第45話 水車小屋 後編

 ギコギコと音を立てながら鋸が前後に動き、木屑が飛び散る。

 厚さ二センチの木板がゆっくり、確実に出来ていく。

 フェルナンドの仕事場では、常に鋸の、鉋の、ノミの音が絶えない。

 木と大工道具の奏でる音楽は、常にどこか弾むような楽しさを感じる。


 作業は順調に進んでいるようだった。

 立て掛けられた無数の部品に、炭で番号が書かれている。

 その総数は百を超えていた。

 すごい数だな、とエイジは思った。

 そして仕事が綺麗だった。

 一つ一つの素材が、しっかりと生きている。

 ただ切るだけじゃなく、木の材質が生きるように、木目をきっちりと考えた仕事だった。


 フェルナンドは一定のペースで鋸を進ませながら、チラリとエイジを目で見た。

 その目は射抜くように鋭く、思わずたじろいでしまいそうになる。


「だから、そんなピッタリ出来るわけ無いだろう」

「そこは無理でも頑張ってみてくださいよ」

「エイジくん、君どれだけ無茶言ってるか分かってる?」

「少し大きめに作って、微調整してください」


 エイジの発言に、フェルナンドが頭をガシガシと掻き回した。

 苦り切ったその表情から、どれだけ面倒なことを注文しているかが分かる。

 申し訳ないな、と思うが、同時に諦めるつもりもなかった。

 やがて、諦めたように溜め息をつかれる。


 エイジが注文した仕事は一つ。

 できうる限り、水輪の寸法を均一に仕上げることだった。

 だが、真円を描く水輪を寸法のばらつきなく完成させるのは、少し手間がかかる。

 先に直径の枠組みを作っておく。

 そこに均一に切り取った水車の水受けを外側から嵌めていく。

 そうすれば、直径の大きさは厳密にコントロール出来ないが、代わりに均一な幅に出来る。


「大体、あんなのは回ればいいんじゃないのか?」

「できるだけ無駄をなくして、効率的に使えるようにしたいんですよ」

「効率的にねえ。そんなに変わるもんかね」

「変わります。断言します」

「えらい自信だなぁ」


 大きさが違えば、回転する速度にムラができる。

 ムラはたとえ小さなものでも、確実に仕事率に悪い影響を与える。

 現代の日本人らしい感覚で、エイジは細やかな仕事を要求した。

 つまり、高精度だ。


「だが、言われたからには――」

「応えるのが職人」

「ってか」

「ですね。物を作る人間の習性ってやつですかね」

「因果な商売だよ。こっちも無茶ぶりしてやるからな」

「望むところですよ」


 にやっ、と笑うフェルナンドに、エイジも手を挙げて握りこぶしを作る。

 ゴン、とお互いの拳をぶつけ合わせた。

 こういう時、立場は違えど同じ職人同士、心が通じあって嬉しい。

 だから、品質には心配していなかった。

 むしろ、次にどんな難題を吹っかけられるのか。そちらの方が心配なぐらいだった。






 水車の音が響いていた。

 腹に響く重低音だ。

 鍛冶場はうるさい。様々な音が常に鳴り響いている。

 ふいごの風を送る音、炎の弾ける音、水車の歯車が咬み合う音、打ち付ける鎚の音。

 自然と鍛冶師たちは言葉以外での意思疎通が増えるようになる。

 そして声を出すときは、自然と大きな声になる。

 水力ハンマーを使い、鉄板を焼いては打ち広げるエイジの横で、ピエトロが声を張り上げた。


「親方、やじりが出来たんで、確認して下さい」

「分かった。ちょっと待って」


 薄く延ばされた鉄板を、火箸で軽く端を持ちながら曲げていく。

 一番最初に作れられていた水車の車軸を考えながら、曲面を整えていく。

 炭素量を調整し、折れないように曲げる。

 真っ赤に赤焼けた鉄がぐにゃりと曲がりきった。


 よし、と心のなかで呟いて、天井から吊り下げられている鎖を引いた。

