「こっちは軽いし、疲れていてこれならいくらでも掘れそうだわ!」

「スゴイな」

「ああ、すげーな。これが鉄か……」

「俺、フランコ様に逆らわずに来て良かった。これを作ってる人が俺らの親方か。良い人で良かった」


 それぞれ感想は異なっているが、使いやすさに驚いているのは同じようだった。

 それもそうだろう。

 鋳造と違い、鍛造である鉄は、部位によって硬さを変えることが出来る。

 そのため先は硬くなって力強くえぐれるし、芯の部分は柔らかめに作って衝撃を逃がすといった微妙な調整をしてある。

 ダンテが土掘りに熱中しているため、エイジはカタリーナに感想を聞くことにした。


「どうだい?」

「これって、先がとっても硬いんですね」

「そうですよ」

「すごく力強くって、立派です。どんどん中に入っていきます」

「他に気づいたことは?」

「えっと、先から本の手前だけ少しエラみたいになっているのは何故ですか?」

「それは先だけ交換できるようになってるんだ。団子付けっていう技だよ。皮を被せるような形に鋼を付けるんだ。私のいた場所じゃ、やってる人は少ないけどね」


 現代日本の鶴嘴は全鋼で出来ている。

 鋼がそれだけ安価に作れるようになったわけだが、使い手の体には優しくない。

 地鉄に鋼を被せるような手間の掛かる仕事は、割に合わないため、古臭い鍛冶師でもなければやろうともしないだろう。


「それに、私の鶴嘴だけ形が変わっていませんか?」

「他のはT字、これはL字。L字の方が重心が先になるぶん、軽い力で仕事が出来るんです」

「なぜ分けてるんですか?」

「軽くてその割に力強いから女性でも扱いやすい。反面、両方使えないから減りが早いでしょう? 一長一短ですね」

「はー、色々あるんですね」

「相手に合わせて道具も形を変える。大切なことですよ」

「勉強になりました」

「はい。他の形も少し使ったら、もう終わって良いですからね」


 カタリーナはT字の鶴嘴と交換し、再び土を掘り返す。

 色々と質問できるのは、それだけ観察眼に優れて、疑問を持てる証拠だ。

 この娘は多分、このまま行けばいい鍛冶師になる。


「ダンテ、どうだい?」

「ウハハ。これならまだまだ何時間でもやれるぜ」

「そうですか。じゃあ明日の朝までお願いできますか?」

「ふざけるな。俺様をどれだけこき使うつもりだ!?」

「冗談ですよ。それで感想は?」

「ああ。確かにこいつはスゲエ。これで武器とか作りゃあ、スゲえ物が出来るんだろうな」

「ダンテ……」


 武器か。

 一番にその視点に行くのは、正直なところ辛い。

 鶴嘴を一番に使わせたのは、鍛冶に必要な筋肉を鍛えるためだけでなく、生活を豊かにする道具に対しての愛着を持って欲しかったからだ。

 武器はその性質上、正反対に位置する。


 だが、その発想自体は間違ってはいない。

 鍛冶師の技術の進歩は、間違いなく武器と密接に関わっている。


 日本の歴史を見ても、鍛冶師の最高峰と言えば、刀鍛冶だったと言って差し支えないだろう。

 かくいうエイジの先祖も、元は刀鍛冶だ。

 それでもエイジは人の命を奪う武器を安易に作りたくはないし、弟子に作らせたくもなかった。


 いつの日か、ダンテも同じ志を持ってくれれば良いな、と。今はそう考えるにとどめた。


 ダンテも深い考えがあって、発言をしたわけではなかったらしい。

 エイジが黙ると、またイキイキとした動きで鶴嘴を振るい始めた。





 それぞれがひとしきり鶴嘴を交換し、違いを感じた後、作業は終了した。

 さびを防ぐため、使い終わった鶴嘴の泥を落として立てかけておく。

 片付けを終わった弟子たちを見ながら、エイジは少しでも思いが伝わるよう、真剣に語りかけた。


「今日はご苦労様でした。慣れない作業で大変だったと思います。色々な不便を感じたでしょう。結局、道具作りというのは、次の二つに分かれます。効率的なことができる物を、新しいもので作りたいという“創意”。改良を加えたいという“工夫”。君たちがどんな職人になるかはわからないけれど、今日の不便を忘れないで下さい。使い手は常にこの不便を感じています。今後、この体験がきっと宝になります。大切に覚えておいて欲しい」


 エイジの締めくくった言葉に、ピエトロとカタリーナは深く感じ入ったようだった。

 カタリーナは感激したように目元を潤ませている。

 ダンテもなにか思うことがあったのだろう。

 黙って鶴嘴を握り、その先をじっと見つめていた。


 道具を作るというのは、誰かを今よりも便利にし、そして幸せにするということだ。

 そのためには、まず自らが一度苦労してみなければ分からない。

 採掘という厳しい肉体労働を、あえて青銅製の道具で行ったのは、その苦労を感じてもらうためだった。

 エイジの想いが伝わったかは、今後、この弟子たちが独り立ちした時に分かるだろう。


 少なくとも鉄の便利さがわかったのは間違いない。

 それだけでも今回のイベントは大成功だと思えた。

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