 仕掛けが外れ、水力ハンマーが余勢を残しながらゆっくりと止まっていく。

 音が減り、静かになった。


「じゃあ見ようか」

「はい。お願いします。今回新しくできたのが鏃二〇個です」


 エイジはまとめ置かれた鏃をひとつひとつ確認していく。

 年が明けて以来、少しずつピエトロには鍛冶を教えてきた。

 鏃であれば使う鉄の量も少なく、やり直しも利きやすい。

 鋭い鏃の刃を、眇めるようにして確認していく。


 まあまあかな、というのが正直な感想だ。

 一年目にしては上出来。

 年貢に収めるならぎりぎり及第点。

 一人前の鍛冶師としては落第点だ。

 厳しい評価のようだが、これでお金をとる訳にはいかないだろう。


「ピエトロ、どれがダメな奴か自分で判るかな?」

「ちょっと待ってください。これと……これ」

「コレとコレとコレ……」


 ピエトロがゆっくりと迷うようにして除けたのは二つ。

 エイジが迷うことなく除けたのは更に八つになる。

 一つはねられる度に、ピエトロの表情が落ち込んでいく。

 ちょっと厳しいかな。でも、良い物を作るには厳しい観察眼が必要だ。


「そんなに落ち込むんじゃないよ」

「親方……」


 エイジは優しく頭を撫でた。

 頑張り屋の優しい弟子だ。

 今日までだって随分と頑張ってきていた。

 少しでも学ぼうと、分からない所があれば積極的に質問してきたし、エイジの仕事ぶりもいつも観察して技術を盗もうとしてきた。


「もともと、鍛冶の腕前なんて急に伸びるものじゃない。無理に成長を忙しているのはこっちなんだから、気にするな」

「でも俺、もっと早く一人前になりたいっす」

「出来ることを一つ一つ増やしていくのが大切だよ。階段は何段も飛ばして上れない。足を引っ掛けてこけるのが落ちだよ」


 上目遣いになったピエトロは、顔を真赤にして照れた。

 エイジが鍛冶を習いだした一年目は、一人で鏃を打つことなど出来なかった。

 それは許されなかっただけかもしれないが、こうして成功している品もある以上、確実に成果を上げている。

 自信を持って良いはずだった。


「失敗が十あるなら、次は九にしたら良い。出来るな?」

「はい!」


 良い返事だ。

 良い弟子に恵まれたなと思う。

 人との縁は運命的なものがある。

 こればかりは望んで得られるものじゃない。

 良きめぐり合わせをくれた鍛冶の神に感謝した。


「親方の方は進んでいるんですか?」

「まあ、順調だよ。二回目だしね」

「流石ですね」

「十年鍛えればだれでも出来るようになるよ」

「そうですか? 同じ鍬を持つ親父と他の人じゃ、全然畑の鍬入れが違うんですけど」

「うん。そうだね。同じ作業を続けていても、上手い下手は出てくるね」

「何が違うんですか?」

「難しい質問だな。……常に工夫するか、かな」

「工夫ですか」

「どうやって土に鍬を入れたら、抵抗が少なくすむかとか、力を少なく疲れにくく出来るか。そういうことをずっと考えている人は、きっと上達する」

「親方もそうなんですか?」

「うん。考えてるよ。どうやったら上手く作れるか。だから、ピエトロも考えないといけない。次はどうやったら、十一個以上、良い物が作れるか」

「分かりました」

「よし、じゃあ作りなおそう」


 グッと両手を握って気合を入れる弟子の姿を、エイジは優しい目で見守った。

 素直で、努力家で、元気がある。

 きっと良い職人になるだろう。

 できれば長く付き合いたい。その成長を見届けたいとエイジは思った。

 その後もしばらく、鍛冶場から音が絶えることはなかった。







 その後、数日が過ぎた。

 女衆は指示通り河原の整備に励み、フェルナンドは難題に応えた。

 エイジは余裕を持って、軸の鉄板を完成させた。

 河原には荷車が三台寄せられていて、その上にはそれぞれが用意した材料が載っていた。


 エイジは河原に立って、現場を眺め見た。

 その表情は感心と驚きに満ちている。

 まさか、これほどとは……。


 川の水が、綺麗に止まっていた。

 大小様々な石が積み重ねられ、その隙間を粘土で詰めて乾燥させている。

 上流部分では大きな木板で蓋をされ、水の溜まるよう小さなダムができていた。

 水車を設置する土台部分は石造りで均されている。

 その上に木で出来た土台がどっしりと構えていた。


「いやあ、実際お願いはしてたけど、こんなに綺麗にしてもらえるとは思ってませんでした」

「おいコラ」

「えっ、何ですか?」

「ムチャぶりしてやがったのか」

「ああ、フェルナンドさんじゃないですよ。この土台作りとか、いい出来じゃないですか?」

「ああ、まあうちの村は女でも普通に土木作業するからな」


 フェルナンドが笑いながら、木材を運び出す。

 材料を全て切り、現場で組み立てる。

 今日一日ですべてを終わらせる予定だった。


「じゃあ、フェルナンドさん、今日は指示お願いしますよ」

「おう、任せてくれ。僕は金槌の扱いだけじゃなくて、人の扱いもお手の物ってことを教えてあげよう」

「それ、格好いいと思っていってます?」

「お、おう……」

「さあ、今日も頑張りましょう!」

「おい、無視するなよ、畜生! 自分でもちょっとどうかなって思ったよ!」


 水車づくりが始まった。

 水車の材料はほとんどが木で完結している。

 部品それぞれに穴を開け、そこに通すことで固定していく。

 物が大きいから、大人数で一気に組み立てていく。


「これ、入らないじゃないの」

「木槌で叩いて入れるんだって」

「なんでこの板は斜めにつけるの?」

「その方が水の力を受け止められるんだってさ」

「へー、不思議な話だね」


 しばらくは同じ作業の繰り返しだ。

 女性陣はよく働いたようにエイジは思う。

 水輪に底板、棚板をつけ、ホゾで固定する。

 繋ぎ梁と呼ばれる棒で、水輪と水車軸を繋げる。

 木槌でトントンと叩いては次の部品にとりかかる。


 朝から始まった作業は、昼を越え、夕方近くになって完成した。

 その間、作業をした女性は文句をこぼさなかった。

 楽しく喋りながら、確実に手を動かした。

 過酷な世界だからだろうか。この村の女性は誰もが働き屋で、忍耐強い。


「これ絶対筋肉痛だよね」

「まあでも、これで完成でしょ」

「どれだけ仕事が楽になるのかねえ」


 周りの声は、疲れたと言いながらも感慨深げだ。

 完成した水車は大きかった。

 直径四メートルはある。見上げるような高さだ。

 すぐ近くで見れば、威圧感があった。


 エイジはフェルナンドやピエトロらとともに、でき上がった水輪を持ち上げる。

 それは重たかった。木が肩にずしりと食い込む。

 息を止め、太腿に力を込めて、腕を押し上げる。


「よいしょ!」

「せーの!」


 ガコン、と大きな音がして、台座に水車が収まった。


「完成だ……!」

「よっしゃ!」

「おい、誰か鎖引いて水流してくれ」

「俺やります!」


 ピエトロが鎖を引くと、水を堰き止めていた木版が引き上げられ、水が流れ出す。

 最初ほんの少し流れていた水は、すぐに量が増える。石で作った溝の中を一気に流れていく。

 ぎぎっ、と鈍い音を立てて、水車が動き始めたかと思うと、後は勢い良く回転していく。

 鍛冶場でも聞くごうん、という音が響く。


「おおっ! すげー」

「ピエトロは毎日見ているだろう」

「いや、でも水車だけをしっかり見ることって無かったんですよ」

「まあ、鍛冶場の外だから、裏側に回らないと見えないか」

「それにこれ、鍛冶場より大きいですよね」

「鍛冶場のは上掛け式だから、力が出やすいんだよ」


 水車の軸の先はクランクになっていて、その先には槌が備えられている。

 槌の下に用意された台座がドン、ドンと音を立てて叩かれる。


「おっ、これでなめすわけか」

「麦藁を叩いたり、麻を解したりするのもこれで出来るわけね。良いじゃない」

「フェルトづくりもこれでやっちゃえばいいんじゃない?」

「私、材料持ってくる! せっかくだし試してみないと!」


 槌の動きを見た村人が、一人走ったかと思うと、我先にと次々後を追っていく。

 残ったのはエイジとピエトロ、フェルナンドの三人だけだ。


「なんつーか、すごい人気だな」

「いや、まさかこれほど反響が出るとは私も思いませんでした」

「それだけ認められたってことっすよね」


 夕暮れに染まりつつある空の下、呆然としたフェルナンドとピエトロ。

 自分の顔も恐らく同じだろう、とエイジは思った。

 水車は今後間違いなく、主力となる。


 だが、まさかこれほど好意的に受け入れられるとは思っていなかった。

 もう少し手作業のほうが慣れているから良いというものや、いちいち移動するのが面倒だ、というものが出てくると思っていた。

 これならば、今後の水車の増設もすぐに認められていくだろう。

 すぐに思いつくような設備はだいぶ揃ってきた。

 そろそろ本業の鍛冶に集中し、より多くのものを作ろう。

 村の発展も大事だが、やはり自分の本職は鍛冶師なのだ。

 エイジは次の集会で、鍛冶に集中することを提案しようと決めた。





 日が暮れ始め、水車の建設が済んだことを報告することになった。

 ピエトロを先に帰らせ、フェルナンドとともに村長宅に向かう。

 道中、今回の改善点について色々と話し合った。

 鍛冶師と大工、やるべきことが重なることが多い。

 話すネタが尽きることはなかった。


「で、子どもが出来てるんだろう」

「そうなんですよ。もう、いつ産まれるのか楽しみで。今からベッド作ろうかとか、安楽椅子を作ってもらおうかとか、子供のおもちゃは何が良いかとか、家に帰ったらそんなことばっかり考えています」

「まだだいぶ先の話だぞ」


 フェルナンドの苦笑もわかるが、こればっかりはどうにも止まらない。

 自分の子供が産まれるのが、楽しみで仕方がないのだ。

 自分の父や母も、同じような気持ちだったのだろうか。


 遠い世界にいる父を、ふとした瞬間に思い出す。

 一人で、元気にやっているんだろうか。


「ところでさ」

「なんですか?」

「その間、エイジくんはどうするんだ?」

「何を?」

「何って、ナニのことだよ。溜まるだろう。色々と」

「あ、ああ。下の話ですか?」


 フェルナンドが下の話をするとは。

 普段冷静な態度が多いだけに、違和感があった。

 フェルナンドは大して気にもせず、態度も変わらず歩き続ける。


「そうだよ。実際妊娠中じゃ困るだろう」

「我慢しますよ」

「出来るの?」

「隣で数ヶ月一緒に寝ていても手を出しませんでしたからね。余裕です」

「それはスゴイな。僕なら間違いなく手を出してたよ。とか言って浮気しちゃダメだよ」

「しませんよ」

「だったらイイけど。村の掟で不倫したら死刑だからね」

「し、死刑ですか」

「うん。縄で縛って、沼に埋めるの」


 想像してぞっとする。

 生き埋めなど、一体どれだけ苦しむのだろうか。


 それだけではない。

 エイジは自分が村の掟など全然知らないことに、今更ながらに気付いた。

 これまで、そんなことが問題にならないほど、平和に物事が進んでいたのだ。

 唯一騒動になったのは、自分がリバーシを作った時ぐらいだ。


「も、もしかして私、知らない間に掟破りをしていたりしませんかね?」

「大丈夫じゃないかな。普通にやっていたら、問題にならないことばかりだよ。殺さない、盗まない、騙さない、犯さないを守ってたら、何かあっても謝ったらみんな許してくれるでしょう」

「そ、そうですか? 気がついたらすぐに言ってくださいね。私、まだあまり知らないので」

「タニアちゃんにも念の為に聞いといたらいいよ。そんなに厳しい決まりはないから」


 フェルナンドの言葉に、ようやく安心する。

 細かい掟はともかく、基本的には現代人としての常識に則って生きていれば、大きな過ちを犯さずに済みそうだ。

 村長の家が見えてきた。

 だが、いつもと雰囲気が違う。


「あれ? 何でしょうね」

「分からん。馬車が二台。しかも一台は徴税史のものだな。この時期に何の用だ」

「なにか、嫌な予感がしますね」

「ああ。ちょっと様子を見るか」


 家の前に馬車が二台並んで止まっている。

 まだ到着して間がないのだろう。

 馬車には馬が繋がれたまま、所在なげに立ち尽くしていた。


 近寄ってみたら、一際背の高い男が目に入る。

 徴税吏のフランコだ。

 エイジの胸に苦い記憶がよぎった。

 初めての交渉で、全て主導権を握られた記憶だった。


 手前の馬車には幌が掛けられていて、そこに金色の刺繍が施されていた。

 鷲の紋章だった。翼を広げ、雄々しい姿を見せている。

 エイジとフェルナンドは姿を隠しながら、家に近寄っていく。

 風に乗って、会話が聞こえてきた。

 村長ボーナの声と、フランコの声だ。

 ボーナの声は刺々とげとげしかったが、そんな対応を受けてさえ、フランコは涼しい表情だった。


「あんた、こんな時期にいったいどういう用件だい」

「いやぁ、先日のお約束を果たそうと思いましてね」

「約束?」

「ええ。人を寄越せと仰っていたでしょう? 大変だったんですよ。領主を説き伏せて人を出させるのは」


 前回の交渉で、そのような会話を交わした記憶があった。

 エイジは記憶をたどる。

 確か、自分たちの領地に来いというフランコに対し、ボーナは断っていた。

 そして、開発に専念できる環境を整えさせろと。

 現在、エイジは村の発展のために、鍛冶に全力を注げない状態なのは間違いない。

 だからといって、本当に人を寄越してくるものだろうか。


「約束ですからね。五人連れてきましたよ。これで仕事も捗って、私は税収が増える。あなた方はできることが増える。もちろん、連れてきた彼らは、鍛冶の手伝いに限定してくださいね」

「……本気かぇ?」


 訝しげなボーナの気持ちが、エイジには理解できた。

 今回のこの行動には一体どんな裏があるのか。

 自分たちの街の税収を下げてまでするべきことなのか。

 だが、弟子とも違う、別の村の人間を鍛冶場という聖域に入れるのは、気分の良いものではなかった。

 果たして気持ちよく迎え入れることが出来るのだろうか、少し心配になる。


 フランコは自信に満ちていた。

 朗々と響きの深い声で、まっすぐに答える。


「私はいつだって本気ですよ。しかし、どうやら村が随分と風変わりしたようですね。あのような建物など、いったいいつ建てられたんですかね」

「……この冬じゃよ」

「ほうほう。それは素晴らしい。して、一体何の目的で?」

「家畜小屋じゃよ」


 ボーナは苛立たしげだった。

 こうして観察されれば、また増税の言質を与えることになる。

 だが、まだ成果は上がっていないのだ。


「それよりも、人を連れてきたなら前もって言って欲しかったの。ワシらも歓待するためには準備が必要じゃし、空き家の手配もせにゃならん」

「先に一人走らせても良かったのですが、彼らはここまで徒歩でしたからね。案内もなしに走らせるのは危険ですから」

「マイク!」


 ボーナの声に答えるように、マイクが家の中から出てきた。

 マイクの目は険しい。敵意を隠そうともせず、フランコを睨みつけていた。


「これから村に住むことになる彼らを、空き家に案内してやってくれ。村の南側にあったの?」

「以前パックが住んでたところだな。片付ければすぐにも住めるよ」

「男女で分けるようにしてやってくれ」

「了解」

「いやいや、早速の手配に心より感謝します。皆様、仲良くしてあげてくださいね」


 徴税吏の言葉に、その場にいたシエナ村の一員は、みな揃って渋面を浮かべた。

 空気が冷えきり、張り詰めるのを、誰もが感じていた。

 そして、誰もが予感していた。


 ――この騒動は、かなり荒れることになる。




――――――――――――――――――――――――――――


これにて三章を終わりとさせていただきます。

次回から四章となります。

ここまで読んでいただいて、キリの良い所で一度ご評価や感想などいただけましたら、幸いです。

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